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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
幕間
21/28

-2-

 ティターン公国の議場は椀のような形になっている。そのため中央で繰り広げられる討論を遠くからでも見学できた。議場の一角、最上段には公族専用の席が用意されている。隔離された個別の部屋になっており、その中に装飾の施された椅子が五つ置かれていた。もちろん真ん中が玉座である。紗幕で覆われているため中の様子は窺えないが、映し出される影によって人数を把握することは可能だった。


「アラカルト王国が我々に勝る武力を持っているとは考えらぬ。開戦を切り札に強気の交渉を進めるべきであろう」

「もし戦争になったらどうするつもりだ! イオーン大国を喜ばせるだけではないか!」

「ラズマタズ教国とゲルニア王国の内政干渉に関する証拠を掴まれている限り、不平等な条約に応じてでも穏便に事を運ぶべきだろう」

「一度応じれば更なる無理難題を通そうとしてくるであろう。ここは断固拒否すべきである」

「危惧すべき案件はほかにもある。ゲルニア王国を滅ぼした竜の化身がアラカルト王国に潜伏しているらしいぞ。内政干渉の事実が公に知れ渡れば、我々ティターン公国も無事では済みますまい。迅速な対策が必要だと思われる」

「対竜討伐兵器と特殊部隊を配置させるべきだろうな。最悪、先手を取って討つべき事態が起こり得るやも知れぬ」

「すでに由々しき事態だ。よりによって――」


 議場の討論は過熱していた。高官たちが必死の形相で持論を展開している。その様子を最上段から見下ろす影が二つあった。


「ゼノン、この状況を打破する方法はあるか?」


 ゼノンと呼ばれた細身の男は冷笑を浮かべる。繊細な刺繍の施された外套は地味なのか派手なのか見る者によって受け取り方が変わるような代物だった。


「例えば竜の化身が一人の奴隷少女を助けたとしましょう。その少女の手引きにより訪れた先で竜の化身は陵辱された日々を思い出すことになる。怒りに任せて現場に居合わせた男たちを全滅させるかもしれません。さてはて、どういうわけかラズマタズ教国とゲルニア王国へ内政干渉していた証拠が出てくる」

「ふむ。しかしそれは困ったことにならないかね?」


 隣席に腰を下ろした公族の男は首を傾げる。しかしゼノンは獰猛な笑みを返した。


「例えばその証拠によると内政干渉に加担していたのはアラカルト王国になっている。当然のように龍神の怒りはアラカルト王国へ向かうでしょう。もっとも途上国であるゲルニア王国とは異なりアラカルト王国は一筋縄ではいきません。場合によっては共倒れの可能性もあるでしょう」

「ゼノンよ、面白い例え話だな」


 くつくつと笑いながら公族の男は髭を撫でる。ゼノンはあくまでも冷徹に語を引き継いだ。


「最強と謳われた龍神を討つのは至難。ならば掌の上で踊ってもらうのが得策でしょう。私の策を無にした愚かな竜には、真実を知ることもなく無残な最期を迎えてもらわねばなりません」

「そう言えばゼノンの例え話が実現しなかったのはあのときくらいだったな」


 その言葉に外套を纏った男の表情が険しくなる。


「途上国は永遠に発展途上であればいいのです。我々の搾取に泣き寝入っていれば滅亡することはなかったでしょう。あの者たちは貧困と内紛に甘んじるべきだった。国力を高めて貴重な資源を大量採掘されれば、大陸の経済は確実に崩壊への道を辿っていたことでしょう」

「そうなれば失業者が増えて国力が落ちる。内紛など起これば尚更だ」

「我々を頂点とした三角形を完成させるためにも、不穏分子は早急に始末しておくのが寛容なのです」

「では私は例え話が実現するまで静かに待つとしよう」




 アラカルト王国――首都フォレンツに存在する公邸。

 山積みにされた書類を前にルガール・エージェス・アトルガン国王代理は顔をしかめていた。逃げ出そうとすると傍らに立った眼鏡の似合う美人秘書官が睨み付けてくる。仕方なく書類と向き合い、端整な筆致で文末に肩書きと名前を記していく。一枚書き終えたところで終わりは見えて来ない。三十分ほど同じ作業を繰り返した国王代理は、やはり我慢できなくなって無意味な逃亡を試みようとする。


「ルガール国王代理、職務放棄は許されることではありません。何十万――いえ何百万という国民が職を失い路頭に迷うことになるのですよ?」


 眼鏡の奥にある鋭い瞳がルガールを見据えている。長い黒髪は後ろで束ねられ結い上げられている。


「しかしセリシア君、仕事に変化がないのは辛いものだよ? 机に向かって肩書きと名前を記入して印を押す。ずっとこれの繰り返しだ。単純作業にもほどがあると思わないかい?」

