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イノセント・レガシー  作者: シノヤン
チャプター1:アフター・フォール

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第1話 いつもの悪夢

 碌な思い出の無い生涯になるという自負はあったが、これはその中でも群を抜いてクソッタレである。朧げな視界ではあるが、ここがどこで何が起きているのかは十分によく覚えている。そして自分の体に何が起きているのかも。


 視界の先に広がっているのは、たった今作り上げられたばかりの廃墟。かつては栄華を誇っていたのであろう近代建築達が崩壊し、見るも無残な姿へと変わり果て、そんな彼らに彩を加えるかの如く、夥しい血濡れの軍服姿の死体が散らばっていた。悉くがアジア人…恐らく日本人だろう。遥か先にはねじ曲がり落ちた鉄塔が虚しくそびえており、その有様の最中でも悲鳴と砲撃音、そして金属同士が擦れあう事で発生する気持ちの悪い怪音が轟いてくる。ここがトウキョウである事を物語っていた。


 死体と瓦礫の隙間には時折、得体の知れない金属製の亡骸が火花を散らして悲しげに横たわっている。中には私が破壊した個体もいるだろう。そうだ。この鉄の化け物を殺すために、私はこの地獄に送り込まれたのだった。ショーウィンドウの残骸の、一部残った窓が鏡代わりになってくれたことで、自分の姿を見ながら目的を思い出す。


 窓に映ったその姿は、さながら二足歩行が可能になった昆虫といった所である。人間の姿に進化した恐竜、通称ディノサウロイドなどという珍説が大昔にはあったそうだが、昆虫が人型に進化をすればこうなってしまうのだろう。光沢のある黒い殻に覆われ、腕や脚は以上に長く発達し、夥しい棘や刃を備えている。その顔ときたら、強固な顎と巨大な目を持ち、目を背けたくなる容姿であった。


「……リア ! …えるか ! …応答を… ! …退避…!!」


 無線だろうか。ナノマシンによるネットサービスの普及によって、軍組織においてもデバイスフリー通信の導入が基本となった今では、こちらから余計な事をしなくとも生体組織に基づく個人情報の特定を行い、直接脳髄へ記憶として送り込む事が可能になっていた。雑音のせいでよく聞こえないが、どうも切羽詰まっている。この状況には慣れていた。そして、この後に何が起こるかも分かっている。


「逃げ…す…そこから……リカが…アメリカのバカがやりやがった!!」


 途切れ途切れに聞こえる切迫した怒声の直後、遠方に光が見えた。それは急速に拡大し、やがて砂と、灼熱と、瓦礫の入り混じった暴風をけしかけて来る事になるのだ。逃げなければ。だがどこに ? 地下… ? マンホールがそこに………



 ――――この悪夢はもはや目覚めに必要な儀式であり、日課であった。褐色の女が、息を吹き返したかのようにベッドから飛び起き、膝をついて辺りに殺気と警戒心に満ちた睨みを放つ。タンクトップから透けて見える程に、肉体は汗にまみれており、粗末な質感のベッドとシーツも汗の餌食となっている。目を閉じ、呼吸を整え、あれは過ぎ去りし遠い記憶だと自らに言い聞かせると、幾らか心理状態が和らいだ。


 ベッドを軋ませて腰を下ろし、タンクトップを脱いで床に放る。そして自分の体に残る火傷の跡と、体の各位に故意に付けられている規則性のある傷を撫でた。腹部へ縦一筋に入っている切開跡を見る度、悪夢は過ぎ去りこそしたが現実だったのだという事を思い出させてくる。背中にも首から腰に掛けて十字架の様な巨大な傷があるが、流石にそこまで手を伸ばすほどのやる気はない。


 目の前の扉が開き、随分と大柄な人型の影が入り口をくぐる様にして入って来る。そうだった。ここは寝室だった。


「おはようございます。バシリア・ストライル様」


 床が抜けるのではないかというほどに重厚な足音を立てつつ、影が丸い目を光らせて話しかけて来る。辺りを見回し、床に落ちているタンクトップを何の躊躇いなく拾うと、それをゆっくりと観察する。


