006
「こいつら無限増殖してるんじゃないですか!」
荒々しく聳え立つ山岳地帯の一角。空を舞う魔物にとって、これほど巣作りに適した場所はないだろう。背後に断崖絶壁を控えた横穴で、俺は二挺の魔弾銃を構えながら愚痴を零した。
「知らないにゃ! ロンが近場で最高額の魔物を狩るとか言い出すから悪いんにゃろ!」
短機魔弾銃を構えたハシュシュが正論を返してくる。半年間に渡る武者修行の総仕上げとして、貿易組合が高額賞金をかけている魔物退治を引き受けたのだが、予想を遥かに上回る飛蛇竜の数に辟易としていた。
飛蛇竜。
竜の顔に蝙蝠のような翼を持ち、足がないのが特徴的な魔物である。翼を広げた状態でも三メートル、本体は一メートル五十センチ程度しかない。そのため脅威は本家の竜族に遠く及ばないが、徒党を組まれると思いのほか厄介な連中だった。
「来るにゃ!」「来ますよ!」
俺と師匠の声が綺麗に重なる。次の瞬間――滞空していた飛蛇竜の一匹がハシュシュに襲撃。それを機に複数の飛蛇竜が俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。
「こうなったら経費削減とか言ってる場合じゃにゃいにゃ!」
吼えるが早いか師匠は前方回転で飛蛇竜の攻撃を回避。円弧の終わりに第一式の魔弾が込められた弾倉を第三式用と取り替える。俺は二挺の魔弾銃で突っ込んでくる飛蛇竜を乱れ撃ち。発動した氷の刃が魔物の頭部や胴体を貫き絶命させていく。準備を終えたハシュシュは氷属性の第三式魔弾を短機魔弾銃で乱射。けたたましい銃声が横穴に鳴り響く。加えて大量に排出された空薬莢が硬質な足場に落下して甲高い金属音を奏でる。そこへ飛蛇竜の断末魔が重なり狂想曲を演出した。
しかし弾幕を逃れた飛蛇竜の鋭い牙が師匠の左腕を引き千切る。ハシュシュは短機魔弾銃を落として声にならない悲鳴を上げた。反射的に俺は回転式弾倉を回して氷属性から闇属性の魔弾へ変更。それから回転式魔弾銃を連続発砲することで、先行展開する闇術式に氷属性の魔弾が絡み魔術反応を引き起こす。液化した空気から不純物を取り除き酸素と窒素に強制分離。練成された氷点下百九十六度の液体窒素が飛蛇竜と師匠の左腕を凍結させる。
次いで俺は背中に担いだ強襲用狙撃魔弾銃を手に取り光属性第五式魔弾を装填。氷結させた師匠の左腕を飛蛇竜から切り離してハシュシュへ駆け寄る。即座に魔弾を射出して第五式回復系魔術を発動。傷口部分の血液が泡立ち始めたところで切断された左腕を合わせる。新たに形成された骨、血管、筋繊維、神経組織が自然と結合していく。
「ギャース!」
奥からぞくぞくと現れた飛蛇竜が雄叫びを上げた。しかも数が把握できないほどの共鳴が起こる。このまま無益な消耗戦が長引けば、こちらが先に力尽きるかもしれない。ここへ到達するまでにも随分と魔弾を消費しているし、なにより致命傷を治癒できるほどの高位回復魔弾は数が限られているからだ。
「糞っ垂れが! 本当に際限がないな」
そう吐き捨ててから俺は回転式魔弾銃の引き金を絞る。氷の刃に身体を貫かれた飛蛇竜は断末魔を上げて地面に落下。しかし一匹倒したところで連中の波状攻撃は止まらない。巣を荒らす侵入者の排除に躍起になっているからだ。
「ギャーッ!」
正面から突っ込んでくる飛蛇竜を撃ち落としながら、俺は身体を反転させて背後から襲ってきたもう一匹に蹴りを入れる。その反動を利用し地面に倒れ込んで第三の攻撃を回避した。三回の横転中に回転式魔弾銃の空薬莢を排出。一括装填。素早く起き上がり低空飛行で距離を詰めてきた飛蛇竜の牙を跳躍で避ける。
「どうやら少し知恵が回るらしい」
