024
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!」
俺は咆哮しながら地獄の業火の引き金を絞る。多重魔術反応で練成した猛毒が唯一の有効手段ならそこに勝機を見出すしかないだろう。排出と装填を繰り返しながら爆裂系魔術反応と猛毒の練成を繋げていく。超高速で移動しているため漆黒の悪魔は俺の姿を捉えることができない。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーッ!」
一方的に攻撃を受けていた悪魔が怒号を発する。地面が歪み斜円錐の刃を形成。しかし攻撃の発動よりも俺の移動速度が上回る。標的を見失った土の刃は沈黙したまま動かない。俺は悪魔の後方で止まり三回目の猛毒攻撃の経過を見守る。
「ここまで我を苦しめたことは褒めてやろう。だが土属性の魔王――悪魔の石像に盾突いたのは間違いであったな」
振り向き様に悪魔は口を開いて赤い光線を放つ。軋む心臓に無理を通して俺は潜在能力を解放する。高速移動を繰り返しながら再び手順を踏んで爆裂系魔術反応と猛毒を練成。地面には高位魔弾の空薬莢が散乱していく。漆黒の悪魔は咆哮しながら<槍土竜>を範囲化したような魔術を発動。奴隷少女の血と涙に塗れた顔が脳裏に蘇る。
「ロン、退避を優先すべきだ!」
傍らに黒髪の少女を抱き寄せたサクヤは斬魔刀「焔」で土の刃を切り捨てながら告げる。しかしその忠告に俺は従うことができなかった。眼前の魔王は常闇の魔女や真紅竜王と異なり明らかに殺戮を楽しんでいる。己の力を理解した上で弱者を嬲り命を奪っているのだ。今ここで屠らなければ同じ悲劇を繰り返すことになるだろう。
四度目の多重魔術反応で神経系の猛毒を練成。俺は胸を押さえて心臓の負荷に耐える。爆炎の中から姿を現した悪魔は鬼のような形相を浮かべて地面に片膝を突いた。確かに猛毒は標的の神経を少しずつ蝕んでいる。こうなればあとはどちらが先に倒れるか根競べだ。
「ロン!」
白銀髪の少女が叫ぶ。しかし俺は耳を貸さず潜在能力を解放して五度目の多重魔術反応を目指す。残りの高位魔弾だけで十数回程度の猛毒練成が行える。撤退するにしても今はまだ時期尚早という判断を下していた。
漆黒の悪魔は巨大な黄土色の魔術組成式を展開する。俺は自動式魔弾銃の弾倉を手早く抜き取り雷属性に交換。七回ほど引き金を絞る。必ず発生するわけではないが七発のうち一発くらいは瞬間的な前後不覚に陥らせてくれるだろう。神頼みな詠唱中断方法だが、確実な方法がない以上、次善の策としては優秀である。
「くたばれぇええええええええええええええええええええーっ!」
気合でどうこうなるとは考えていないが、それでも叫ばずにはいられない心境だった。もう少しで押し切れそうな気もするが、すでに俺の心臓も悲鳴を上げて限界を訴え始めている。何発目かの雷属性魔弾が一瞬の気絶状態を引き起こした。詠唱を中断させられた悪魔に五度目の猛毒が襲いかかる。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーッ!」
「ロン、早く撤退の準備を!」
悪魔の雄叫びと退魔刀士の声が重なる。標的は<槍土竜>と赤色の光線で多段攻撃を仕掛けてきた。潜在能力を解放しようとした瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激痛が走る。無意識的あるいは本能的な危機回避能力が回転式魔弾銃の引き金を絞り風属性魔術を展開させて上空へ逃れた。しかし紙一重で避難しただけの俺を見逃してくれるほど土属性の魔王は甘くない。
刹那――赤い光線が俺の左肩を貫き抉る。衝撃に煽られて地面へ落下。まともな受身も取れず全身を強打するが、その勢いを利用して横転していく。同じ場所に留まれば狙い撃ちしてくださいと言っているようなものだからだ。すでに左腕の感覚がないため右手で自動式魔弾銃を引き抜く。左肩に光属性魔弾を撃ち込み治癒系魔術を発動させる。
止血を終えた俺は立ち上がり回転式魔弾銃で土属性の魔弾を発砲。鋼鉄の壁を生成して灼熱の光線に備える。しかし漆黒の悪魔は再び巨大な黄土色の魔術組成式を展開させていた。完全に読み違えた行動が心臓の軋みに拍車をかける。
