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イノセント・レガシー  作者: シノヤン
チャプター1:アフター・フォール

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第2話 襲撃

 顔に当たる砂粒と、仄かに土臭い風を浴びながらバシリアはバイクを走らせていく。彼女の背後からは、下半身と腕部を変形させ、四足歩行型の哺乳類を模した姿へと変わっているパンドラが、一心不乱に自分を追跡してくれていた。可変式全天候型走行システムによって、こうしてどこにでも彼はついて来てくれている。お節介焼きな点がウザったい事を除けば、非常に頼りになる存在であった。


 五十分程度進んだ頃、目的地が見えてきた。日差しによって黒光りしているようにも見える水面。その周辺に生い茂っている申し訳程度の草木。オアシスである。慎重に近づいてから、バイクのエンジンを切ってバシリアは周辺を歩いた後、まだ手を付けられていない事が分かると、思わず胸を撫で下ろしたい気分に駆られる。取り掛かるなら今の内である。


「パンドラ、二本渡すから刺して来て」

「分かりました。正方形でよろしいですね ?」

「うん。私が刺す場所に合わせて」


 後から到着したパンドラに対し、バシリアは乗って来たバイクの積み荷から、二本の黒い金属製の杭を取り出す。スイッチを長押しすると、赤いランプが点灯し始め、やがて小型のバックパックから引っ張り出した、ひび割れている画面付きのタブレットと通信が接続される。二人がかりで、オアシスの四隅にその杭を打ち込み、やがて杭に備えられている別のスイッチをそれぞれ起動する。複数本のレーザーが放射状に照射され、付近の地形と池の水質を測定する。更に地中に埋もれた杭の先端部分とその側面から電磁波を放出し、オアシス一帯の土地の精密な3Dスキャンを行い、地質、残留物や鉱石の探知を完了した。


 探査の結果が立体的なグラフィックとしてタブレットに構築されていくが、バシリアはその様子を複雑な心境で見つめる。水脈を見つけたというだけでは対価の報酬もさほどではないが、事後処理自体は簡単に終えられるために気が楽なのだ。有用な資源を発見したとなれば、次に待ち受けるのは”雇い主”への早急な連絡と、専門のチーム派遣に伴うまどろっこしい事務手続きが待っている。譲れる手柄なら他人に譲る事もやぶさかではない。そう思う程度に今は困窮していない。


そしてその期待には、ある程度応えてくれる成果が表示された。水脈以外には何も存在を確認できず、強いて言うならば機械の残骸らしい廃棄物が付近に埋まっているぐらいである。それについても、経年劣化が著しい可能性があるという旨が詳細として告げらており、特段保護をする必要も無さそうであった。水質に影響を及ぼしていないかだけは気を付けるべきか。


「パンドラ、アンテナを出せる ? それと周波数をコックピットに合わせて」

「ただちに通信環境の設定を行います」


 パンドラに指示を出しながら、バシリアはバイクに戻ってシャベルを取り出す。可もなく不可も無い水脈を見つけたと報告し、併せて今後必要な手続きの準備を進めておくようにムラセへ頼むつもりであった。その間の暇な時間を、地中に埋まってるらしい廃棄物の掘り出しにでも使わせてもらう。幸い、廃棄物はそれほど深い所にあるわけでもなく、少し砂を掬えば簡単に見つけられる位置らしい。付近に異変も確認できていないので、集中力を余計な事に割く理由も無かった。それこそ、砂丘の上に人影があるぐらいである。


「………え ?」


 いざ作業に取り掛かろうとした所、無視しかけた異常にバシリアはすぐさま再注目した。気のせいでは無かった。人がいた。先程までは砂丘の上にあったその黒い点が、緩やかに斜面を下ってきている。体格はあまり大きくなく、その移動の速度はお世辞にも早いとは言えない。だがその歩幅や動き方には、小人症などに見られる違和感は無い。


