表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常闇の魔銃士  作者: 鳥居なごむ
第一章
11/28

011

 アラバスタ共和国、首都シルビア港。

 飛空艇は楕円形に区画された専用の港に着水する。ほとんど滑走を必要としない飛空艇ならではの離着場だ。ここで整備や魔導力の補給、客室乗務員や護衛団の交代が行われる。朝の便として魔導都市へ旅立つのは、もう一つの専用港で待機している別の飛空艇だ。


常闇の魔銃士カルナバル、不本意な結果とはいえ感謝している」


 飛空艇から降りる際、俺は団長に声をかけられた。この時点で名乗り損ねていたことを理解し、酒樽を両脇に抱えながら前方を歩く師匠と着物姿の美女を見やる。


「礼なら真紅竜王ティアマトに言うべきでしょう?」

「おいおい、そろそろ誰か感謝を受け取ってくれないか? このままだと堂々巡りになってしまうからな」


 なるほど、すでに真紅竜王や師匠には感謝を伝えたらしい。


「そういうことなら俺で終わりにしましょう。どうもどうも。しかしあのとき――護衛団が黒竜から飛空艇を守れる可能性ってどれくらいあったんですか?」


 俺の問いに鎧姿の熊系獣人は苦渋の表情を浮かべた。


「まったく被害を出さない確率は半々より少し下くらいだな。とてもじゃないが乗客に飲んでもらえる数字じゃないさ」


 どうやら予想以上に最悪の状況だったらしい。

 ふと団長の視線が着物姿の美女へ向けられる。


「一年後に魔王が一堂に会する祭典が催されることを知っているか?」

「ええ、まあ」

「どんな願い事でも叶えられるという魔石が一つの場所に集まるわけだ。なにも起こらなければいいんだがな」


 言われて俺は怖ろしい事実を把握した。誰が主催するのか知らないが、そこに思惑がないとは限らない。むしろ魔石を持つ八英傑が集結してなにも起こらないほうが奇跡だろう。そう考えれば火属性を極めた魔王も祭典を迎える下準備をしているのかもしれない。


 本当に――やれやれだ。




「誕生日、おめでとうにゃー」


 孤児院の中にある比較的広めな一室。乾杯の音頭を取るミーシャの大きな胸が上下に弾む。健康的な褐色肌に半年間でまた育った感のある巨乳は色気と異なる魅力があった。祝杯を掲げるハシュシュやティアも美女だし、久々に顔を見た孤児院の先輩や後輩も美少女が多い。そしてどういうわけか俺の膝の上に座っている幼女も可愛らしい顔立ちをしている。この状況を最も適切な言葉で表現しなさいと問われれば、おそらくハーレムという単語になると思うのだが、どうして俺の心はちっとも晴れやかじゃないのだろうか?


「次は苺が食べたいです」


 言われた通り俺は手を伸ばして皿の上に盛られた苺を取る。それをアルマダ連邦の高官――フィリアの口へ運ぶと幼女は餌を与えられた雛のように頬張った。美女二人は戦利品である酒を飲んだくれているだけだし、幼馴染みは俺のために用意されたはずの料理を平らげていく。つまりまあ、祝福されている感じがまったくしないわけだ。


 十七歳の誕生日。

 大人として扱われる記念日。


「ロンさん、手が止まっていますよ?」

「はいはい、悪うございましたね」


 顔を上げて催促してくる幼女に俺は適当な返答をしながら苺を食べさせる。ティアとハートレット姉妹が誕生日を祝ってくれると言ってくれたときは普通に嬉しかったんだけどなあ。どうしてこうなったんだろう?


「随分と浮かない顔をしているな。ここは誕生日会場じゃなかったのか?」


 振り向くと人族の先輩――ザルイークの姿があった。やんちゃな風貌は大人になってからも変わらないらしい。その傍らには猫系獣人族の青年――シャルルが立っている。一対九の割合で女が生まれる種族にとって、猫耳と尻尾を生まれ持つ男の存在価値は極めて高い。長身痩躯と整った容貌は種の保存に従っているのだろう。二人は三年前にアラバスタ共和国を旅立っていて、祖国へ帰ってきたときは必ず孤児院に顔を出していた。


「誕生日会場で合ってますよ。ただ祝福されている気がしないだけです」

「そうか? 参加者全員、とても幸せそうに見えるぞ?」


 ザルイークは室内を見回しながら告げる。その言葉を補足するようにシャルルが語を引き継いだ。


「ロンは独特の感性を持っているからね。僕たちの誕生日会でも盛り上げ役に徹して変な感じだったよ。参加者の幸せそうな顔が最高の贈り物なのにさ」


 祝われる立場になるまで意識もしてなかったが、なるほど誕生日会で受けた違和感の正体はそれらしい。俺は膝の上に座るフィリアの頭を撫でた。好き勝手しているように見えた参加者全員、ちゃんと俺のことを祝福してくれていたのである。


