022
「<槍土竜>」
黒鉄鎧姿の指揮官は攻撃系土属性魔術を発動。漆黒の悪魔を取り囲むように周辺の地面が盛り上がり土の刃を形成。斜円錐となった土の槍が四方八方から標的に襲いかかる。
次の瞬間、周囲に鈍い音が響き渡った。土の槍は悪魔の身体に傷を負わせることはなかったが、全方位から押し寄せた物量で標的の動きを封じている。それでも反撃に転じようとなにかしらの魔術を詠唱し始めたところにエルフ族の前衛二人が雷属性魔術を宿した剣技を炸裂させた。これは標的を瞬間的に前後不覚に陥らせるもので、溜めの長い特殊技や詠唱中の魔術を中断させる効果がある。
「退避しろ!」
指揮官の指示で前衛二人は左右に散開した。この時点で悪魔は瞬間的な気絶状態から立ち直っているのだが、苛烈な戦闘においてはその一秒以下の時間が生死を分けることになる。孤立した標的に強大な術式を紡ぎ終えた後衛二人が火属性魔術<爆炎轟裂衝覇>を発動。二人で形成した赤色の魔法陣から高位の爆裂魔術を展開させる。得体の知らない魔物に畏怖するわけではなく、強敵と判断したからこそ最大級の魔術で屠るつもりなのだ。奴隷売買に関わらせておくには惜しい連中だなと感心させられてしまう。
土の刃に制された漆黒の悪魔を千二百度の超高熱が蹂躙する。その熱量は竜の吐息に匹敵する高温のため、黒鉄鎧姿の指揮官や前衛二人が手で顔を覆う。臨界点に達した炎は破裂して爆風と煙を巻き起こした。三流の集団ならここで勝利を確信して油断するのだが、連中は集中力を切らすどころか逆に緊張感を高めている。戦闘に参加していない後衛でさえ奴隷少女を逃さないよう監視しながらも局面を楽観していない。
「標的を目視できた者は報告しろ」
爆煙に包まれた方角を見据えながら熊系獣人族の指揮官が告げる。エルフ族の前衛二人が首肯し、後衛二人は不意の反撃に備えて<風紗幕>を詠唱。高位の風属性魔術<風々障壁>に比べれば見劣りするが、それでも大抵の物理攻撃と攻撃魔術を防ぐ能力がある。
刹那――爆煙の中から放たれた赤い光線が<風紗幕>を貫通してエルフ族の前衛一人に命中する。本来なら致命傷になる熱線だが、不可視の風による幕が殺傷力を軽減。さらに心臓を直撃する軌道を変更させたこともあって腹部を焼くだけで済む。もっとも重傷には変わりなく、横腹を抉られたエルフはその場に崩れ落ちる。熊系獣人族の指揮官は<鋼鉄楯>を多段展開。後衛の一人は治癒系魔術を唱えて隊列の立て直しを図る。
「目標確認、無傷に等しい」
煙の中に存在する漆黒の悪魔を視認したらしく、残されたエルフ族の前衛が状況を端的に報告する。これは<爆炎轟裂衝覇>の威力不足ではなく、標的の耐久力が想定の範囲を上回る強度なのだろう。この厳しい局面をどう乗り越えるつもりなのか俺は見守ることしかできない。
「防御に特化した魔物のようだな」
傍らに立つ白銀髪の少女が冷静に戦局を分析する。もちろん手の内を見せていないだけかもしれないが、これまでの流れを見る限り攻撃より防御に優れていることは確かだろう。しかも連中の繰り出した高位魔術<爆炎轟裂衝覇>を無傷で凌ぐほどの強度だ。
「標的の情報はないのか?」
「量産型や害をなさない魔物ならともかく、固有の魔物は詳細不明の場合がほとんどだからな。賞金首になって情報共有でもされぬ限り知る由がない」
「これだけの魔物なら賞金首になっていてもおかしくないけどな」
「うむ。しかし現状で対策がわからなければ意味があるまい」
「防御に特化した類型の魔物情報もなしというわけか?」
「うむ」
「情報屋という仕事が成り立つわけだな」