死を覚悟した次の瞬間。
「雪桜」
中空から下降してきた白銀髪の少女が悪魔の頭部へ斬魔刀を振り下ろす。直撃と同時に雪の舞うような組成式が発生する。その現象と対照的に巨大な黄土色の魔術組成式が消滅していく。力技とはいえ結果的に魔王の口を閉じさせて詠唱を中断させたのである。
「――――」
連続攻撃を仕掛けようとしたサクヤは不意に前へ倒れそうになる。斬魔刀を地面に突き立てて踏み止まるが、なぜそのような状況に陥ったのか把握できていない。漆黒の魔弾銃で効果範囲を完全に制御しているとはいえ、刀の届くような至近距離に踏み込めば一呼吸で致死に至る猛毒の餌食だ。体内に仕込んだ治癒系魔術のおかげで意識を保てているみたいだが、もし練成直後の高濃度時に飛び込んでいたら命さえ危なかっただろう。
「小癪な奴だ」
「あ……ぐぐ」
悪魔は片手で襲撃者の首を絞めて持ち上げる。俺が動くよりも先にこちらの方向へ少女の身体を投げ捨てた。反射的に駆け寄りサクヤを抱き起こした瞬間、ぴくんと少女の身体が小さく跳ねて口から血を滴らせる。背中を確認すると軽鎧を溶解させた熱線が肉まで抉っていた。
「我への非礼は死を持って償わせる」
「うぁああああああああああああああああああああーっ!」
俺は叫びながら地獄の業火の引き金を絞る。単発では無意味と理解していても、その行動を抑制することはできなかった。安易に勝てると判断してしまった甘さ、それから仲間を守れなかった弱さ、そしてなにより仲間の忠告を聞き流した傲慢さが情けない。
「早く……逃げるんだ……悪魔の石像は……攻撃力は並だが……耐久力は計り知れない」
「誰かサクヤを助けてください!」
俺は馬鹿みたいに叫びながら光属性魔弾を白銀髪の少女に放ち続ける。しかし瀕死の退魔刀士は俺の手を制して笑顔を浮かべた。
「最期くらい……私の忠告を聞いて……くれてもいいだろう?」
「わかった。わかったからもう喋るな」
「心配する必要はない。二人ともここで死ぬのだからな」
不敵な笑みを浮かべながら悪魔は再び魔術の詠唱を開始した。俺は思考を切り替えて逃走手段を画策する。強大な魔術であればあるほど発動後に生じる隙も大きい。一か八かの博打になるが状況を打開するには最も適した機会だろう。
耳が痛くなるような静謐が訪れた。
「待ちなさい!」
不意の声に魔王は視線を移動させる。建物の窓枠に黒い影を揺らしたような使い魔が仁王立ちしていた。似合わない立ち姿のまま聞き慣れた声が警告を始める。
「悪魔の石像、今ここでラズエルくんを殺したら許さないわよ。必ず見つけ出して後悔させてあげるわ」
「そんな脅しに我が屈すると思うのか?」
「風の精霊の存在に怯えているあなたの台詞とは思えないわね」
「…………」
沈黙する悪魔に二足歩行の小動物が勝ち誇った表情を向ける。俺は空薬莢を排出して漆黒の魔弾銃に高位の光属性魔弾を装填。それを白銀髪の少女に撃ち込みながら話に耳を傾ける。
「そもそも直接的にしろ間接的にしろ事前に手を下す行為は約定に反しているわ」
「汝も動いているではないか?」
「準備工作と排除を一緒にしないで頂戴」
「なにゆえに眷属の命を欲する?」
「私が先に見つけた玩具を他者に奪われたくないだけよ」
「常闇の魔女も腑抜けたものだな」
捨て台詞を吐いた悪魔の石像は魔術組成式を解除して跳躍。翼をはためかせて闇夜へと消えていく。俺は生死の境を彷徨っている白銀髪の少女へ呼びかける。
「おい、しっかりしろ」
「……心配……無用だ……五分もあれば……起き上がれる」
その言葉に俺は胸を撫で下ろした。それから木陰に隠れたままの奴隷少女に声をかける。
「もう安全だ。心配しなくていい」
「まったくもう」
てくてくと二足歩行でこちらへ歩み寄りながら使い魔は愚痴を零した。
「どうして私の周りには使えない男ばかり集まるのかしら?」
「おいおい、俺以外の男とも契約しているのか?」
「言葉の綾よ。でもそうね、嫉妬してくれるのは嬉しいわ」
「……負傷しているときくらい優しい言葉をかけてくれ」
「そうね、間に合ってよかったわ」
そんなことを言って使い魔は似合わない柔和な笑みを浮かべる。だから俺は少し苦笑したあとに「ありがとう」と告げることができた。




