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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第三章
27/28

025

「それは難儀だったね」


 悪魔の石像ガーゴイルとの一戦を終えた翌朝、俺は奴隷少女をサクヤに任せて天竺山ラクシュミへ一人で登頂した。そこで運び屋としての使命を果たし、イリヤ商会へ舞い戻ってきたのである。応接室で事の顛末の聞いたアジド・マクベルは静かに立ち上がり冒頭の一言を発したのだった。


「本当になにも知らなかったんですか?」


 俺は一言で話を流そうとする妖精族の青年に詰め寄る。アジドは臆することなく焙煎された豆を挽いて専用器具に投下。空気圧を利用して抽出された黒い液体は独特の香りを放つ。陶器の杯に注がれた高温の飲料は珈琲と呼ぶべき代物だった。


「まあ、一杯」


 そう言って妖精族の青年は長机の上に置いた杯を俺の手前へ差し出してくる。砂糖と乳製品クリームは添えられていないので、この世界での飲み方は原液ブラックが主流らしい。俺は気持ちを落ち着かせる意味も兼ねて珈琲を口へ運ぶ。


「ところで風の精霊シルフィードはなにか言っていなかったかい?」


 言われて俺は右手の人差し指に填めた宝玉付きの輪を撫でる。透き通るような黄緑色の髪を腰まで伸ばした風属性の魔王から譲渡された代物だ。しかしこれは副産物に過ぎない。届け物と引き替えに風の精霊から受け取った小さな木箱はすでにアジドの手の中にある。


「伝言は受けていません。とにかく寡黙な美女でしたからね」

「ふむ」


 珈琲を一口飲んだ担当官は陶器の杯を長机に戻しながら木箱に視線を移した。特に装飾も施されていない小さな箱だが異様な存在感を醸し出している。もし風の精霊が強大な魔術組成式を仕掛けていたら洒落では済まないからだろう。


「なにも知らなかったと言えば嘘になるだろうね」


 ここでようやくアジドは最初の質問に対して返答する。ある程度予想できた結果なので驚きはない。俺は珈琲を再び口へ運びながら次の言葉が紡がれるまで静観した。


「八英傑すべてが約定に従って行動するわけではないということさ」

「どういうことですか?」

「言葉通りに受け取ってもらうしかない」

「では約定とは?」


 常闇の魔女アーシェス悪魔の石像ガーゴイルに使用していた言葉だ。単純に考えれば八英傑に特定の条件を課したのだろう。しかしあんな怪物連中に力尽くで無理を強いれる存在がいるとは思えない。つまり飲まざるを得ない状況へ導いた黒幕がいるのだろう。


「僕には詳細を話す権限がない。しかし今回の一件で君にも掴めたことがあるだろう?」


 眼鏡の奥から鋭い眼光が向けられた。俺は宝玉の付いた指輪を外して長机の上へ置く。


「気になるならマクベルさんに譲渡しますよ」

「遠慮しておこう。他者が指に填めた途端に発動する魔術組成式が施されているかもしれないからね」

「この指輪が意味することも不明なんですか?」

「ああ、それについてはなにも知らない。風の精霊が君にくれた贈り物なんだろうさ」

「最後に一つ聞かせてもらってもいいですか?」

「構わないよ」と担当官は小さな肩をすくめる。

「奴隷商の存在も把握していたのですか?」


 わざとらしくアジドは長い沈黙を挟む。無言の回答を出してから青年は言葉を紡いだ。


「僕には詳細を話す権限がない」




 魔導都市ファルガントにある飛空艇護衛団の宿泊施設。

 俺が部屋に入ると黒髪の奴隷少女は可愛らしい笑みを浮かべて寄り添ってくる。この瞬間は命の恩人に対する感謝と認識していたのだが、すぐさまそれが別の感情に支配されている行動だと理解した。少女は俺の前で膝立ちになると下半身の服を脱がし始める。意味不明な展開に反応が遅れると少女は笑顔のまま両手を俺の腰へ回して股間へ顔を近付けてきた。大慌てで少女の口撃を回避した俺は下げられた服に足を取られて派手に転倒する。その音を聞き付けて仕切りの向こう側にいた白銀髪の少女が顔を覗かせた。