「パンドラ、アンテナの設定をしながらスコープであれを覗ける ? 砂丘の斜面にいる人間」

「アイサイトでの観察を開始。ズームによる対象の解析を実行。完了。人間…子供ですね」

「子供 ? 何で…」


 バシリアはこちらへ向かって来るその影を、ボンヤリとした態度のままシャベルを杖代わりにして眺めていた。大人であれば警戒する所だが、幸いなことに動きからしてあまり強靭ではない。千鳥足的な動きをして接近するその顔は、日に焼けて赤くなっていた。これといって装備を持ち合わせている様子も無い。まさか歩きっぱなしか ? しかしどこから来た ? 敵意を持つ必要性も無さそうだが、かといってわざわざ歩み寄って手を差し伸べる義理も無い。完全に警戒を解いても良いという確信を得るまでは、相手の様子を見るつもりであった。そう考えている内に、子供が倒れた。


「パンドラ、保護をしてこっちまで連れて来て」

「かしこまりました」


 とりあえず攻撃をされる心配はなさそうである。そう考えたバシリアはパンドラを顎で使って送り込んでやる。あいつなら壊されたとしても、また修復できる。やがて子供を抱きかかえたパンドラが、木陰にそれを降ろしたのを確認し、持っていた水筒を投げ渡した。器用にパンドラはそれをキャッチし、子供の頭に水を少しだけ浴びせて体熱を冷ましつつ、ゆっくりと口に含ませる。更に持っていたタオルにも水を染み込ませ、首筋に当てて落ち着かせた。これで自分の水分補給は、オアシスから直飲みする以外に無くなってしまった。余計な手間をかけさせてくれる。


「バシリア様、ムラタ様から緊急での通信が入っております」

「私の無線に繋げて」

「かしこまりました」


 無線がパンドラの内部に備わっている中継機能によって、バシリアの端末へと送られる。少しの間だけ無言であったが、無線越しに聞こえる駆動音からして、自分達が乗っていた飛行艇と呼ばれる乗り物…その中でも小型に位置する民間用の旅客艇、通称”ホバー・ウィング”を動かしている様だった。


『バシリア ! 聞こえるか !』

「もうメンテナンスは終わったの ?」

『全部ではない。それよりマズいぞ。パンドラの座標位置から周辺を調べていたが、そっちに小型の飛行機体が向かっている。所属不明。少なくともうちの”ネスト”ではない。君達を拾えるようにすぐ向かう』

「分かった。どの道、私も色々話さないといけない事がある。気を付けて」


 通信を終えた直後、砂丘を越えてくるような形でそれは現れた。飛行艇…それも恐らく兵士の輸送用と思わしき機体が飛来をしてくる。速度は早くない。まさかとは思うが、何かを探しているのか ?


「パンドラ、その子を保護対象に設定して。手段は任せる」

「分かりました。光学迷彩を起動し、保護対象を囮にした待ち伏せを行います」

「……随分とアクティブな事で」


 パンドラは子供の頭を撫で、その上で立ち上がった後に光学迷彩によって姿をくらます。恐らく子供を休ませている木の周りに生い茂っている、草藪の中に身体を置くつもりだろう。それならば影が気付かれにくい。見送ったバシリアは、すぐさま移動して、木やオアシスを自分の背後に置いた。


 飛行艇が可動式のスラスター噴射によって滞空し、側面のハッチからロープが垂らされる。やがて降下によって、五人ほど姿を見せてきた。体格はそれなり…自分よりデカいのは二人。後は同じ。軍用のマチェットがちらりと見える他、一人は拳銃を装備しているらしいホルスターがある。比較的豊かだ。機体の大きさからして、ばかすかと兵士が現れる可能性は低い。この五人が限度だろう。


