第3話 言えない
骸を見捨てた飛行艇が動き出し、バシリアに風を浴びせながらその場を去る。シャベルをもう一度ぶん投げてやろうかとも考えたが、バシリアは結局やめた。支給してもらうのを待つわけにもいかず、またネチネチと嫌味を言われるのが目に見えているからである。よって彼女は頭を掻き、死体達を漁って使えそうな物をかっぱらう事にした。
その光景を震えながら見ていた子供は、バシリアの常軌を逸した能力に慄いていた。例外もあるだろうが、一般的な平均として大人の男性と女性ではどう足掻いても筋力に差が出てくる。しかし彼女は、張り合うどころか明確に上回っていた。道具を使ったとはいえ、シャベルで人体を、それも一撃であそこまで破壊するのは不可能である。脚力もそうだ。あんな跳躍やフットワークは、いかにトレーニングを積もうが人間に出来る芸当ではない。
そして更に驚くべきはその動体視力だろう。間違いなく、彼女は銃弾を避けていた。拳銃弾といえど、一般的に時速千三百キロメートルとされている飛翔体を避けるのは不可能に近い。それとも自分が分からないだけで、何かトリックやコツがあるのか…だが敵である兵士達に対する態度から見てハッキリ言えるのは、この手の行動に彼女がとても慣れきっているという事であった。これらすべての評価は、年端も行かない子供では言語化するのは難しいが、少なくとも感覚で悟ることぐらいは出来ていた。
「体調はいかがですか ?」
子供が態勢を変えて木陰に身を隠そうとした時、パンドラが彼を覗き込みながら尋ねた。勝手にスキャンをして測定をする以上、わざわざ体調を聞く理由など無いのだが、人間とのコミュニケーションを取るにあたって必要な通過儀礼に近い。人によってはそんな事をいちいち聞くなと言われそうなお節介である。しかし、彼の腕部や胸部に残った血痕が、どう取り繕おうが無慈悲な鉄の塊である事を否応なしに知らしめてくる。酷くアンバランスであった。
「おや、落ち着いて」
僅かに後ずさりし、木に背中をぶつけた子供に対して、パンドラは制止するように両手のジェスチャー付きで呼びかける。
「身体に危険が及び、呼吸が浅くなることで脳に酸素が行き渡らず、思考や精神の均衡に影響を及ぼす場合があります。さあ、まずは深呼吸。気を静める事で――」
「話が長い」
「アウチ」
背後から近づいたバシリアが、理屈をこねくり回すパンドラの頭を平手でしばく。心にも思ってなさそうな悲鳴がパンドラから発せられるが、そんなものは気にも留めずに子供の前で彼女は跪いた。
「声は聞こえる ? 聞こえていたら深呼吸をして、首を縦に振って」
子供は一度だけ息を吐くと、すぐに小さな胸を膨らませ、またしぼませる。そして即座にバシリアを見つめながら小さく頷いた。
「指見える ? 何本 ?」
彼女の質問と、目の前に示されたピースサインを見て子供は少し躊躇い、恐る恐るピースサインで返す。
「…に」
「オッケー、正気は保ってる。立てる ?」
手を差し伸べようともしないが、彼女は子供へ行動を促した。その直後、バイクのタイヤの痕跡を追うように別の飛行艇が姿を見せる。その錆と塗料の色落ちがチラホラと目立つ機体は、バシリアとパンドラにとっては安心感の証明である。
『迎えのタクシーが来てやったぜ』
「それはどうも。水とガラクタと…死体と子供。料金はそれだけで良いかしら ?」
『……ああ~、場合によっては大赤字だ。とりあえず着陸してハッチを開ける。どうせ調査班がこっちまで出向いてくれているからな。それまでは動けん』
間もなくホバー・ウィングの着陸が行われ、自分が先程出発した車庫が機体の駆動音と共に彼女の帰還を喜んで出迎えてくれた。バイクに跨ったバシリアはゆっくりと速度を調整して車庫へと乗り込む。パンドラは子供を気遣ってか、抱きかかえてから砂に足の裏をめり込ませながら歩み寄って行く。ひとまず介護は任せても大丈夫そうだ。下手に素人が弄り回すよりも、アンドロイドに任せた方が幾らか安全である。余計な解説を喋りすぎるのが玉に瑕だが。
「どこで見つけたんだ ?」
コックピットから出てきたらしいムラタが食堂のテーブルに座っており、コップに注いだ水に口を付けながら尋ねてきた。
「砂漠を歩いていた。おまけに後から追いかけるようにして、所属不明の兵士達が追いかけてきて」
「ふ~ん、彼らは ?」
「オアシスの土壌の肥やし。使えそうな装備だけ奪って、バイクに積んである」
「後で見てみよう。そんな贅沢品を易々使えるとは思えんが、発信機みたいに居所を特定出来るようなものを付けられていたら厄介だ。何しろ、相手の正体が分からないんだからな」
