利用されてきた公爵令嬢ですが、わたくしがこれから貴方達を利用するのよ。
「いつまでこんなくだらない物を持っているんだ」
ルディーリアが大事に抱えていた小箱を、父は取り上げる。
新しく来た母が、箱を開けて中を見て嬉しそうに。
「まぁ、綺麗なブローチ。そして首飾り。どれも高そうね。わたくしが貰ってあげるわ」
ルディーリアは必死に取り返そうと両手を伸ばす。
「これは、おかあさまが残してくれた宝物なのっ。だから返してっ」
10歳の少女の手に、取りあげられた宝箱はあまりにも遠くて遠くて‥‥‥
父はルディーリアを睨みつけて、
「元はといえば、私が前妻にプレゼントした物だ。だから、サーリアにやってもいいだろう」
サーリアは宝箱を抱き締めて、
「まぁ嬉しい。嬉しいわ」
ルディーリアはまだ10歳。柔らかな金髪の幼い少女だ。
小さいルディーリアは盗られた宝箱を取り返すことは出来なかった。
ルディーリア・アルバトス公爵令嬢の父であるアルバトス公爵は酷い男だ。
政略結婚で妻を貰ったがいいが、外に愛人を作り家庭を顧みなかった。
心が病んでしまった一番目の妻は、娘を残して病で亡くなってしまった。
ルディーリアが9歳の時である。
母はいつもベッドの上から外を見つめていて、ルディーリアの事を顧みなかった。
時々、宝石箱を手にして、中の首飾りやブローチを眺めながら、
「ロバート様から貰ったこれはわたくしの宝物。ロバート様、ロバート様」
と、父の名前をぶつぶつと呟くのだ。
寂しかった。幼い頃からずっと寂しかった。
母が亡くなってしまって。
ルディーリアは余計に寂しさが増した。
心の傷が癒えないうちに、
すぐに新しい母だと、父が引き込んだのが、男爵家出身の女だ。
名前はサーリア。
化粧が濃くて、媚を売るのが上手くて、そして大事なルディーリアの宝箱を奪ってしまうような酷い女だった。
あれは、お母様がわたくしにって残してくれた形見なのに。
あの女が嬉しそうに首飾りを着けて微笑んでいる。
酷い。酷い。酷い。あれはお母様のっ。
ルディーリアは泣いた。
泣いていたら、義弟のエルドが、
「母が申し訳ございません」
9歳のエルドはサーリアが連れて来た連れ子である。
黒髪碧眼で顔立ちがとても整っている。
前夫との息子で、アルバトス公爵家に養子に入った。
だから新しい母と、新しい弟という事になる。
ルディーリアはエルドに、
「謝る位なら、取り返してよ。あれはわたくしの宝物なのよっ」
「でも、私も母には逆らえなくて。でも、ルディーリア様の為に母に頼んでみましょう」
そう言ってくれた。
エルドはとても優しくて。
あのサーリアという女から産まれたとは思えない位に、真面目な義弟だ。
父ロバートは女にだらしなくて、サーリアと再婚しても、色々な女性と遊んでいて。
サーリアはサーリアで、父に強請って贅沢をしまくっていた。
真っ赤な口紅をつけて、化粧を濃くして、父にしなだれかかって色々な物を強請る。
「指輪が欲しいの。大きな宝石の着いた指輪。ロバート様。買って下さるわよね」
「まったく、サーリアは贅沢好きだな。仕方が無い。買ってやろう」
「嬉しいわぁ」
一方、公爵家の娘として、ルディーリアは厳しい教育を受けていた。
大きくなれば、政略として娘は使える。だから、しっかり教育をという父の方針からである。
義弟の9歳のエルドも、
「義父上。私も勉強をしたいのです。義姉上と一緒に勉強してよろしいですか?」
父は頷いて、「まぁお前は私の血を引いていないから跡継ぎにはなれないが、学びたいのなら学ぶがいい」
と言って許可したのだ。
サーリアも珍しく、真面目な顔をして、
「学ぶことは大事よ。エルド。しっかりと学びなさい。学問は貴方を裏切らない。せっかくアルバトス公爵家の養子になれたのだから、死ぬ気で励みなさい」
あの派手で贅沢好きなあの義母にしては、珍しく真面目な事を言うものだなと、ルディーリアは幼心に思ったものだ。
だから、エルドと一緒に家庭教師から厳しい教育をルディーリアは受けた。
エルドは優しい。
とある日、宝箱を取り返して来てくれたのだ。
「母は渋りましたけど、これは義姉上の大切な宝箱。お返しします。母が申し訳ありませんでした」
「いいのよ。有難う。エルド」
大事な宝箱が帰って来た。
中に入っていた形見の首飾りやブローチも無事だった。
涙がこぼれる。
取り返してくれたエルドが頼もしく思えた。