虎視眈々と戦況を見守る俺にサクヤは視線で肯定の意を示した。後衛の治癒系魔術によって回復したエルフ族の前衛は片手剣を地面に突き刺して立ち上がる。それを確認した熊系獣人族の指揮官は手早く撤退の指示を飛ばした。剛胆な戦術だけではなく冷静な判断力も兼ね揃えている。正規の護衛団や賞金稼ぎと比べても遜色のない統率能力だ。白銀髪の少女も同様に感じているのか、一つ一つの言動に感心するような素振りを見せている。
「どれくらいかかる?」
黒鉄鎧姿の熊系獣人は<鋼鉄楯>を多重展開しながら撤退に必要な時間を確認。すでになにかしらの魔術を詠唱し始めている後衛二人が顔を見合わせてから応じる。
「二分弱」
「了解」
端的に返して指揮官は完全に防御を優先していた。唯一判明している熱線攻撃に備えていたのだろうが、しかし煙が霧散した場所に悪魔の姿は見当たらない。
「ぐは」
誰かが捕捉するよりも先に吐瀉音が聞こえた。視線を移動させると前衛エルフの胸部を悪魔の左腕が軽鎧ごと貫いている。突き出した左腕から地面へ向けて鮮血が滴り落ちていた。胸部を貫かれたエルフ族の前衛はしばらく痙攣したあと完全に沈黙する。嫌な雰囲気を払拭するように熊系獣人族の指揮官は一喝した。
「取り乱すな! 引き続き退路の確保に全力を尽くせ!」
言い終えるが早いか黒鉄鎧姿の熊系獣人は<槍土竜>を発動。斜円錐となった土の槍が四方八方から標的に襲いかかる。漆黒の悪魔はエルフ族の前衛から左腕を引き抜いて跳躍。土の槍を回避すると同時に中空から熱線を発して反撃に転じた。
「今だ!」
しかし次の瞬間、熱線を待っていたかのように指揮官が吼える。単調で隙の多い攻撃手段を読み切っていたらしく、事前になんらかの方法で合図を送っていたのだろう。腹部の傷が癒えたもう一人のエルフが悪魔の背後を捉えていた。
「死ねぇええええええええええーっ!」
風属性魔術を宿した一閃が放たれる。これも弱点属性を踏まえた上での判断だろう。しかし悪魔の首元に到達した片手剣は鈍い金属音を奏でるだけだった。
「馬鹿……な……」
言葉を紡ぎ終える前に悪魔の手刀が前衛エルフの首を刎ねていた。指揮系統を失った胴体は無残に地面へ落下する。刎ねられた生首が後衛の方向へ転がり奴隷少女たちの身を震え上がらせていた。宙を舞い後衛付近に着地した悪魔は右手で一人の首を締め上げながらもう一方へ熱線を放つ。灼熱の光線で心臓に穴を穿たれた人族の魔術士は声を上げることもなく後方へ倒れた。
「天竺山を目指しているのは汝らか?」
漆黒の悪魔は左手に付いた血液を舌で舐め取りながら同じ質問をする。熊系獣人族の指揮官は唇を噛み締めながら答えた。
「そんな場所に興味はない。俺たちは俺たちの仕事をしていただけだ」
首を絞められてもがき苦しんでいた魔術士の動きが止まる。指揮官の瞳に哀しみと怒りの感情が浮かぶ。どういう関係か知らないが仲間を悼む気持ちは持ち合わせているらしい。
「では魔石を持っておらぬのだな?」
「持っていない」
即答に対して漆黒の悪魔は奴隷少女を監視していた後衛へ熱線を放つ。無防備に突っ立っていた人族の青年は額を焼かれて絶命する。これで束縛する存在がいなくなったわけだが、しかし奴隷少女たちは身動き一つ取らなかった。
「もう一度だけ問う。魔石を持ってはおらぬのだな?」
「くどい!」
ゆっくりと悪魔の視線が奴隷少女へ向けられる。意図を察したらしい黒鉄鎧姿の熊系獣人は叫んでいた。
「逃げるんだ! 殺されるぞ!」
その怒号を機に四人の少女は顔を引き攣らせながら駆け出した。しかし結果は予想を裏切らない。あっさりと追い付いた悪魔は人族の少女の右腕を掴んで引き千切る。同時に口から発した熱線で猫系獣人族の少女の左足を焼いた。それぞれが絶叫を上げながら地面へ転倒する。裂傷や火傷はまるで即死しないように調整されているかのようだった。
「ぶっ殺す!」
無意識のうちに俺は建物から飛び出していた。我を見失ったわけではない。俺は生まれて初めて明確な殺意を持って眼前の魔物を葬り去りたいと思ったのだ。




