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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第三章
23/28

021

「私の理解が足りないだけかもしれないが、ロンが常闇の魔女に惚れている理由がわからぬ。なにか得体の知れぬ魔術をかけられているのではないか?」


 俺と彩奈の出会いから日々の出来事を語ったところで、白銀髪の少女は我慢できないという感じで切り出した。指摘が的確過ぎて対応に困る。ともかく俺は常闇の魔女ならぬ前世の桐原彩奈の性格について弁解しておいた。


「でも浮気の心配はなさそうだし、クリスマスに雑煮作ってくれるし、俺以外の人に迷惑はかけないからな。それに大変な苦痛を伴うことがあっても退屈はしない」

「ふむ。本人が幸せなら他人が口を挟むことではないのかもしれぬな」


 現実とも妄想とも取れる会話にサクヤは思いのほか食い付いてくれた。


「まあ、得体の知れない魔術をかけられていないと断言できないのが辛いところだな」


 不意に白銀髪の少女は片膝を立てて唇に人差し指を当てる。状況を把握した俺は左手で自動式魔弾銃を引き抜き水属性魔弾を発砲。手早く焚き火を消してから剥き出しの壁に背中を預けた。窓から外の様子を窺うと遠方に複数の人影が映る。その中の誰かが閃光系魔術を展開しているらしく、外部に比べて集団の周辺だけが仄かに明るくなっていた。


「多いな」

「一個分隊といったところではないか?」

「だな」


 こちらが進行方向らしく、集団の姿が徐々に大きくなる。黒鉄色の鎧を身に纏った熊系獣人を先頭に総勢十人の大所帯だ。数そのものに驚きはないが、連中の構成に違和感を覚える。外側に配置された屈強な男たちが四人の少女を取り囲むように移動しているからだ。


「こんな辺境の地で護衛はないよな?」

「うむ。それに護衛なら対象者の安全を考慮して夜間の移動は極力避けるものだ」


 建物内に身を潜めながら俺たちは標的を分析していく。距離が詰まるにつれて集団の全容が見えてくる。軽鎧に片手剣を装備したエルフ族の前衛が二人、後衛と思われる軽装の三人はすべて人族だった。魔銃士の不人気ぶりに辟易しながら囲まれている少女たちへ視線を向ける。エルフ族の少女が二人、猫系獣人族の少女が一人、人族の少女が一人の計四人だ。


「奴隷だな」


 意見を述べるより先にサクヤの口から不吉な言葉が告げられた。単語の持つ意味は理解しているが、そういう存在がいる事実を受け止められない。表情を読み取られたのか白銀髪の少女は微かに苦笑を漏らした。


「どうやらロンはこの世界でも平和らしいな」

「しかし捕虜や奴隷は三国間の同盟で禁止されているだろ?」

「それは法が法として機能する条件化においてだけであろう?」


 白銀髪の少女は有無を言わせぬ視線を向けてくる。その疑問符に俺は二の句を継げなかった。しばらくして連中が俺たちの潜む建物の前を通り過ぎていく。こんな場所で他者に出会うとは想定していないらしく警戒の大半が山側に集中されていた。


「助けなくていいのか?」

「一時的な救いではなにも変わらない。生涯養うくらいの気概がないなら関わらないほうが無難だ」


 即答できない俺にサクヤは苛烈な瞳を向けてくる。


「ロン、偽善は美徳ではない。誰も彼も助けようとすれば結果として誰も救えないことがある」


 優先順位による取捨選択――ザルイークの発言はこれを意味していたのだろう。頭では充分に理解しているつもりだったが、不幸に陥ろうとしている少女を目の当たりにすると無視できそうにない。世界のどこかで知らない誰かが死んでも気にもならないが、それが目の前で起ころうとしていたら、たとえ見ず知らずの誰かでもなんとかしようと考えてしまうものだ。


「なにを考えているかわかりやすいな。しかし助けようとしたところで奴隷は連中の盾に使われるだけだ。この状況で襲撃しても無事に救出できる可能性は低い」

「だから見逃せっていうのか?」


 詰問口調の俺にサクヤは無言のまま首を左右に振った。そこで俺は正論を主張することで眼前の少女に悪役を押し付けようとしていることに気付く。正義を口にすることは容易いが、それが最善である可能性は極めて低い。本当に俺は――どうしようもない偽善者だ。