時は過ぎてルディーリア17歳。エルド16歳になった。
エルドはいつもルディーリアの傍にいて、時には励まし支えてくれた。
大事な弟、エルド。
ルディーリアはいつしかエルドの事が好きになった。
義母サーリアは相変わらず酷い女だ。
ルディーリアに冷たく当たり、意地悪な事を言うのだ。
「ルディーリアって冴えないわ。もっと明るい色合いのオシャレをすればいいのに。何よ。その目は。わたくしは本当の事を言ったのよ。こんな暗い女じゃ嫁ぎ先も見つからないわねーー」
エルドが、
「母上、そんないい方は無いでしょう。義姉上はとても魅力的だと思います」
「そう?そうなの?お前の目は節穴ね」
酷い女。本当に酷い。
今日も化粧が濃くて、こちらを見て蔑むように笑って。
父が、
「そういえば、そろそろルディーリアも婚約者を決めないとな。婿入りしてくれる相手を探さないと」
ルディーリアは17歳。
美しい金髪碧眼の女性に育っていた。
確かにそろそろ婚約者を決めなくてはいけない年頃だ。
父はルディーリアに、
「フェドス公爵令息の次男あたりはどうだ?実はフェドス公爵から頼まれていてな。素行は悪くてどうしようもない男だが、政略結婚なんてそんなものだろう。フェドス公爵家に恩を売ればこちらとしても、色々とやりやすくなる」
フェドス公爵家の次男ハリスは、金髪碧眼、顔は美しい男性だったが素行が悪かった。
歳は25歳。
色々な女性達と遊んで、ふらふらしていた為、なかなか婚約者が決まらなかった。
義母サーリアは赤い唇を歪めながら笑って、
「なんて素敵なご縁なんでしょう。よかったわねぇ」
そんな素行の悪い男は嫌。
父に連れられて行った夜会でハリスを見かけたことがある。
複数の女性を侍らせてへらへらしているようなそんな男だ。
ルディーリアを見て、
「これはルディーリア嬢。なんてお美しく。私の周りにいる令嬢達と共に咲き誇りませんか」
と舐めるようにこちらを見て失礼な事を言って来た。
アルバトス公爵家の令嬢に対して失礼千万な態度である。
ルディーリアは相手にしなかった。
父も女をはべらせているような最低な男なので、父と同類だとは思うのだが。
わたくしはちゃんとした人と結婚したいの。どうしてハリスなんて選ぶの???
いくら政略だからってわたくしの幸せなんて何も考えてくれない父。
母が亡くなった時だって、傍にいなかったじゃない。
他の女の所へ行っていたじゃない。
母は最期まで父の名前を呼んで、呼んで、呼んで‥‥‥
来ないと解っていても呼んで、涙を流しながら亡くなったわ。
父が憎かった。
そんな政略結婚の話を持って来る父が憎かった。
父が決めた婚約者候補。逆らう事は出来ない。
部屋で泣いていたら、ドアをノックする音がして、開けたら義弟エルドが心配そうに立っていて。
「義姉上。心配で来てしまいました。大丈夫ですか?」
「わたくしは、ああ、エルドっ」
エルドに縋って泣いた。
「結婚したくない。ハリスなんかと。わたくしはわたくしだけを見つめてくれる人と結婚したいわ。父やハリスみたいな浮気者と結婚したくないの」
エルドは背を優しく撫でてくれて。
「私が義姉上と結婚出来たらよいのに」
「エルド?」
「ずっとずっとお慕い申しておりました。この屋敷に来てからずっと。私が貴方を支えて、公爵になれたらいいのに」
エルドがそう言ってくれて嬉しかった。
ずっと傍にいて慰めてくれていたエルド。
父や義母に酷い事を言われても、義母が大切な宝箱を取り上げた時も、エルドは力になってくれて慰めてくれた。
とても優しくて頼りになって。
16歳のエルドはいつの間にか、ルディーリアの背を追い越して、頼りある義弟になっていた。
ルディーリアはエルドを見上げて、
「本当に貴方と結婚出来たらどんなに幸せか。でも、お父様が許さないわね」
エルドは悲しそうだった。
エルドと結婚出来たらいいのにと、愛しいエルドの顔を見上げて、強く思った。
三日後、父が倒れた。
急に話せなくなり、立つことが出来なくなった。
義母は嘆き悲しみ、
「ああ、ロバート。こんな身体になってしまって」
ベッドの中で、ぼんやりした目つきでこちらを見ているロバート。
「離れでわたくしが面倒を見ます。それで、わたくしが思うには、ルディーリアはエルドと結婚して、エルドが公爵になって、このアルバトス公爵家を継いだ方がいいと思うの」