俺は誰にでもなく独りごちた。重力に従い落下するところへ三方向から狙いを定めてきた飛蛇竜が襲いかかってくる。一匹に的を絞った俺は対峙する標的へ発砲。残った二匹に右足と左横腹を食い千切られる。本来なら致命傷だが、もちろんそうはならない。負傷した俺の身体は黒煙を発しながら霧散していく。あとに残されたのは闇属性魔弾の空薬莢。俺は悠然と飛翔する飛蛇竜を後頭部から撃ち抜いた。
「経費削減は諦めると言っただろう?」
怒濤の波状攻撃が収まり横穴に静謐が漂う。闇雲に突っ込むだけでは勝てないと防衛本能が悟ったのかもしれない。とはいえ見逃してくれるつもりはないようだった。俺を遠巻きに取り囲んで退路を塞いでいる。
「師匠、まだ動けませんか?」
「いや、もう完治してるにゃ」
「それじゃあ、契約書の処理をお願いします」
俺は短機魔弾銃を手に取り立ち上がる師匠へ告げた。
「ロンはなにをするつもりにゃ?」
「もちろん飛蛇竜の殲滅ですよ」
言い残して俺は横穴の最深部を目指して駆けた。風属性の魔弾を逆方向へ射出して加速。途中で襲撃してきた飛蛇竜はすべて無視を決め込む。行き止まりまで到達した俺は風属性魔弾を斜め前方へ撃ち込んで急制動。最深部に控えた飛蛇竜の群れと追跡してきた連中を合わせれば六十数匹が残っている。俺は迷うことなく第六式魔榴弾を選択して投擲。
直後に瞳を閉じて光属性の魔弾を真上へ発砲。閃光系術式が展開して薄暗い横穴に太陽光が誕生する。俺は薄目を開けて強襲用狙撃銃に跨るような格好で跳躍。身体を中空に浮かせた状態で引き金を絞り風属性の第五式魔術を発動させる。
まるで撃ち出された弾丸のような飛行体験。数瞬で視界が開ける。俺は横穴の入り口付近で交戦しているハシュシュの身体を抱えて一緒に中空へ舞う。
刹那――後方で落雷のような轟音が鳴り響いた。横穴崩壊の衝撃が大気を震わせる。俺と師匠は緩やかな放物線を描きながら下降。岩場に落ちると一巻の終わりなので高度と方角を風属性魔弾で調整しておく。一段落着いたところで俺は師匠に話しかけた。
「契約書は大丈夫ですか?」
「問題にゃい」
言いながらハッシュシュは魔術組成式の施された契約書を手渡してくる。予断の許さない空中移動にも関わらず師匠は気だるそうに伸びをしていた。緊張感の無さに辟易するが、まあ、下手に取り乱されるより百倍いい。
俺は契約書に浮かび上がる刻印を確認して安堵した。これは羊皮紙に依頼内容が記述されたもので、討伐対象の血液を滴らせることで魔術が発動。対象固体の絶命または集団の崩壊を認識すると刻印が浮かぶ仕組みになっている。
「やりましたね」
「まあ、にゃんとかにゃ。しかしもう私の出番はにゃいにゃあ」
少し残念そうな表情でハシュシュはこちらを見やる。気恥ずかしさもあって俺は荘厳な自然が広がる眼下へ視線を移した。過酷な環境だからこその幻想的な美しさである。その光景とは異なる俗物的な話題が師匠の口から紡がれた。
「本当に賞金を独占していいにょか?」
「もちろん。旅の軍資金だけもらうとして、あとは師匠が好きに使ってください」
「こういう場合、拒否するのは失礼にゃんだろうにゃあ」
にゃうにゃう言いながらハシュシュは髪を掻き乱した。この半年間を通じても残念可愛いところはまるで変わっていない。どうやら決心が着いたらしく話を再開する。
「旅立ちの必需品は私が揃えてやるにゃ。それで余った額は好きに使わせてもらうにゃよ」
「最後まで恩に着ます」
落下地点に最適そうな川を視界に捉えたので、俺は師匠に視線で合図を送り着水の了承を得た。明日の誕生日を迎えれば本格的な一人旅が始まる。アーシェスへの想いを馳せながら俺は眼前に迫る水面へ飛び込んだ。