「どうも」


 彼らへバシリアは手を振り、シャベルを引き摺って相手の方へと数歩前に出る。だが、兵士達は快く挨拶を返してくれるわけもなく、マチェットを抜いた。


「子供を見たか ?」


 五人の内、拳銃を携えているリーダー格らしい男が尋ねてきた。愛想笑いも無ければ与太話も無い。恐らく質問への回答以外には、人間とのコミュニケーションに何の価値も見出してくれない。中途半端に階級の高い軍人が一般人に対してにしがちな態度であった。不躾である。この時点で、わざわざ生かしてやる価値がほとんど無くなった。


「さあ ? 私も今来たばっかりだし。これから探索予定。手伝ってやってもいいけど、子供を見つけたら何してくれる ? というか、なんで子供探しなんか ?」

「悪いが回答は差し控える。せいぜいそこで突っ立っていればいい。全員、散開しろ」

「やめときなよ。先走る不幸なんて事になったら、親御さん悲しむんじゃないかな ?」

「……何が言いたい ?」


 少し眉をひそめたリーダー格の男に睨まれながらも、バシリアはシャベルを肩に担いで不遜な態度を貫く。


「言い方少し変えようか。頭かち割られたくないんなら今すぐ消えろ」


 やがてシャベルを両手持ちに変えた彼女だったが、リーダー格の男は鼻で笑う。


「二手に別れろ。捜索と女の見張りだ。用が済んだら殺せ」


 自分は一切動く事なくそう命じると、兵士達は頷いてから二手に分かれる。二名がマチェットを手に近づき、一人は前に、もう一人背後に立つ。そして前にいる兵士は得物の切っ先を首に向けてきた。成程、普通なら掻っ捌かれて終わるのだろう。普通なら。へらへらとしている背後の兵士と一緒に、せめて二人で行えばいいものを。


 一方で捜索に赴いた二名の兵士は、誰しもがおおよそ考えるであろう場所…木の裏側へと向かう。付近にある足跡の内、小さな物は砂丘の斜面で途絶えており、その代わりに、一際大柄な足跡がこの付近へと続いているのだ。疑うのが筋だろう。そして、その推測は容易く的中した。だいぶ意識を取り戻したらしい子供が木の陰で休んでおり、くたびれた様子で自分達を見つめて来る。抵抗する気も無いらしい。小さな手には水筒を握り締めているが、おおよそこの小僧の持ち物ではない。やはりあの女は匿おうとしたのか。であれば、恐ろしく安直且つ直線的な思考回路をしている。あんな威嚇で追い払えるつもりだったか。退却の礼代わりに股でも開いてくれる方がまだ可能性があったというのに。


「見つけました。こいつで間違いあ―――」


 だが、勝ち誇ったかのような威勢のいい大声を以て、発見を報せようとしたその時だった。報告をしようとした兵士の耳に、茂みから太鼓 ? ゾウの足音 ? そんな鈍重な振動と音が入った直後、彼は吹き飛んだ。首が、くの字にへし折れている。


「へ―――」


 呆気にとられたもう一人もまた、顔面に走る衝撃と共に吹き飛ばされる。顎から下がやけに軽い。おまけに熱く、痛い。視界は真っ赤に染まっている。それが彼の最期であった。その木陰で僅かに見えた異変に動じない者はおらず、一斉に意識が茂みに潜んでいるのであろう未知の危機へと向けられる。自分達の眼前に何がいるかも知らないで。


 目を離した事を察知したバシリアが動いた。素早く半歩だけ体を退き、向けられていたマチェットから距離を取る。そこから間髪入れずに低い姿勢を取り、シャベルを相手の胴体へと叩きつけた。


「ぐぇっ」


 一瞬だった。自分に刃を向けていた兵士が軽く後退して転がり、のたうち回る。背後にいた兵士が襲い掛かろうとしたが、直後に首を向けてきたバシリアの睨みに怖気づく。速い。そしてその目は、こちらを狩りの対象として見据えている。そんな気迫があった。その証拠に、シャベルには血が付いている。恐らく、鋭利な側面部分をぶつけたのだ。やられた兵士は辛うじて立ち上がってはいたが、必死に脇腹を抑えている。戦力にはならないだろう。生きて返さないつもりだ。自分達を。