エルドもルディーリアに、
「ハリス様と結婚するよりも、私と結婚して、この公爵家を盛り立てていきましょう。義姉上」
ルディーリアは思った。
ハリスと結婚する位なら、エルドと結婚した方がいい。
わたくしは、優しいエルドの事を愛しているのよ。
「有難うございます。お義母様。わたくしはエルドと結婚したいですわ」
エルドが顔を輝かせて、
「いいのですか?義姉上」
「わたくしは貴方の事を愛しているのですもの」
「私も愛しております。ずっと昔から」
サーリアは、
「エルドの母なのだから、わたくしを追い出したりしないでしょうね。離れでロバート様の看病をするのですし」
嫌な義母だけれども、父の看病をすると言っているので、追い出す訳にはいかない。
それにエルドの実の母だ。
「追い出すなんて致しませんわ。父の事をよろしくお願い致します」
「まぁそれなら良かったわ」
翌日、父の弟であるリッテル伯爵が訪ねて来た。
「兄上が倒れたんだって。アルバトス公爵家も大変だろう。だったら、私が後見人として、公爵家の経営をやろうか」
と、サーリアと、ルディーリア、エルドに言ってきたのだ。
サーリアはきっぱりと、
「事業の経営はしっかりと立場のあるものにやらせておりますわ。リッテル伯爵がお気になさることはなくってよ」
「しかし、立場のあるものって、そいつが着服とかしたらどうする。やはり身内である私がしっかり経営をしてこそ、兄上も安心して療養出来るというもの」
「わたくしが、監視しておりますから大丈夫です。ロバート様の仕事を手伝っておりましたのよ。ルディーリアがエルドと結婚して、しっかり領地経営を出来るようになるまで、わたくしがロバート様の看病をしながら、教育していきたいと思っております。わたくしは、ロバート様の妻ですから」
ルディーリアは驚いた。
化粧が濃くて、媚びることしかしない義母だと思っていた。
宝箱を取り上げたり、嫌味ばかり言ってくる義母だ。
いまだに大嫌いな義母。
それなのに、父が倒れた後、毅然とした態度で、色々な事に対処して。
そう、まるで父が倒れる事を予測していたかのように。
予測していた???
義母はこうなる事を知っていた?
叔父が言い返せずに、すごすごと帰った後、ルディーリアはサーリアに向かって、
「お義母様。お話があります」
「何かしら。ルディーリア」
「お義母様は‥‥‥お父様を」
「何を言っているの。ロバート様は病です。わたくしがしっかりと看病致します。領地経営の事を教えるわね。今までも家庭教師を通じて少しは勉強してきたでしょう。エルドはアルバトス公爵、ルディーリア。貴方は公爵夫人になるのです。二人してしっかりアルバトス公爵家を盛り立てて行って頂戴ね」
人が変わったようだった。
ルディーリアは更に引っかかることがあり、エルドと二人きりで話をした。
「お義母様はわたくしの宝箱を取り上げたのはわざと?わたくしに冷たい態度を取っていたのはわざと?」
エルドは慌てたように、
「そんな事はない。宝箱の件は申し訳ない。でも、私が取り戻しただろう」
「貴方はいつも、父や義母の事で、わたくしを庇って守ってくれた。わたくしの泣いている時に傍にいてくれたのはいつも貴方‥‥‥そう、いつも貴方なのよね」
「何が言いたいのですか?」
「お義母様と貴方と三人でお話がしたいことがあります」
サーリアと、エルドを呼んで三人でテラスでお茶をする。
「お義母様はわたくしにわざと冷たく当たりましたね。この公爵家をエルドに継がせる為に」
サーリアは扇を手に、
「何を言っているのです。わたくしはわざとではなくて、ロバート様に気に入られたいが為に、貴方が邪魔だったのよ。だから、冷たく当たっただけよ」
エルドの方を見て、
「エルドは、わたくしが傷つくたびに、慰めてくれて。お義母様に盗られた宝箱を取り返してくれた。いつも貴方がわたくしの傍にいて、力になってくれたわ」
エルドはルディーリアに向かって、
「それは義姉上の事を愛しているから」
「わたくしと結婚すれば、エルドはアルバトス公爵になれますもの。わたくしにハリスとの婚約話が持ち上がった途端、父が倒れたわ。それはきっと‥‥‥」
サーリアは、優雅に紅茶を飲んでから一言。
「貴方にこの公爵家は守れなかったでしょう。ハリスなんて迎えたら、食いつぶされたに決まっているわ。それに、ロバート様が倒れた途端、後見人を言ってくるリッテル伯爵。わたくしはロバート様の傍で領地経営を見て来たわ。実際に仕事をしている人間も把握している。