「お言葉ですがその単純作業をしている国王代理を、一日中、ずっと見張っている私の仕事はさらに退屈でございます」

「せっかく美人で巨乳で眼鏡が似合っているのだから、もう少し破廉恥な秘書官風に叱ることはできないのかね? そうすれば私の中に存在するやる気上昇成分の分泌が期待できるかもしれない」

「上司の性的嫌がらせを理由に配置転換を申し出ておきます」

「セリシア君がいなくなると私は困ったことになるよ? どのくらい困るかと言うと午後からの国際会議に服を着忘れて全裸で出席してしまうほどにね」

「私は国王代理に投票した有権者を恨みます」

「それには同意するよ。私も私に投票した有権者の真意がわからない」


 ルガールは大げさに肩をすくめた。精悍な容姿とは裏腹に内面はかなり胡散臭い男である。


「ところで会議後の予定はどうなっているのかな?」


 セリシアは小型魔導端末を取り出して予定を確認し始める。その振舞いは仕事のできる秘書官に相違なかった。会議後の予定を把握してから発言する。


「各国要人との会食が午後十一時まで入っております。午後九時から午後十時までの一時間が空いておりましたので、以前から所望されておられました『みやび亭』に予約を入れてございます。存分に絶品料理をご堪能くださいませ」

「……セリシア君、ちょっと聞いてもいいかな?」

「どうぞ」

「どうして同じ日に要人との会食を全部入れてしまうんだい? 私はそれほど食いしん坊じゃないんだ。きっと夕方には青い顔をしていると思うよ。談笑どころじゃなくなっているだろうね。というか、どうしてその日に『みやび亭』の予約を入れるんだい? もはや味もわからない状態で辿り着くことになると予想されるのだけど――」


 そこでルガールは意図を理解した。立ち上がり秘書官と向かい合う。


「私への嫌がらせかね?」

「嫌がらせなどという生温いものではありません。報復でございます」

「うん……とりあえずこれからは態度に気を付けるよ」


 石化効果さえありそうな視線にルガールは顔を逸らすことしかできなかった。




 午後八時、白海亭の特別室。

 ゼノンとルガールは長机を挟んで向かい合っていた。隣の席にはそれぞれの秘書官が座っている。さらに護衛と思われる青男が二名ずつ机を挟んで座していた。


「ずいぶんと青い顔をしているが大丈夫かね?」


 ティターン公国の要人――ゼノン侯爵がルガール国王代理に尋ねた。


「胃腸以外は問題ないよ」

「それでは話を始めてもよろしいか?」

「もちろん構わない」

「例えば経済は成長と破綻を繰り返す生き物です。当初は十人でこなしていた仕事も、時が経てば九人で成し遂げられるようになる。事実、多くの組合ギルドは能率を上げるように取り組んでいるわけだ。ある段階まではそれでいい。しかし能率を突き詰めていけば、やがて不要な人間が生まれてくる。なぜならば需要と供給は等価でなければならないからだ。必要以上の物を作っても、それを購入する者がいなくなる。十人で作っていた商品を五人で作れるようになったからと言って、これまでの二倍商品を生産すれば、単純に利益も二倍になるわけではないことを理解頂きたい。つまり単純に考えれば五人の不要な人間が生まれたに過ぎない。労働者の余剰、そこから派生する購買力の低下。組合のために一生懸命働いて能率を上げた結果がこれだ。切り捨てられた人間からすれば堪ったものではない。しかし――」

「誰にも止められない負の螺旋だね」


 ゼノンの言葉をルガールは牽制するように制した。不機嫌そうに外套を纏った男は付け加える。


「経済の発展は多くの犠牲の上に成り立っている。自国を守るためならば隣国に被害が及ぶような――苦渋の決断も必要だとは思わないか?」

「こちらの提案した条件を素直に飲むつもりはないらしいね」

「ゆえに新たな提案を用意してきたわけだ」

「それは聞くだけ時間の無駄だから、今回の結論は交渉決裂ということで手を打とう」


 ルガールの軽口を聞き流し、ゼノンは平然と言葉を紡いでいく。


「例えば向かいの建物にある自動回転扉で母親を追いかけていた幼児が挟まれて圧死したとしましょう。ルガール国王代理ならどうしますかね?」

「未来ある幼児の死を痛むだろうね。それ以外の行為が存在するのかい?」

「建前は不要です。自動回転扉の危険性が露見されれば、頑なに横開きの安全性と技術開発を主張してきた生産者に受注が殺到することでしょう。大々的になる前に貴殿なら利権を得ようと画策するでは?」

「ゼノン侯爵は遊び心がなくていけないね」

「我々が言葉遊びに興じている間にも多くの命が失われていくからですよ」


 外套を纏った男は不敵な笑みを浮かべる。ルガールは気にする様子もなく湯飲みを口へ運ぶ。戦場は最前線以外にも飛び火していた。

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