表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/28

離れない。

一部【暴力的な描写】が含まれます




 おかしいなとは思ってた。謝ろうと思って光島さんの部屋まで覚悟を決めて来たらとっくに先に帰ったはずの光島さんはいなくて。胸騒ぎがして、なんとなく不安だった。


 それでもどこかに寄ったのかなと思って無理やり納得して帰ろうとして。その瞬間にあの電話だった。


 後ろの騒がしさが意外で、けれどそれがどうでもよくなるくらい、嫌いだと言われたときは思考が停止した。


 でもその直後に、凄まじい音がして。声からして、俺の知らない誰かがいるんだろうなっていう想像はついた。無事かどうかがただただ心配で。助けて、という悲鳴を聞いた瞬間にはもう、足が弾かれるように動いていた。


 今、ガタガタと震えて光島さんは俺の腕の中にいる。怖かったんだ。そりゃそうだ。


ほくとさ、と小さく光島さんが言っているから、この人が北斗なのだろう。


「羽津さん、呼んでくれてありがとう。大丈夫です、なんとかします」


羽津さん。初めて呼ぶ呼び方だ。もっと別の場面で呼んでみたかった気持ちもあるけれど、この相手に舐められてはいけない。そんな気がビシビシとした。


 細かく震える背中をもう一度撫でる。そうでもしないと、怒りの制御ができなかった。


 許せない。


 よくも光島さんを、こんなに傷つけたな。


「…っなんだよ、お前」


「勝手に羽津さんに惚れている部下ですが、あなたは?北斗、さんでしょうか」


今、Glareが通りがかりの人にもぶつからないようにしているから、かなりの圧がかかっているのだろう。


 じり、と北斗がかすかに後退した。


「どういう状況でしょうか」


「そ、そいつが悪いんだ!飯を作らせてやるっていうのに、拒むから…」


「だから、脅した?」


なんだ、作らせてやるって。作ってもらう側だろう。ああ、だめだ。いちいち発言が引っかかって、声音を保つのも難しい。こんな発言をできるだけ聴かせたくなくて、羽津さんを抱きしめる。


「そうだ、昔は従順だったのによぉ。やっとけって言えば、はいって答えて全部やって…。ああ、知らないよなあ?ははっ」


俺を挑発するように笑い、一気に話し出した。俺に、自分の方が優位だと言いたいのだろうか。ベラベラと、まあよく口が回るもんだ。


「…じゃあご質問ですが、羽津さんが好きな水族館にいる動物はご存知ですか?季節は?誕生日は?」


好きな水族館の動物は、かわいいからペンギン。好きな季節は秋で、美味しいものがいっぱいあるから。誕生日は10月12日。


「俺は全部言えますけど、どうですか」


そうやって軽く煽り返すと、わかりやすくヒートアップした。でも、答えられない。そんな扱いをする人が「羽津さん」を見てるはずがない。


 話すネタがなくなったのか、肩で荒く息をしながら俺を睨んでくる。それでも俺が黙っているのが気に食わなかったようだったが、はっと気がついたように笑った。


「…そうだ。この動画だって、知らないだろ?オレの元でちゃんとCommandをきいて何言っても従ってさ。Subの理想ってこれだよな」


「…は」


見せられた画像に、毛が逆立つ。思わず、羽津さんを抱く手にまた、力がこもった。


「…それは、どうやって」


「え?まあCommandを使えば一発だろ。あ、そうだそいつ、Playの最中にずっとうるさいだろ。Safe wordなんて意味ないのにさぁ。そもそもSubなんてオレらの言うことだけ聞いてれば」


「…あー、もういいです。てか黙れ」


なんだ、こいつ。


 何を言っているのか、理解ができない。Safe wordはSubに、自分がやりすぎたことを教えてもらうものだ。それをうるさいなど、何を言っているんだ?