ねぇ。アルバトス公爵家を狙って何が悪いの。わたくしね。貧乏な男爵家で育ったの。前の夫も貧乏だったわ。だから、ね。食べる物も困って幼いエルドを抱きかかえながら誓ったの。
どんなことをしてものし上がって見せる。だからロバート様に近づいたわ。あの人、遊び人なんですもの。わたくしと結婚してからも、遊び歩いた人だけれども、わたくし、そんなのどうでもよかったの。子をこれ以上出来ないように処置もしてあったし。
エルドが苦労しないように。美味しい物を沢山食べられますように。わたくしが願ったのはただそれだけ。ルディーリアに冷たく当たったのは謝るわ」
「お父様に毒を盛ったの?倒れるように」
「え?彼は病で倒れたのよ。証拠がないでしょう」
そう言いながら、サーリアは赤い唇を歪めてニヤリと笑った。
確かに証拠がない。ないわ。
父をあのような目に遭わせたのは間違いなく義母だという確信はある。
でも、証拠を残すような義母ではないだろう。
でも思うのだ。
自分はアルバトス公爵家の娘として生まれながら、なんて儚い存在だったのか。
父の言うなりに婚約するところだった。ハリスという男と。
そして、リッテル伯爵が乗り込んできて、後見人なんてやらせたら乗っ取られていたかもしれない。
ルディーリアは毅然と二人に対して、
「わたくしはエルドと結婚します。覚悟が足りなかったわ。でも、お義母様の今までの態度を許す訳にはいきません。わたくしは随分と傷ついた。貴方達、わたくしを支えなさい。エルドに公爵位を継がせない。わたくしが女公爵になるわ。わたくしが実権を握ります」
サーリアが、
「女公爵を認めさせるには大変よ。エルドに公爵をやらせれば」
「わたくしが実力を示せばよろしいのでしょう。まだわたくしは17歳。お義母様。今までわたくしに冷たく当たった事をすまないと少しでも思うのなら、力を貸して頂戴。わたくしは利用されたままの人生では嫌。わたくしがこれから貴方達を利用するのよ」
これはアルバトス公爵家の娘としての矜恃。高いプライド。
わたくしは、女公爵を目指して輝くわ。
エルドと二人きりで、紅茶を飲む。
サーリアが車椅子に乗せたロバートと共に庭を散歩するのが見えた。
サーリアはサーリアなりに、父を愛しているのかもしれない。
例え毒で半身不随にしようとも。
父はもう立つことも話すことも叶わない。
これでは他の女たちの所へ浮気どころではないだろう。
ルディーリアはエルドに向かって、
「わたくしが女公爵になるのは嫌かしら。貴方達親子は、アルバトス公爵家を乗っ取るつもりで入り込んだのですもの」
「義姉上の夫なら、私は満足です。ずっと義姉上の事が好きでしたから」
「本当にわたくしの事が好きだったの?
お義母様はわざとわたくしに冷たく当たったのね。貴方が慰める。貴方にわたくしが依存するように。そして、貴方達が狙ったのは、わたくしと貴方が結婚すること。貴方がアルバトス公爵になる為に。」
再び聞いてみる。
「本当にわたくしの事が好きなの?わたくしの事を愛しているの?」
エルドはテーブルの上から両手でルディーリアの手を握り締めて来た。
「今度、私から貴方へ指輪をプレゼント致しましょう。宝箱に入れてくれますか?」
そう言ってから、エルドは真剣な眼差しで、
「母のしてきたことは謝罪します。確かに私達はアルバトス公爵になる為に策を巡らした。でも、私は、貴方と過ごした日々はとても楽しくて愛しくて。貴方とずっと一緒にいたいと願うようになった。これからは、貴方の受けた傷をこれまで以上に癒していきたい。貴方が女公爵になるのなら、それを支えていきたい」
エルドの心は真実なの?
でも‥‥‥信じよう。
今まで共に歩んで来た日々が、全部、嘘になるのは嫌‥‥‥
エルドがわたくしの心の支えだったのですもの。
エルドの顔を愛し気に見つめ、
「指輪を宝箱に入れてあげる。エルド。愛しているわ」
「私も愛しています」
これからも茨の道が待ち受けているでしょうね。
わたくしはアルバトス公爵家の娘。アルバトス女公爵になる為にはどんな困難も乗り越えて見せるわ。
愛しいエルドの手を握り締めながら、一緒に遠い空を眺めた。
空は晴れ渡り、ルディーリアの決意を表すかのように、明るい初夏の日差しが降り注ぐのであった。