ムラタがそう言って水の残りをバシリアに渡して立ち上がろうとした頃、パンドラに連れられた子供がおずおずと背後から顔を見せる。落ち着いた状況で観察してみると、中々可愛げがある。黒みがかったブロンドの短髪と緑色の瞳、あまり血色の良くない白い肌。外出はしないタイプだろう。
「おやおや、可愛いお客さんだ」
ムラタがわざとらしくおどけ、子供の前にしゃがみ込む。
「僕はムラタって名前だ。アキイチ・ムラタ。君は ?」
ムラタは自己紹介をするが、子供は遠慮がちにもじもじするばかりで何も喋らない。まさか手話の方が良かったか ? ムラタが自分の配慮の足らなさに原因を見出そうとした時、子供の唇が微かに動き始める。
「……なぃ」
「ん ?」
「わ、分からない…」
「分からない…ふ~ん、何もかい ? どうしてこんな場所にいるのかも ?」
「…逃げろって言われた。でも何でかは分からない。」
「誰に言われたんだ ?」
「一緒にいたおじさん。もういないけど」
言語構造は保持されて、こちらの質問にも答えられる当たり、失語症に至るまでではない。つまり脳に致命的な機能障害が起きているわけでもない。一方で記憶喪失と断定するにも材料が不足している。少なくともこの場で推理できる要素も、何より余裕も無い。子供からの証言を聞いたムラタがお手上げといわんばかりに頭を掻き、バシリアを見る。
「どうしようか ? まさかガキだのニンゲンだのって呼び方するわけにも行かないだろ」
「とりあえず急いで帰宅。それから考えればいいでしょ。ちょうど彼らも来た」
バシリアが窓を見つめながら答える。彼女の言う通り、確かに別の機体が彼らのホバーウィングの真横に着陸をしてくる。だが一回り大きく、何より降りて来る人数も多い。人員輸送に用いられる代物だった。
「いや~、ようやく仕事が終わったと思ったら、いきなり本部から別の現場に向かえと命令されまして。何事かと思いましたが…まさか近くでオアシスの調査をしていたとは」
調査班特有の緑色の腕章を付けた班長らしき男が、ホバー・ウィングから出てきたムラタと握手をする。子供の世話はパンドラに押し付けて、バシリアも彼の背後に立っていた。
「簡易的な計測はしたが、あまり期待はしていない。何ならくれてやってもいいぐらいだ」
「いえいえ。手柄を横取りするわけにはいきませんよ。それより、近くに転がってる死体達ですが…殺したんですか ?」
「向こうは凶器を持っていたんだ。何の証明も出来んが、確かに正当防衛だよ。後、それについて追加の頼みがある。装備品も今から引き渡すが、この付近を調べて彼等の身元の確認をしてくれ。どういうわけか、彼らに追われていたらしい子供を保護してしまってな。これから”ネスト”に戻るつもりだ」
「子供ですか ? だとするなら…単純な労働力や、遊び道具目的による人身売買の可能性もありますね。分かりました、こちらで引き受けましょう。子供の護衛については任せてもよろしいでしょうか ?」
「ああ。感謝するよ。オアシス発見に関する報酬から、おたくらの班に何割か振り分けるよう支出命令を提出しておく」
「感謝します」
二人はまた握手を交わし、ムラタが軽く相手の肩を叩いている。口下手でこういった話し合いが苦手なバシリアにとって、彼はとても役に立つ相方であった。
「あーっ!!」
その時、近くにいた若い班員が叫んだ。バシリアを見て目を輝かせており、そのまま意気揚々と接近してくる。
「バシリア・ストライルですよね⁉噂すっごい聞いてます ! ”ヴァルキュリア”だったって本当ですか⁉」
だが、とある単語を聞いたバシリアが硬直し、彼女と班員の双方を見たムラタが気まずそうにする。班員の方は、この微妙な空気が生まれている原因がよく分かっていないのか、キョロキョロしつつも徐々に困惑が顔に滲み出る。
「…ええと、ごめん。ちょっと急用を思い出した。先戻ってるね、ムラタ」
バシリアがいそいそと背を向けて去ると、ムラタも一息漏らす。
「すまんな。ああ見えてデリケートなんだ。それじゃあまた」
気さくに、それでいてぎこちなく手を振って彼もその場から消える。残された班員は狼狽えたが、班長がゆっくりと近づき、軽く彼の頭を小突いた。
「いって ! 何するんですか~」
「お前、うちの”ネスト”に来て日が浅いんだっけか」
「え、ええ」
「一つ教えといてやる。あの人の過去については、あまり触れないでやってくれ。”ヴァルキュリア”の話は特にな」
作者のコメント:さーて、本職の繁忙期に向けて再び残業地獄です。忙しさに備えるために忙しくするというのもおかしな話ですがね。
※次回の更新は三月上旬頃までには頑張ります。