 怯えている兵士に向かって、バシリアが一切の迷いを見せずに歩いてきた。たまらずマチェットを振るうが、シャベルで軽々と弾いてあしらわれる。更に柄の部分で喉を付かれ、えづく羽目になった。その怯んだ隙にシャベルの先端を太ももに刺され、悲鳴を上げる彼だったが、思わず跪いてしまった彼に待っていたのは、側頭部分へのシャベルによるフルスイングである。一切の体幹のブレもない、速く力強く、そしてキレのあるトドメの一撃。頭は確かにかち割れ、艶めかしい薄ピンクの脳髄と赤黒い血で砂を汚す。女性か男性かという問題をすっ飛ばしている。人間の出せる身体能力ではない。


 直後、バシリアの背後から銃声が鳴り響いた。外しこそしたが、リーダー格の男がとうとうホルスターから引き抜いたのだ。しかし、さほど扱いなれているわけでは無いらしく、二発目がなかなか来ない。バシリアが落ち着いた態度で振り向いてみると、リーダー格の男は震える手でこちらに硝煙付きの銃口を向けていた。


「当ててみなよ」


 距離にして七メートルの中で、バシリアは挑発的に言い放ち、暫しの間その場に佇んでいた。が、二発目の銃声が響くのとほぼ同時とも言えるタイミングで動いた。というよりは、跳んだ。横へ跳ぶようにして体を動かし、弾丸を躱す。瞬間移動…とまではいかないが、照準を合わせろと言われても難しい不規則且つ素早い移動。続けざまに弾丸が放たれるものの、それらを躱しながら彼女はその距離を詰めていく。絶命までのタイムリミットが迫っていた。


 やがて弾倉に残っていた最後の銃弾が放たれ、それさえも交わされた直後に慌ててリロードを行おうとするが、残り三メートルという距離ではもう間に合わない。バシリアはリーダー格の男に向かって、助走を付ける事もなく驚異的なまでに高く跳躍し、その脳天へ目がけて固いブーツの底を叩きつけてやった。先程よりも豪快にオツムの中身が拡散し、ちょっとしたロールシャッハ的な模様を砂上に作り出す。


 最初にバシリアからシャベルで殴られた兵士は、辛うじて立ち上がってはいたが、目の前にいるヒトの皮を被った化け物に恐れをなして気が動転し、明後日の方向へと逃げ出し始める。血を垂らしている脇腹を抑え、苦しそうに喘ぐその後ろ姿をバシリアは見ていたが、別段可哀そうと思う理由もなかった。そのため、シャベルを片手で持った上で、それを槍の如く彼に目がけて投擲までしてみせる。哀れな事に命中した。背中から胸まで貫通したそのシャベルを見降ろし、兵士は何が起きたのか分からないまま、呆然とした様子で跪き、死亡する。バシリアといえば無言で彼に近づいたかと思えば、乱暴にそれを引き抜いて空を仰ぐ。


 その様子を、子供は木の陰から窺っていた。不思議な気分だった。人を殺す瞬間に立ち会っているというのに、彼女の表情からは一切の心情が読み取れない。禁忌に対する恐怖心も、或いは禁忌を侵す事への期待と高揚も無い。こんな物だと分かり切っている様な、くたびれた態度。闘争という、ありとあらゆる身体的リソースと執念を滾らせなければならない行為に身を置いていながら、その心はとっく燃え尽きたまま動いているようにも見える。兵士としても、堅気としてもあまりにも中途半端。それがどうしてか、子供心に切なさを抱かせた。

作者のコメント:遅れてしまってすいませんでした…

※次回の更新は一月下旬頃までには頑張ります。

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