014
アラバスタ共和国の商業地区。営業時間の真っ最中なので各店舗の前には人集りが出来ていた。戦闘に身を置いていると忘れがちになるが、この世界でも生活の基盤は衣食住で成り立っている。なにかと脚光を浴びるのは魔物を討伐した賞金稼ぎだが、それを支えている職人や支援者、さらには日々の暮らしを維持してくれている生産者にも感謝しなくてはならないだろう。
通りの外れに俺は魔弾から得体の知れない魔導具まで取り扱っている武器店を捉えた。シャルルからの情報によれば、現在ザルイークは店と交渉中らしい。積極的に関わりたいとは思わないが、覚悟を決めて重い扉を開いて中へ踏み込む。
「いらっしゃい!」
店に入ると景気のいい声が響いた。しかし大柄な熊系獣人族である店主は俺の顔を確認するなり落胆する。ただでさえ友好的とは言えなかった関係が、ハシュシュとの二人旅をきっかけに、それはもう右肩上がりで悪化しているからだ。
「なんだロンかよ……挨拶して損した」
「一度でいいから接客について本気で考えたほうがいいぞ。どこの世界に客に向かって挨拶して損したとか言う店主がいるんだよ?」
店主は両手を腰に当てて憮然とした態度を取る。雑多に商品が並べられた店内には客が一人もいない。閑古鳥が鳴いている原因は言わずもがなだろう。
「俺は常に客の立場になって考え、真摯に本音を伝えることが最高の接客だと思っている」
「一見それっぽく聞こえるが、要するに言いたい放題やりたい放題ってことだろ?」
「そんなことはない。客に合わせて接し方を変えているだけだ」
割腹のいい店主は迷惑そうに俺を見据えていた。かけている眼鏡が微妙にずれていることさえ腹立たしく思えてくる。どうしてこの店が潰れないのか本気で理由がわからない。
「それで来店の目的はなんだ?」
問いかけながら店主――グリッド・ハイランドは椅子に座った。俺相手なら立っている必要もないらしい。客である俺が立っているのもおかしな話なので、雑然とした店内の中で腰を下ろせる場所を探した。鉄製の頑丈そうな棚の上に腰を落ち着ける。来店が空振りに終わらない確実な目的を告げておく。
「師匠が発注した品を取りに来たんだよ」
「……なん……だと?」
グリッドの表情が驚愕を象る。意味不明な俺は説明を求めた。
「どうした?」
「それはつまりハシュシュ嬢が店に来ないってことだろ?」
「まあ、そうなるな」
「おお……なんてこった。この世界に神は存在しないのか?」
糞店主の落ち込みが半端ないので俺は話を逸らせることにした。どちらかと言えば、こちらが本題だからな。
「ところでザルイークさんは来てないのか?」
「裏で届いた魔導具の検品をしている。もうそろそろ戻ってくるんじゃないか?」
絶望しながらも言葉を返してくるところは商売人の鑑かもしれないな。それにしても熊みたいな巨躯が随分と小さく見える。なんというか熊系獣人族のハシュシュに対する盲目的な好意はアラバスタ共和国の七不思議に認定されるべきだろう。
「お、どうしたんだ?」
店の奥から作業着のザルイークが姿を現した。頭に布を巻いて赤茶色の髪が瞳に入らないように工夫している。特に魔導工学を勉強していた印象はないが、それでも猫系獣人族より重宝されるだから世の中わからない。
「シャルルさんにイリヤ商会の招待状を発行してもらったんですが、あとで揉めないようにザルイークさんの許可も取るように言われたんです」
「ほう、それでわざわざ俺を訪ねてきたわけか?」
ザルイークは雑多に積まれた商品を崩さないよう進んでくる。店主の傍らに立って二言くらい交わしたあと刻印の浮かんだ受領証を手渡していた。どうやら検品による不備はなかったらしい。それから俺の方へ視線を向けて表情を運び屋のそれに変えた。
「孤児院の仲間は家族も同然だ。許可する代わりに説明責任は果たしてもらうぜ」
「そんな大層なことじゃありませんよ。イリヤ商会なら情報収集にも適していると紹介されただけですからね」
「ロン、理解していないなら教えといてやる」
やんちゃ風な青年の瞳に厳しさが帯びる。
「お前から近況報告を聞いたあと少し調べたんだ。旅路の当初はハシュシュさんの電撃復帰が話題になるくらいだったが、中盤以降は弟子にすべてを伝授するための旅なんて噂まで立っていたらしい」
