012
それぞれが満足したところで誕生日会は幕を閉じ、それから俺は師匠と着物姿の美女に引き連れられて酒屋へ向かった。わざわざ場所を変えたのは酒樽が空になったからではなく、ティアの旧友との待ち合わせが今夜だったからである。そんな場に部外者が参加していいのか甚だ疑問だが、師匠と美女が俺の進言を聞き入れるとは思えないので黙っておく。訪れたのはなんとも平凡な大衆店で、まさか火属性の魔王が来るとは夢にも思わないだろう。
「いらっしゃい」
雰囲気のある女店主が上品な声で迎えてくれる。着物姿の美女は店内を見回して目的の人物を見つけたらしく、軽く右手を掲げてから奥の席を目指して歩き始めた。そちらへ視線を向けて俺は驚愕する。長い黒髪を手で押さえながら焼き魚を食べているエルフ族――常闇の魔女ことアーシェス・バラライカがそこにいた。
「にゃにゃにゃ、世の中は狭いにゃあ」
師匠が珍しく的確な表現を口にする。こちらに気付いたアーシェスは薄い笑みを浮かべた。俺は駆け寄るように距離を詰めて疑問符を投げかける。
「どうしてこんなところにいるんだよ?」
「ティアとの待ち合わせがあったからに決まっているじゃない」
「一年後の祭典で感動の再会を果たすんじゃなかったのか? こんな中途半端な時期に会っちゃうし、もっと成長した俺を見せたなかったのにさ!」
「まあ、そういう細かいことは横へ置いておきましょう」
「細かくねえよ! 物事には順序というものがあるんだ!」
ついつい俺は声を荒げてしまう。常闇の魔女は澄ました顔のまま告げる。
「急にラズエルくんに会いたくなったのよ」
「……せめてもう少し会いたかった風に頼む」
「ラズエルクン、アイタカッタ」
「より酷くなった! というかもう会いたいという気持ちを微塵も感じさせなくなってる!」
本当に物語の流れというか空気を読まない奴だ。
「あらあら、ラズエルくんは私に会いたくなかったの?」
「会いたかったさ! でもそれは酒屋で焼き魚を頬張ってるところじゃなくて、もっとこう感動的な場面で再会を果たしかったんだよ!」
「例えば海亀の産卵中とか?」
「違う! それは感動的な場面が背景にあるだけで感動的な場面じゃない!」
「随分と腕を上げたじゃない」
「ここで褒められても嬉しくねえよ!」
俺とアーシェスの会話を師匠と着物姿の美女は無言で見守っていた。普通に恥ずかしい。それから四人での会食が始まり、アーシェスとティアの再会を祝うことになった。卓の上には麦酒から葡萄酒、度数の高い蒸留酒まで並べられている。料理も肴になりそうな一品が豊富に揃っていた。
飛空艇内のような格調高さがない分、普段通りに振舞えるのが大衆店の利点だろう。
「酒を一緒に楽しめる仲間がいることは素晴らしい」
「昨日の夜からずっと宴会にゃ」
「酒を飲むのは構わないのだけど、ティア、例の件は大丈夫なのでしょうね?」
上機嫌な着物姿の美女を常闇の魔女が窘める。
「協力には感謝しておるが、彼奴だけは我の手で屠る」
「竜族の裏切り者は竜族で始末するということかしら?」
「そういうことにしておこう」
魔王の魔王による魔王のための意味深な会話だった。
聞き耳を立てるだけならともかく、話に深入りすべきではないだろう。
中略。
頃合いを見て俺は店を出る。しばらくすると常闇の魔女も外へ出てきた。
「魔王同士に繋がりがあるとは思ってなかったよ」
「ほとんどの魔王は縦の関係に強くて横はさっぱりだからね」
夜でも明るい商業地区の通りを歩きながら言葉を紡いでいく。厳かな雰囲気の外灯を電飾が茶化しているような街路だ。
「一年後の祭典、やはりなにかあるのか?」
「なにもないと言えば嘘になるでしょうね。でもそれは魔王側の問題で下僕であるラズエルくんには重要な事柄じゃないわ」
