017
長旅を終えて魔導都市フォルガントへ到着。三国の入管に比べて怖ろしく簡略化された手続きを済ませて港を出る。まさか二日で舞い戻ることになるとは考えもしなかったが、半年間の武者修行で何度も訪れた土地は今や第二の故郷と呼ぶべきだろう。
まだ薄暗い午前六時の街路を進んでいく。大規模な組合は二十四時間誰かしら配置しているので、この時間帯から移動を始めても早く着き過ぎたという事態は起こらない。
「待ってくれ」
背後からの呼び声に俺は警戒しながら振り向いた。視線の先に白銀髪の少女を捉える。医療班による手当てを受けたのか重度の火傷が綺麗に回復していた。損傷した軽鎧も新品に着替えたらしく、凛々しい立ち居姿は初見時に戻っている。
「どうした?」
「貴殿には感謝している。もし制止がなければアルマダ連邦の高官を殺めていたかも知れぬからな。私としたことが好敵手を前に我を忘れてしまったらしい」
「俺も人のことを言えない立場だから気にするな」
サクヤの瞳に興味の色が帯びる。次に発せられる言葉はなんとなく予想できた。
「貴殿ともいつか勝負してみたいものだな」
「俺は遠慮願いたいね。それにアルマダ連邦の高官を殺めていたかも知れないという判断は早計だ。フィリスはフィリスで緊急用の手段を用意していたみたいだからな」
「むむ。それは真か?」
白銀髪の少女は拳を握り締めながら詰問してくる。
「ああ。詠唱短縮に制限をかけているみたいだったからな。おそらく限界突破すれば高位魔術を即時発動できたんじゃないかと推測している」
「二重魔術にも驚かされたが怖ろしい魔術士だな」
「まあ、ああ見えても一国の高官だからな」
「ふむ。ならば貴殿は命の恩人ということになるな」
「あくまで推測だ。実際にどうなったかなんて誰にもわからないよ。だから命の恩人とかそういうのはなしだ」
俺は肩をすくめて補足説明した。しかしエルフ族の少女は斬魔刀の柄を握り主張する。
「この恩、斬魔刀『焔』に誓って必ず報いる所存だ」
「それならまず俺の話を聞いてくれ」
「ちゃんと聞いているではないか?」
肩を落とす俺にサクヤは不思議そうな表情を向けてくる。しっかりしている印象を受けていたのだが、どうやら若干残念な要素が含まれているらしい。ともかくこの話題を長引かせてもろくなことがなさそうなので俺は早々に方針を変える。
「まあいい。ところで教えてもらいたいことがあるんだが?」
「答えられる範囲ならなんでも聞いてくれて構わないぞ」
「サクヤはイリヤ商会の場所を知っているか?」
「うむ。届け物の依頼か?」
「いや、ちょっとした情報収集が目的だ」
俺の回答にサクヤは怪訝そうな表情を浮かべる。しかし恩人に根掘り葉掘り聞くべきではないと判断したのか、白銀髪の少女は何事もなかったように話を進めた。
「ともかくイリヤ商会へ辿り着ければいいのだな?」
「ああ」
「承知した。説明は苦手なので直接案内しよう」
わざわざいいよと発しかけたが途中で言葉を飲み込む。案内することで恩を返したと感じてくれるなら、こちらにしても好都合だし、誰かが困るわけでもないので拒否する理由がない。
「よろしく頼むよ」
その声で目を覚ましたのか使い魔は小さな寝袋から顔を出した。しかしまたすぐに顔を引っ込める。どうやらフィリアとの鬼ごっこで相当疲れているらしい。
「いらっしゃい。ご用件は?」
猫系獣人族の受付嬢がにこやかに微笑む。語尾に「にゃ」と付けるのはアラバスタ共和国の方言みたいなもので、他国や魔導都市に移住している猫系獣人族の女性は矯正された言葉を使用する。港地区から魔導列車に揺られること一時間、俺はサクヤの案内で目的の場所へ到着していた。
イリヤ商会。
仲介を主要業務としているためか組合内は閑散としていた。賞金稼ぎで犇めく換金所の混雑を見慣れている所為か、依頼者と運び屋の溜まり場を想像していたのだが、どうやら請け負う業務によって事情が大きく異なるらしい。
「これはここで渡せばいいんですか?」