「悪い。サクヤにばかり損な役割を任せてさ」

「気にするな」


 刹那――白銀髪の少女は表情を退魔刀士のそれに変えた。釣られるように俺も口を閉じて窓の外へ視線を向ける。その先には闇夜に溶け込むような漆黒の魔物がいた。


「灯りを頼む」


 黒鉄色の鎧を装着した熊系獣人は後衛の魔術士へ冷静に告げる。暗闇の中で姿を捕捉し難い魔物と戦うことを嫌ったのだろうし、その判断はおそらく誰もが選択するであろう当然の作戦だった。指示を受けた魔術士は移動用の微弱な閃光を膨らませる。指揮官は周囲を確認してから眼前の標的へ視線を向け直した。


「逸れ者の魔物が一体だけだな」


 背中に飛行を可能とする巨大な翼を有し、強靭そうな肉体は人のそれに酷似している。山羊のような頭部からは曲がった角を二本生やし、牙と尻尾、それから両手両足の先には鋭利な爪を所持している。組み合わされた造形は見紛うことなく悪魔と表現すべきものだった。


「さっさと済ませよう」


 言うが早いか鎧姿の熊系獣人は漆黒の魔物に突っ込む。それを機にエルフ族の前衛二人がそれぞれ火属性と氷属性の魔術を片手剣に宿らせる。離れた属性を使うことで敵の弱点を探り当てる算段なのだろう。奴隷絡みという仕事内容は評価する気になれないが、こと戦闘に関しては基本に忠実で統率の乱れもない。


 漆黒の悪魔は緋色の瞳で仕掛けてくる武装集団を睥睨していた。不意に口を開いて赤色の光線を発する。この時点では魔物の特技か魔術か判然としない。先陣を切っていた黒鉄鎧の指揮官は詠唱を終えた土属性魔術<鋼鉄楯シード>を発動。黄土色の魔術組成式から具現化された鋼鉄の盾を取り出して赤色の光線を防ぐ。反撃を予想しての素晴らしい対応だったが、放たれた熱線は分厚い鉄を数瞬で溶解させていく。本能的に援護へ飛び出そうとする俺を白銀髪の少女が制した。


「救うべきは奴隷少女であって連中ではない」

「面目ない」


 半年間の武者修行で随分と成長したつもりだったが、傍らに立つ少女に比べれば俺の経験値は怖ろしく低いのだろう。自由な一人旅に拘り集団行動の「いろは」を疎かにしたことが悔やまれる。やれやれという風にサクヤは嘆息を漏らしながら髪を掻き上げた。


「ロンの師匠は相当なお人好しだな」

「ほっとけ」


 ハシュシュ・ミラケッタの顔を思い浮かべて俺は苦笑するしかない。最後の最後まで世話を焼いてくれた恩人だが、甘さという単語を導き出すことに苦労しない人物像だからだ。


 しかし現在進行形の戦闘はこちらの都合に合わせてくれない。熊系獣人族の指揮官は熱線に侵食された<鋼鉄楯>を手際よく継ぎ足していく。これは詠唱短縮ファストキャストに頼った早業ではなく、あらかじめ先行詠唱していた魔術である。文字通り鉄壁の防御だった。その隙にエルフ族の前衛が左右それぞれから魔術を宿した剣を標的へ振るう。刃が魔物に衝突した瞬間、鈍い金属音が響き渡った。攻撃を仕掛けた前衛二人だけではなく、盾役の指揮官を含めた全員が険しい表情を浮かべる。


「物理と魔術、両方が無効だと!」


 声を上げたのは鎧姿の熊系獣人である。エルフ族の前衛二人は距離を置いて陣形を組み直した。後衛は奴隷を守る一人と戦闘へ参加する二人へ分かれる。足止めに成功した漆黒の魔物は重低音の声を響かせた。


天竺山ラクシュミを目指しているのは汝らか?」

「魔物風情に答える義理はない!」


 鎧姿の熊系獣人は怒号を発し、それを合図に第二回戦が開始された。

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