俺は苦笑で応じるしかない。注目度優先の噂にしては半年間の旅路が正当に分析されている。
「噂の信憑性に疑問を抱く性格ですが、今回に限っては完全に真実じゃないですか?」
「それが問題なんだよ。貿易組合が超高額の賞金をかけていた『バジル』を討伐しちまったんだぞ? ロンの力量を利用しようとする連中が現れるかもしれない。ハシュシュさんや俺とシャルルはともかく、孤児院の中には己の身を守れない連中も多い。人質に取られたとき非情な態度を貫けるのか?」
絶句――嫌な汗が背中を伝う。俺は当惑したまま言葉を紡げなかった。やれやれという風にザルイークは両手を挙げる。
「やはりなにも考えてもいなかったみたいだな。世の中には魔導工学の成績だけじゃ計れないこともあるんだぜ? 特にロンは博識かつ冷静な判断を下せるくせに妙なところで抜けてるからな」
それは『人生』という平和な世界に甘んじていた危機管理能力の欠如の所為だろう。苛烈な戦闘に身を置きながらも、どこかで他人事のような感覚が抜け切れていない。俺は情報収集の目的を素直に白状した。
「八英傑が集結するらしい祭典について調べようとしていたんです」
「ほう、そりゃまた壮大な話だな。グリッドはなにか知らないのか?」
話を振られた店主は面倒臭そうに返答する。
「知らない武器商人がいるとしたら、そいつは今日中に廃業したほうがいいだろうな。おかげで各国の組合から商品の注文が殺到している。久しぶりに商魂を揺さぶられたよ。別に世の中が物騒になることを望んでいるわけじゃないんだがな」
間際だと入手困難になることを懸念した連中が先物買いしているのだろう。しかし腑に落ちないことがある。店内を隈なく見回していたザルイークが疑問を代弁してくれた。
「流行っているようには見えないんだが?」
「うちは卸が本業だからな。店そのものは倉庫を兼ねた窓口でしかない」
「まあ、いいさ。それでどんな話になっているんだ?」
「さあな」
グリッドはお手上げの仕種を見せながら首を左右に振る。
「八英傑の情報なんざ武器屋の領分を超えている。余計なことに首を突っ込まないのが長生きするための処世術さ。それに事が公になれば恐怖に怯えた連中の声に押されて政府や組合も動かざるを得ない。多額の賞金がかかれば、あとは猟犬どもの出番ってわけだ」
そして俺自身も猟犬の一匹に過ぎない。違いは求めているものが金でないことくらいだろう。
「話を聞く限り水面下で動きがあるのは確かだな。どうするつもりだ?」
ザルイークの怜悧な視線が俺を見据える。単独なら答えは決まっているが、孤児院に迷惑がかかるとなれば話は別だ。店主は腰を上げて商品の準備を開始する。おそらく沈黙を破るまで三分もかからなかっただろう。しかし随分と長い時間を要したような疲労感だ。
「もし誰かの陰謀が張り巡らされているなら不意打ちを食らうわけにはいきません。俺は魔王アーシェスの下僕ですからね。主を守るために犠牲が必要なら甘んじて受け入れますよ」
「理解した上での行動なら好きにするさ」
会話の終わりを告げるように店主が魔弾の詰め込まれた木箱を棚の上へ並べ始めた。
「俺とロンの仲だ。検品はいいだろ?」
「俺とグリッドの仲だから検品が必須なんだろーが」
突っ込みながら俺は木箱の中身を確認する。発注通りの魔弾が理路整然と並べられていた。態度はともかく商売人としての誇りだけは失われていないらしい。検品を終えた俺に店主が謎の球体を放り投げてくる。受け取り手の中を確めると第六式の魔榴弾だった。
「これは?」
「自殺用に持っていけ」
言いながらグリッドは胸元から取り出した煙草を口に咥える。それから手早く火を点けて紫煙を燻らせた。俺とザルイークはどちらともなく顔を見合わせる。苦笑を浮かべたあと計らずとも同じ台詞を紡いでいた。
「そういう気障ったらしい行動が死ぬほど似合わないという現実にいい加減気付けよ」
刹那――がちゃりと鈍い金属音が聞こえる。店主の構えた魔弾銃がこちらを捉えていた。本当に引き金を絞り兼ねない形相でグリッドが睨み付けてくる。俺とザルイークは脱兎の如く店から逃げ出した。