「下僕は塔に巣食う盗賊を倒したり王に頼まれた黒胡椒でも探しておけと?」
「まあ、大体そんなところね」
「否定しろって!」
「冗談よ」
そこでアーシェスは神妙な面持ちになった。こちらも自然と背筋を伸ばしてしまう。
「契約の内容を覚えてる?」
「もちろんだ。忘れられるような内容じゃないだろ?」
潜在能力を極限まで引き出せる代わりに俺の命は常闇の魔女に握られている。しかしこれは性質を考えれば当然のことで、契約者を従わせるための常套手段と呼ぶべきだろう。もし足枷がなければ魔王を裏切るかもしれないわけだからな。
「どうして私に命を預けられたの?」
「アーシェスになら殺されてもいいと思ったからだよ」
実際に俺、前世で一回殺されてるからな。
常闇の魔女は満足そうに微笑む。本当にどこの世界でも変わらないよな。
「一つ質問してもいいか?」
「なにかしら?」
「ティアが竜に変身したみたいに、ほかの魔王も姿を変えたりするのか?」
「私は第三形態まで変身が可能よ」
「すげえ!」
「冗談よ。子供みたいな喜び方をしないで頂戴」
絶対零度の視線が返ってくる。本気で怖い。だから俺は本題を切り出すことにした。
「やるべきことがあるなら教えてくれ」
「それより先に伝えておかなければならないことがあるわ」
「なんだよ?」
問い返す俺の言葉にも緊張が浮かぶ。アーシェスは口の端を上げて囁いた。
「誕生日、おめでとう。これは私からのささやかな贈り物よ」
そう言って常闇の魔女は左手を差し出してくる。左腕から発生した黒煙が掌の上に集まり有形物を形成していく。やがて小柄で耳と尻尾の長い哺乳類と呼べるような存在が誕生した。不意に黒い物体が跳躍する。全体を覆う黒煙は風に揺らめいているが、俺の肩に飛び移ってきた小動物には確かに質量があった。
「こいつは一体?」
「使い魔よ。その子を通じて私からの伝言を一方的に送り付けることができるわ」
「相互通信できるようにしとけよ」
「嫌だわ。そんなことをしたらラズエルくんの声を聞かされることになるじゃない」
「言うと思っただけさ」
俺は首の後ろを伝って左右の肩を行き来する使い魔の頭を撫でる。揺らめく黒煙が毛の役割でもしているのか、撫でたときの触感は犬や猫のそれに近かった。意外と愛くるしい顔をしているので、耳と尻尾が長いことを除けば黒猫みたいな印象を受ける。
「飼育するにしても餌とかどうすればいいんだ? 俺、動物を飼った経験なんてないぞ」
「なんの心配もいらないわ。ラズエルくんの精気を吸収して勝手に育つ仕組みよ」
「不安で夜も眠れねえよ! 衰弱死以外の未来が見えないだろーが!」
というかそんな物騒な存在を誕生日の贈り物にするな。
「右手の刻印は飾りじゃないのよ?」
「おお、つまりこの刻印が精気を無限に生み出してくれたりするのか?」
俺は感動しながら左手で右手の甲に触れる。アーシェスは視線を伏せて呟いた。
「そう……だと……いいわね」
「絶対にそうじゃないじゃん! 頼むからこっちを向いて話してくれ!」
「冗談よ。使い魔に殺されるなんてことは起こらないわ」
「洒落にならない冗談はやめてくれ!」
前科があるだけに笑えないんだよ。
「それはともかく私とラズエルくん、昔どこかで会ったことがあるのかしら?」
「どうしてそう思うんだ?」
一般的な反応を返しておく。常闇の魔女は腕を組みながら首を傾げた。
「よくわからないわ。でも話をしていると、とても懐かしい気持ちにさせられるのよ」
「ふむ」
「なにか知っていることがあるなら教えて頂戴」
「なにも知らないよ」
アーシェスは疑いの眼差しを向けてくる。睨まれたと勘違いしたのか使い魔が俺の背中へ隠れた。
「本当に会ったことはないのね?」
「さあ、それはどうだろうな」




