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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第一章
7/28

007

 クオン大陸の中央に位置する魔導都市フォルガント。


 神聖イージス王国、アラバスタ共和国、アルマダ連邦の三国が公式に認めている独立都市だ。各国の中継点として人が集まるため、各地の特産品や文化が入り乱れている。本国には他種族を嫌悪する風潮が少なからず残っているが、祖国からこの魔導都市へ移り住んできた連中に差別意識はない。むしろ積極的に他種族と交流して異なる文化を楽しもうとしている。もちろん遊び方面だけではなく、各国の技術力や経済情報を得ることも然りだ。


 今にも陽が落ちそうな夕刻。


 大通りに面した三国公認の換金所には、取引時間の終了間際ということもあって、多くの賞金稼ぎが最新情報を映し出す大画面魔導映像に注目していた。この時間帯の常識とも呼べる光景なのだが、こと換金所の休日前に限ると、飢えた狼たちが羊の群れを探しているようにしか見えない。


「相変わらずですね」

「まあ、ここはあたしが現役の頃から変わってにゃいからにゃ」


 ハシュシュは露店で購入したばかりの林檎を齧る。大画面魔導映像は全方位に表示されているので、換金所の大広間を抜ける途中、意図しなくても最新情報が瞳と耳に飛び込んでくる。賞金稼ぎの需要に対して賞金首の供給が少ないわけではない。むしろ賞金をかけられるような強い魔物や悪党がのさばっている世界だ。


「おうおう、魔導映像前は弱者の掃き溜めだな。手頃な賞金首が現れないかと必死の形相で探していやがる。そんなことに時間を費やすくらいなら、己の力を磨いて大物を倒せる技量を身につけたほうが賢明だろ」


 わざと聞こえるような大声で人族の青年が皮肉る。その言い分はもっともであるが、努力すれば誰もが優秀な賞金稼ぎになれるわけではない。その点で語を引き継いだエルフ族の青年は冷静だった。


「分相応を弁えているだけ利口じゃないか? 実力の伴わない自信家ほど早死にする世界だからな」


 格好から推測すると大剣を背負った人族が魔術剣士、それらしい得物を持っていないエルフ族が魔術士といったところだろう。大広間の一角に設置された休憩所で祝杯を傾けている。あるいは気付けの一杯かもしれないが、それにしては少しばかり量が多いだろう。


「さっさと換金を済ませにゃいと飛空艇の出港時間に間に合わにゃくにゃるにゃよ」


 師匠に促されて俺は二人の青年から視線を外した。それからハシュシュの背中を追いかけて奥へ進む。大量の現金を保管しているわけではないのだが、重要な情報を管理しているためか、奥へ向かうほど警備が厳重になっている。


「やあオルガン、久しぶりだにゃあ」

「おお、ハッシュじゃないか!」


 巨体に厳めしい顔を乗せた熊系獣人族の中年男がハシュシュの姿を見るなり嬉しそうに微笑む。豪快な笑い方が似合いそうなのに、どういうわけか控えにしか笑わない。


 オルガン・ベルベッド。

 元格闘士で現在は換金所の所長を勤めている熊系獣人族の中年男だ。俺とも初対面ではなく、一ヶ月半前にここで顔合わせしている。


「なにか収穫でもあったのか?」

「ヨランオラン山脈に根城を張っていた飛蛇竜ワイアームにゃよ」

「ヨランオラン山脈の飛蛇竜と言えば、半年くらい前、イージス王国の騎士団一個小隊が討伐に出向いた奴らか?」


 伝えられた情報に俺は驚きを隠せない。それはつまり――騎士団一個小隊の全滅を意味しているからだ。己の生命より誇りを大切にするエルフ族の騎士に敗退の二文字は存在しない。


「手強い連中だったにゃ」


 オルガンの質問にハシュシュは肯定の動作。それを聞いた所長が苦笑する。


「……冗談で紹介したんだがな」

「まあ、にゃんとかにゃると判断したから乗り込んだんにゃ」


 師匠と所長は雑談を交わしながら移動を始める。向かう先は高額賞金首専用の窓口だった。自動昇降機で地下一階に降りると魔導映像前からは想像もできない静寂に包まれる。薄暗くコンクリート壁が剥き出しにされた内装は、さながら廃屋か地下駐車場のようで、美観もなにもあったものではなかった。先客がいる様子もないので、俺と師匠はそのまま受付へ向かう。


