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常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第二章
19/28

018

「団長には個室が与えられているのだが、団員は基本的に相部屋しか存在しないのだ。状況によれば貸切も可能だが本日はそうもいかないらしい」

「いやいや、予定していた宿に比べれば天と地ほど差があるからありがたいよ」

「それはよかった」


 イリヤ商会でアジドの依頼を引き受けた俺は、その足で風の精霊シルフィードの棲む天竺山ラクシュミへ向かおうとしたのだが、なんの準備もなしに数日間に及ぶ登山は困難と制されたのだった。さらに山岳地帯に必要な準備を整えた頃には陽が落ちかけていて、今度は夜間の登山は危険という理由で旅立ちは翌日の朝に持ち越される。そんなわけで宿泊場所を探そうとしたところ、サクヤに護衛団が利用している施設を紹介されたわけだ。


 駆け出しの賞金稼ぎが泊まる宿なんてのは、大部屋に複数の寝台が設置されているだけの粗末な場所が多い。要するに眠れればいいわけで、それ以外の設備を求めていないのだ。新進気鋭の若手ならもう少しいい宿に泊まれるのかもしれないが、魔銃士という銭投げ職を選んでしまった以上、贅沢を堪能する前に魔弾や魔弾銃の整備に資金を回さなくてはならない。つまりエルフ族の少女に案内された仕切りのある三人部屋は、無料という悪魔の囁きを含めて極上の待遇だったのである。


「ここから西が大浴場、東は食堂となっている」

「好きな時間に利用できるのか?」

「大浴場は明け方の清掃時間以外は自由だが、食堂は朝昼晩と細かに時間設定されている。夕食は午後六時から九時までに注文を済ませなくてはならない」

「それなら先に風呂を済ませてから食事だな」


 俺は部屋に備え付けの魔導金庫に荷物を収めながら返答する。白銀髪の少女は「承知した」と首肯して退室した。入寮時に余剰客である許可は得ているので、単純に団長用の個室へ向かったのだろう。


「とりあえず移動だな」


 施設専用の寝巻きを手に取り俺は大浴場を目指した。途中で擦れ違った数名に会釈を返しておく。わざわざ別部隊の顔を覚えていないのか、あるいは見知らぬ来客に慣れているのか、特に不審がられることもなく目的地へ到着する。かなり広めの脱衣所で服を脱ぎ始めると背後から声をかけられた。


「おお、常闇の魔銃士カルナバルではないか!」


 振り向くと熊系獣人族の大男が豪快な笑みを浮かべている。アルマダ連邦所属の第三護衛団長のベイリックだ。鎧を着ていないので筋肉隆々の肢体が露にされている。


「ご厄介になります」

「それは構わないさ。しかし誰に紹介されたんだ?」


 言いながら団長は巨漢を纏う衣類を脱ぎ捨てていく。俺もそれに倣って風呂の準備を進める。脱衣所は二人きりなので特に隠し事をする必要もないだろう。


「サクヤさんです」

「ほう。喧嘩でもふっかけられた縁か?」

「…………」


 喉まで出かかった突っ込みをなんとか飲み込む。熊系獣人は眉根を寄せた。


「どうした?」

「いえ、なにも。一騎討ちを挑まれたというより立会人を頼まれたんですよ」

「サクヤに勝負を挑む馬鹿な乗客がいたのか?」

「フィリスさんですよ。確か知り合いなんですよね?」

「ぬははははは、その場に居合わせなかったことが悔やまれる組み合わせだな」


 ベイリックは額に手を当てて豪快に笑う。その声を聞き付けたのか大浴場の扉が開いた。白銀髪を頭の上に結い上げた少女が不愉快そうな顔でこちらを見やる。


「もう少し静かに――おお、ベイリック殿ではないか!」

「ぬははははは、サクヤの噂話を聞いていたところだ」


 歓談する二人と裏腹に俺は全力で視線を逸らしていた。なぜならエルフ族の少女が生まれたままの姿で仁王立ちしているからである。団長が疑問を呈していないので混浴なのかもしれないが、いきなり全裸の女体を目の当たりにしたら平常心を保てない。


「奥にいるのはロンか?」


 ゆっくりと足音が近付いてくる。俺は片手で両目を覆い隠しながらもう片方の手を左右にぶんぶんと振った。


「わわわ、こっちにくるんじゃない!」

「失礼な奴だな。私はロンを心配しているのだぞ?」

「だったらまず胸を隠してくれ!」

「宗教上の制約か?」

「違う! 道徳的な問題だ!」

「ふむ。見せろと言われたならともかく、隠せと言われて断る理由は存在せぬからな」


 一瞬の間を置いてサクヤは「もう大丈夫だ」と告げる。俺は中途半端に脱いでいた服を穿き直しながら少女を振り仰いだ。


「ぐわっ!」


 それぞれの胸を左右の手で鷲掴みにして隠すという全裸より扇情的な格好になっていた。俺は即座に顔を逸らして文句を発する。


「腕を使って隠すとかあるだろ!」

「注文の多い奴だな。しかしロンが望むならやぶさかではない」

「なんでもいいから早く頼む!」

「しばし待たれよ」


 なにやらベイリックに確認を取りながら胸を隠しているらしく、その過程で「立派」やら「粗末」という単語が飛び交う度に鼓動が高鳴る。おそらく当人たちはまるで意識していないのだろうが、俺の中では股間に位置する棒状のなにかを想定してしまうからだ。


「常闇の魔銃士、もう大丈夫だぞ」


 俺は立派な一物を持つであろう熊系獣人の声に従い振り向いた。綿織物を身体に巻き付けたエルフ族の少女と視線が重なる。そういう便利な物があるなら最初から使えと突っ込みかけて、やはりそれはこちらの都合だなと言葉を飲み込む俺だった。


「取り乱して悪かったな」

「本当は鍛え上げた肉体美をじっくり見てほしかったのだが、道徳上の問題で女体を見られないのであれば仕方あるまい。しかし私がロンの身体を観察することは問題ないのであろう? 戦闘を制した最後の動きはどのような肉体から生み出されているのか知りたいのだ」


 言いながらサクヤは俺の衣服に手をかけてくる。真剣な面持ちをしているがやっていることは痴女と変わらない。俺は下半身を死守しながら助け舟を求める。


「ベイリックさん、なんとかしてください!」

「俺に振られても困るな。それに見られて減るものじゃないだろ?」

「そういう問題じゃないでしょう! というか俺の場合は夢とか希望が減るんです!」


 すでに全裸の熊系獣人は大げさに肩をすくめるだけだった。白銀髪の少女は俺の対応に少し腹を立てたように告げる。


「世の中には裸の付き合いという言葉があるだろう?」

「それは男同士限定の話だ! 男と女が裸で風呂に入ったら突き合いにしかならねえよ!」

「むむ。その話を詳しく聞かせてもらうとしよう」

「すいませんでした! 全面的に俺が悪うございました!」


 そこには下劣な猥談を振った直後に最敬礼する俺がいた。これも『人生』で培った駄目な部分の影響だろう。あの頃は話題の半分が腰から下ということもよくあったからな。


「ともかく続きは大浴場に移動してから話したらどうだ?」

「確かに全裸で話し合っていては風邪を引くかも知れぬからな」


 先行する全裸の熊系獣人と綿織物で身体を包んだエルフ族の少女を見送りながら、俺は脳裏に焼き付いた禁断の果実おっぱいをぷるんぷるんと揺らしてみた。半端ないな。そしてこの行為までが不可抗力なのだろうと勝手な結論を導き出しておく。それから俺は手拭いで股間を隠して大浴場へ足を向けた。

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