「ロンを倒すのは案外簡単かもしれぬな」

「馬鹿なことを言ってないで止めてくれよ!」


 俺は服を穿き直しながら立ち上がる。その様子を見ていた奴隷少女はなにを勘違いしたのか服を肌蹴はだけさせた。弾力性の高そうな白い肌と成熟していない二つの乳房が露になる。視線に困った俺は顔を出したままのサクヤに説明を求めた。


「なにかの嫌がらせか?」

「そうではない。おそらく奴隷としての暮らしに馴染み過ぎたのだろう。植え付けられた恐怖は簡単に拭い去れるものではないからな。要するに元主人にそういう風に出迎えるよう躾けられたのではないか?」

「つまりその……どういうことだ?」


 本当はある程度予想できたが、それを口にする勇気がなかった。そんなことが現実にあるとは思いたくなかったからだ。こんなときでさえ俺は誰かに甘えてしまっている。


「性奴隷として主人に奉仕するよう調教されているのだ。喜ばすことができなければ酷い目に遭わされる。しかも飽きられれば新しい買い手に売り払われてしまう。売られる度に商品価格が下落して奴隷の待遇は悪化していく。基本的に性奴隷は使い古された劣化品より新品に分があるからな」


 絶句する俺にサクヤは苛烈な事実を紡いでいく。


「主人が転々と代われば扱いが酷くなる――そういう環境を本能的に理解しているのだろう。あるいは奴隷競売場で底辺まで堕ちた性奴隷の待遇を見せられたのかもしれぬな」

「…………」


 俺は無言のまま半裸の奴隷少女へ視線を戻した。恋人へ向けるような満面の微笑みが逆に痛ましい。心からの喜びではなく今よりも不幸な状況へ陥らないための演技だからだ。


「ロン、席を外そうか?」

「冗談なら笑えないぞ」


 俺は予想以上に低い声で白銀髪の少女を断罪していた。しかしサクヤは気にする様子もなく残酷な事実を告げてくる。これまで発したことのない冷淡な口調だった。


「性奴隷は性行為でしか価値を証明できないのだ。ロンが拒否すれば、その子は救われない。なぜ拒絶されたかを考えて苦悩するだけだからな」


 ふらふらする足取りで俺は黒髪の奴隷少女に歩み寄る。服を正してから俺は微笑みを絶やさない黒髪の少女を抱き締めた。昨日の血と涙に濡れた少女の死に顔が脳裏に蘇る。悪魔を前に恐怖で顔を引き攣らせる少女と主人の前で意に反して微笑まなければならない少女。どちらもまるで報われない地獄だ。そう考えただけで涙が止まらなくなる。


「私の助言を聞き入れなかったことへの抗議はこれで終わらせてやろう」


 そう言い残して白銀髪の少女は部屋を出ていく。数分後、俺は涙を拭い黒髪の奴隷少女を寝台へ座らせた。寝室とはいえ一通りの設備が整えられている。とりあえず感情の昂ぶりを抑えるために熱い煎茶を淹れて一口飲む。次いで二人分の湯飲みを乗せた盆を寝台の傍らに置いておく。それから俺は奴隷少女の横へ腰を下ろして性行為が不必要であることを力説する。


「つまりそんなわけで性行為は必要ない」


 しかし黒髪の少女は扇情的な姿勢や蠱惑的な仕種で誘惑してくる。俺を欲情させれないことを責任に感じているのかもしれない。ともあれ俺は両手で少女の肩を押さえて視線を合わせる。もし言葉が通じないのなら身振り手振りで伝えるしかないだろう。


「俺の話していることはわかるか?」


 黒髪の少女は柔和な笑みを浮かべたまま首肯する。しかし俺の股間から手を離さないところを見ると理解しているとは思えない。俺は性行為を再現する動作を演じてから両腕を交差させて否定の意を示した。


「…………」


 妙な沈黙が生まれる。ともかく俺は少女の反応を待つことにした。

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