「気が早いな。ちょっとは俺の話相手になってくれよ」

「長居させたいのにゃら、大理石で地面を舗装したらどうにゃ?」

「無茶を言うな。滅多に人が来ない場所に金をかけるなんて愚の骨頂だぜ」


 他愛ない世間話をしているうちに専用窓口へ到着。


「いらっしゃいませ、本日のご用件はなんでしょうか?」


 換金所指定の制服に身を包んだ女性――いや、女の子と称すべき年齢の少女が俺たちを出迎えた。オルガンの姿を確認すると、少女は「あ」と口を開き慌てて一礼する。


「知っている顔を見つけただけだ。普段通りに対応してくれて構わない」

「あ、はい。わかりました」

「それじゃあ早速」


 所長の相手をハシュシュに任せて、俺は刻印の浮かんだ契約書を窓口に提出した。少女は受け取った契約書を専用の魔導具で読み込む。やがて必要な情報が端末画面に表示されたのだろう。


「ハシュシュ・ミラケッタ様とロン・ラズエル様ですね。ただいま共同名義の口座に――」


 送金を完了致しました。

 そう繋がるはずの言葉が途中で止まる。おそらく『【生息地・ヨランオラン山脈】【種族・飛蛇竜】【一団の名称・バジル】【賞金額・三億ダラス】【処理済案件】』と表示された画面に驚愕したのだろう。なぜなら三億ダラスは普通の勤め人が生涯に稼ぐ金額を凌駕しているからだ。


「なにか問題でも?」

「あ、いえ、すいません。ただいま共同名義の口座に送金を完了致しました。またのご利用をお待ちしています」


 慌てながらも少女は飛び切りの営業用愛想笑いを顔に貼り付けて一礼する。俺が手続き完了を告げると、ハシュシュはオルガンの話を制して歩き始めた。所長は寂しげな表情を浮かべて師匠との別れを惜しむ。俺は「時間があるときに三人で飲みましょう」みたいな社交辞令を返しておく。こういう年齢に相応しくない行動も『人生』の記憶が残っている悪影響だろう。


 あと本当にどうでもいい話だが、ハシュシュは野生的な異性に死ぬほど人気が高い。




 夜の空に浮かぶ豪華な飛空艇。


 魔導船内は複数の層で構成されていて、後部は主に各種店舗や居住区、前部は音楽隊が美しい音色を奏で酒が振舞われる社交場だった。その一角にある卓へ着いて、俺と師匠は酒杯を重ねる。アラバスタ共和国の首都シルビアまで約十二時間に及ぶ長旅だ。


「誕生日にアラバスタへ凱旋帰国、翌日また旅に出るにゃんて正気の沙汰じゃにゃいにゃ」


 麦酒を飲みながらハシュシュは焼き林檎を齧る。俺は苦笑いを浮かべながら仔牛肉の包み焼きに箸を伸ばした。卓の上には南海秋刀魚の塩焼き、野兎の網焼き、人参と芋と糸蒟蒻の煮物、アルマダ風茸鍋、野菜の盛り合わせなど多品種が並んでいる。それらを食べる道具も「箸・匙・肉叉」と揃っていた。平和な世界とは呼び難いのだが、グランシエルの食文化は随分と栄えている。


「ただ祭典に間に合えばいいというわけではありませんからね」

「まあ、そりゃそうにゃんだろうけどさ」


 穏やかな旋律と美味い食事が時間の流れを緩やかにする。

 食事を進めながら半年間の成功談や失敗談に花を咲かせた。

 これが最後とわかっているからこそ、どうでもいいような話ばかりしてしまう。


 赤茶色の髪に猫耳を生やした女客室乗務員が追加の麦酒と葡萄酒を運んでくる。妖艶な色香を漂わせた妙齢の美女なのだが、俺の場合、その美貌を素直に楽しむことができない。これも『人生』の影響なのか猫耳と尻尾に変な先入観があって、ちゃんとされればされるほど可笑しくなってしまうのである。


「ごゆっくり」


 女客室乗務員は一礼して隣の卓へ移動した。その直後に可愛らしい子供の声が上がる。


「注文してないのに牛乳ミルクを出すなーっ!」


 声に釣られて振り向くと牛乳を差し出された女の子が女客室乗務員に反抗的な態度を見せていた。幼児体型というより幼稚園児にしか見えない容姿をしている。しかし本当の子供ではなく、アルマダ連邦に多い妖精族だ。


「あら失礼。ご注文は?」

「……牛乳で」

「頼むのかよ!」


 思わず突っ込んでしまった俺を一体誰が責められよう。

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