「ロン、ちょっといいか?」


 振り仰ぐとザルイークが親指で部屋の外を指し示していた。傍らのシャルルに視線を移すと銀色の前髪がかかった瞳を細める。


「渡したい品物があるんだよ」


 二人に促されて俺は幼女を膝上から下ろして立ち上がった。部屋を出て孤児院の屋上へ向かう。五階建てだが自動昇降機は設置されていない。階段を上りながら世間話を兼ねて近況を報告する。ザルイークは飛蛇竜ワイアーム討伐の報酬に驚愕し、シャルルは「常闇の魔銃士」になったことを笑い種にした。


「ロンらしいよ」

「どの辺がですか?」

「なにを考えているかわからないところかな」


 ふわふわの銀髪を掻き上げながら猫系獣人族の青年は柔和な笑みを浮かべる。ザルイークと一緒にいる所為かもしれないが、本当に儚げで繊細な美しさを持ち合わせている先輩だった。


 洗濯物の取り込み時間が過ぎている屋上には誰もいなかった。


「俺たちは今、運び屋を生業にしていてな。今回は依頼の品を届けるために帰ってきたわけだ」


 ザルイークは思わせ振りな発言をする。だから俺は敢えてシャルルに問いかけた。


「誕生日の贈り物を渡したいってことですか?」

「相変わらず鋭いのか鈍いのか判断に悩まされるよ」


 銀髪の猫耳青年は相棒に許可を求める。同意を得ると黄緑色の魔方陣を描き出し、その中から両手を必要とする横長の木箱を取り出した。手渡された俺は一度地面に置いてから蓋を開ける。中には緩衝材に包まれた漆黒の大口径魔弾銃が入っていた。


「『地獄の業火ヘルファイア』という異名を持つ大口径魔弾銃らしい」

「知らない魔銃士がいたら潜りですよ」


 俺は軽口を返しながら木箱に収められた漆黒の魔弾銃を手に取る。クリフ・スフィールという高名な魔導工学技師が残した「悪魔の遺産」と呼ばれる七挺の一つだ。現在使用している強襲用狙撃魔弾銃アサルトレイターと比較して、命中補正率、術式展開速度、高位魔弾制御率、すべての面において格段に上昇する。特に術式展開速度の向上は高位魔弾による魔術反応を可能にするため、これまでの戦術に新たな選択肢を組み込む手助けになるかもしれない。


「本当に頂いてもいいんですか?」

「届け物だからね。渡さないと契約不履行だよ」


 情報屋、運び屋、賞金稼ぎ、それぞれの世界に鉄の掟が存在する。禁を犯した者に待っているのは廃業か死くらいだろう。俺は肩をすくめているシャルルに質問を投げかけた。


「依頼主は?」

「ハシュシュさんだ。半年前に分割で支払うからロンの誕生日までに用意してくれと頼まれたんだよ。運び屋の範疇を超えてるから最初は断ったんだが、どうにも熱意に負けて引き受けちまったんだよな」


 相棒より先に応じてザルイークは照れ臭そうに鼻先を掻いた。気を悪くした様子も見せずシャルルは苦笑いを浮かべる。


「機動力と索敵能力しかない僕たちに『悪魔の遺産』を用意しろなんて無茶だよね」

「しかしまあ、引き受けた以上は後に引けないからな。情報網を駆使して金で解決できそうな持ち主を探し当てたわけだ。ハシュシュさんには『地獄の業火』の購入代金に俺たちの利益を上乗せして請求したんだが、どういうわけか分割払いじゃなく一括で全額振り込まれていたことに驚いたな」

「ロンの話を聞いて理解したけどね」


 ザルイークとシャルルの説明を受けて俺は泣きそうになっていた。つまり師匠は借金覚悟で俺のために「悪魔の遺産」を用意する予定だったのである。


「感動しているところ悪いんだけど、僕たちも仕事だから受領書に指紋もらえる?」


 差し出された羊皮紙に俺は左手の親指を押し当てる。魔術組成式が展開して受領確認となる刻印を浮かび上がらせた。俺は大口径魔弾銃を木箱に戻して抱える。


「師匠に感謝を伝えてきます」

「いや、それはやめたほうがいい。わざわざ屋上へ連れ出した理由を考えろ」

「それを見たらほかの皆が贈り物を渡し難くなるからね」


 どうやら俺は最高の師匠と仲間に巡り会っていたらしい。

 参加者の幸せそうな顔が最高の贈り物――本当にその通りだと実感した。

 どこまでも穏やかで優しい気持ちになれる。だからこそ俺は軽口を叩いてしまう。


「師匠、残念可愛いだけが取り柄じゃなかったんですね」

「知らなかったのかい?」

「というか少しは俺たちの仕事にも感謝しろよな」


 ザルイークは嘆息を漏らしながら愚痴を零した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