 Subの人は、「俺らが壊していいモノ」なんかじゃない。モノじゃない。そんな権利はDomにない。


「羽津さんはあんたの道具なんかじゃねえ。あんたがしたことは、ただ相手を踏み躙る行為だ」


こんな人が、羽津さんを、ここまで追い詰めたのか。


 ふざけるな。許せない。お前の勝手で羽津さんを踏み躙りやがって。


 Subも、人だ。


「性別は、相手の望まない支配を強いる手段なんかじゃないんだよ!」


 …たぶん、状況次第では俺はすぐに殴っていた。それを止められたのは、羽津さんが俺の腕の中にいてくれるからだった。羽津さんの呼吸や温度が、俺を冷静にしてくれている。


 息を整える。ここで俺が感情のままキレても良いことはない。それに、この状況で、こちらが不利になるようなことは控えるべきだ。


「…それと、ベラベラ大事な証拠を喋ってくれてありがとうございます。全部録音させていただきましたんで」


スマホの録音を見せると、あいつの表情が凍りついた。流石にこれが公表されたらどうなるかくらいはわかるらしい。


 これだけあれば十分にことは有利に運ぶ。羽津さんを探して走ってる途中で、思いついて咄嗟に録音を始めたのだ。


 ただ、羽津さんの負担が怖い。こんなクズだとは思わなかったから、聞かせたくなかったことを平然と言われてしまった。判断を誤ったかもしれない。


「羽津さん」


そっと呼ぶと、顔が上がる。


「ゆ、ら…」


「ごめんなさい、遅れて。ここまで戦ってくれてありがとう」


「…録音、どうするんだ」


やっぱり聞こえちゃってたか、という後悔に近い気持ちが胸をよぎる。でも羽津さんの目は、もう強かった。


「これは羽津さんに預けます。俺がどうこうできるものじゃないので」


俺が警察に訴えることは簡単だ。でも、それは押し付けになってしまうから。羽津さんが選ぶことを、俺が奪うのは違う。


 スマホを渡して立ってもらい、真っ青な顔の北斗と向き合う。見下していた相手に全てを握られているのは、相当屈辱だろう。


「…羽津さんを懐柔しようとしても無駄ですよ。あんたがしたことは消えないです。俺、めちゃくちゃ怒ってるんで。たとえ羽津さんが許したとしても、俺は一生あんたを許さないです」


こいつのことだ。何か羽津さんを脅して消させようとするかもしれない。それだけは防ぎたかった。


「なんで、そこまで」


「どうして?決まっているじゃないですか、好きだからですよ。…確かにあんたの方が過去の羽津さんのことはよく知ってるんでしょうね。でも、それは過去にすぎない。俺の前にいるのは、『今』の羽津さんです。俺はね、その羽津さんが大好きなんですよ」


ぎりり、と歯を食いしばる北斗に、最後に言いたかったことを告げる。羽津さんと手を絡めて、傷に触れないよう、そっと握った。


「どんな過去があろうと、全部含めて俺の好きな羽津さんです。それは絶対に揺るぎのない事実なんで。…今までも、これからもずっと」


それを最後に言って、俺は身を引く。最後は、羽津さんが終わらせるべきだと思うから。


「…これは、警察には届けません。でも、消しもしない。だからもう、俺たちに関わらないでください」


羽津さんの手に、力が籠る。それをそっと、握り返した。息を吸う音が、小さく聞こえる。


「今までありがとうございました。でももう、俺の帰る場所はあなたのところじゃなくて、由良の隣です。…さようなら」


そう言い放ち、羽津さんは大きく息を吐いて。


 それから、笑った。


 何かが吹っ切れたように、穏やかで優しい。それでいて、晴れるような笑顔だった。



◇◇◇



 

 かちゃん。ドアの鍵を閉める。


 あの羽津さんのアパートでは万が一の時が怖かったから、少し遠回りした上で俺の家に来てもらった。


 ゆっくりと、涙のあとが残る顔が、俺を見る。そのままそっと体を寄せ合った。背中が軽く壁に当たり、止まる。


 お互いの心音をしばらく聞き合ったあと、俺はそっと羽津さんの手を包んだ。


「手…。痛いですよね。手当てしてもいいですか」


「うん、頼む」


傷口を洗って、清潔なタオルで抑える。血はもう止まっているようで、良かったと思った。本当はもう少し早く応急処置がしたかったから、申し訳ない。そう伝えると、ふるふると首を振られる。


「…ありがとう、来てくれて」


 ガーゼを当てているところで、羽津さんがぽつりと呟いた。


 それには答えず、指を柔く撫でる。小さく笑顔になる音がして、指が絡まり合った。じっと目を見られて見返すと、少し躊躇ったあと、羽津さんがまた口を開く。


「…お前、早乙女が好きなんじゃなかったのか」


「えっ?…あいつはただの同僚です。あとあいつには彼女がいます」


予想外だった内容に驚いて、それからそう返した。もしかして、ぎこちなかった理由はこれ、なんだろうか。


「…そうか。俺、ずっと好きなんだと思ってた。悪い…」


そう言った羽津さんの肩を強く抱きしめる。強張りが解けた手がゆっくりと俺の脇の下をくぐり、背の後ろで交差された。


「斑鳩…。俺に『キスは本当に好きなやつと』って言ったよな、前」


こくんと頷く。確かに言った。たしか年越しの時だ。どうして、と尋ねる前に、羽津さんがふっと笑う。


「は、っ」


柔らかいもので口を塞がれた。キスされた、と理解するまでにそれは離されて、ただ甘い感触と余韻が口に残る。


「俺の答えだ。…好きだよ、由良」


「…!」


 キスされたんだ。好きな人にって言って、で、されて。それってつまり。


すきだ。


 その言葉が言葉として認識されるまでには時間がちょっとかかって。でもその前に、反射的に俺の喉から言葉はこぼれ落ちていた。


「…俺も大好きです、羽津さんっ!」






 

最後まで読んでいただきありがとうございました!


これにて一旦完結となります。でもたぶん、ちょくちょく番外編を投稿すると思われます。とりあえず温泉とか行ってもらいたい気分なので、甘々になる(はずの)、晴れて恋人となった二人をこれからもよろしくお願いします。


ありがとうございました!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