言いながら俺はシャルルに発行してもらった推薦状を提示する。受付嬢の反応を見て傍らに立つサクヤが首を傾げた。確認のため女猫系獣人が後ろへ引っ込むとエルフ族の少女は質問を投げかけてくる。
「珍しいものなのか?」
「どうやらそうらしいね」
「禁制品か?」
「いや、組合に登録するための推薦状だ」
相変わらず変な読みをしてくるサクヤに俺は羊皮紙の正体を告げた。図書館での成り行きを話すうちに受付嬢が席へ戻ってくる。さっきより親しげな雰囲気を醸し出しているのは間違いなくシャルル効果だろう。仕掛けを解けば推薦者の情報が表示されるだろうし、そしてなによりあの美貌を見てなにも思わない女性はいないからだ。
「ひょっとして、あなたがロン・ラズエルくん?」
確認報告そっちのけで不躾な質問が飛んでくる。妙齢の受付嬢は俺とサクヤを交互に見やり確信の笑みを浮かべていた。シャルルと世間話をする程度には仲のいいらしい猫系獣人を適当にあしらうわけにもいかないだろう。
「ええ。変わり者でお馴染みのロン・ラズエルです」
銀髪の青年が枕詞に使いそうな単語を織り交ぜて自己紹介を済ませておく。皮肉が受けたのか受付嬢は手で口を押さえて笑いを堪える。しばらくすると業務を思い出したかのように部屋の奥を指し示した。
「とりあえず登録手続きをしないと駄目だから奥の扉から中へ入ってくれる?」
俺は傍らに立つ白銀髪の少女へ視線を送る。その行為で意味を察してくれたらしく、受付嬢は片目を閉じて悪戯な笑顔を寄越した。
「彼女さんも一緒にどうぞ」
嫌な予感しかしなかったが、俺は敢えて突っ込まない道を選択する。掘り起こしたところでろくな結果にならないことは明確だからだ。指示に従い扉を抜けると受付嬢に妖精族の青年を担当として紹介される。
「八英傑が集結する祭典ね」
案内された部屋は簡素な応接室といった場所で、長机を挟んで三組ずつ椅子が設置されている。一方に俺とサクヤが腰を下ろし、対面にイリヤ商会の担当が着席した。
「なにかわかりますか?」
「歴史的に紐解けば難しいことじゃないさ」
外套に身を包んだ妖精族の青年は端的に告げる。眼鏡を少し押し上げながら思考を巡らせているらしく、体型は子供でもハートレット姉妹と異なり表情に知性が滲み出ていた。
「一定の周期で歴史は劇的な変化を遂げている。その原因は未だに解明されていないが、そのきっかけが魔石に纏わるという伝説は多い。八英傑は俗世とも魔物とも関わらない異質の存在とされているが、果たしてその神話がどこまで信用足るものかも現在では不明だ」
そこまで解説して妖精族の担当は大げさに肩をすくめた。
「おっと、悪いね。歴史の考察をしている場合じゃなかった」
「いえ、それは構いません。ところで有力な情報は得られそうですか?」
「どうかな。ここは情報を専門に扱っているわけじゃないからね」
「含みのある言い方に聞こえますが?」
その言葉を聞いて妖精族の青年は愉快そうに微笑む。
「事情はともあれ組合に登録したのだから、一つ我々の仕事を引き受けてくれないかな? ほかに任せられそうな強者がいなくてね」
「依頼人と宛名を聞いてもよろしいですか?」
「依頼主はアジド・マクベル、宛名は天竺山に棲む風の精霊だ」
「風属性の魔王ではないか!」
白銀髪の少女は腰を浮かして叫ぶ。妖精族の担当は肩をすくめるだけで反論するつもりはないらしい。俺はもう一つの疑問を解消することにした。
「アジド・マクベルの詳細は?」
「アジド・マクベルは僕だ。なにも聞かずにある品を届けてくれるだけでいい」
妖精族の青年は椅子から降りて歩き始める。即答は期待していないということだろう。見計らったようにサクヤが肘で俺の脇腹を小突く。
「話が出来過ぎていないか?」
「どの世界でも出る杭は打たれるからな。それを逆手に実力を証明しておくのも悪くないさ」
「ふむ。ならば私が口を挟む余地はないな」
「そうしてもらえると助かるよ」
道標がない以上、回り道も致し方ない。