「強烈な発汗を確認。また、心拍数と脈拍に平常時とは大幅に異なる乱れを検知。空調による室内温度調整に異常はない事から、ストレスによるアセチルコリンの分泌による物と推測。具合はいかがですか ?」

「…別に」

「問題無しという回答に類似するものとして受け入れます。それではスケジュールソフトに設定をされたプログラム起動。これより、ラジオ体操を―――」

「それスキップで。ムラタの奴、これやめさせろって言ってんのに…」

「分かりました。本日のラジオ体操、キャンセル」


 バシリアという名の女性が若干呆れがちに命令を下すと、その人影は意気揚々とと実行しかけていた行動を中断し、背を向けて部屋を出て行く。外の灯りに照らされたその姿は、機械仕掛けの巨人であった。業務用アンドロイド。旧世界の産物であり、運よく手に出来た劣化の少ない機体を、こうして世話役として利用させてもらっている。


 アンドロイドの後に続いて歩き始めた途中、バシリアは皮膚の汗を少し触ってから、その手をズボンで拭く。寝室を出てから通路を進み、やがて入り込んだのは食堂であった。といっても質素なものであり、三人か四人がけのテーブルが備えられ、その奥の流し台で一人の男が作業をしている。後頭部で髪を縛っているその男の周りからは、何やら香ばしい匂いが少しした。


「おはようバシリア…うわっ、また裸だよ」


 古ぼけた眼鏡を付けている男が振り向きながら言うと、すぐに顔を床に向けた。片手にはフライパンで焼き目を付けたのであろうトースト二枚が乗った皿、もう片手には自分が飲むつもりらしいマグカップ入りのコーヒー。


「お、豆挽いた ?」

「インスタントだよ。こないだ襲ってきたチンピラ達を返り討ちにしてぶっ殺したろ ? あいつらの持ち物漁ってたら見つけたんだ。消費期限はとっくに切れて、だいぶ埃っぽいけど…まあ、カフェインは摂れる筈。飲むか ?」

「いらない。豆の方が欲しい…それと前から思ってたんだけど、”パンドラ”のラジオ体操…だっけ ? あの機能いる ?」


 バシリアは椅子に腰を掛けていたが、ムラタはあまり目を合わせようとしない。パンドラのラジオ体操よりも目の前にいる仕事仲間のデリカシーの無さの方が、彼にとっては致命的である。


「ラジオ体操の何が嫌いなんだ。健康にいいんだぞ。僕はさっきやった。それとコーヒー豆は少し控えよう。残りが少ないし、本部からの連絡で備蓄が不足してるらしい。だから荷物で持っている人間にちょっとばかり寄付して欲しいんだと」

「贅沢品が不足してるぐらいで、いちいちこっちに助け求めてくるのやめて欲しいわね、ホント…」

「そう言うなよ。こういうささやかな贅沢ぐらいしか楽しみがない御時世なんだ。困った時は助け合いだろ ?」

「そうやって裏切られた。ず~っと」


 コーヒーの準備をしながらムラタは彼女と駄弁りつつ、どこか薄暗い雰囲気を放つ彼女に対してやれやれと首を横に振ってから淹れ終わったコーヒーを差し出す。節約のためか少々薄味な上に酸味が強くなってきている。だが、それで良い。香料によるわざとらしさとは無縁な、飾り気のない味。それが彼女を落ち着かせてくれた。


「てか、いい加減女の裸見たぐらいであんな狼狽えるのやめなよ。童貞臭さ全開。もうとっくに捨てたでしょ」


 少し平静さを取り戻したのか、彼女は椅子に座らず飲み物を嗜んでいるムラタを揶揄い始めた。


「その節は世話になったけど、これは僕自身のポリシーだ。無闇にその…見せびらかすもんじゃないと思ってる」

「へっ、良い子ちゃんぶっちゃって」


 ムラタも負けじと言い返し、床に落ちていた比較的臭いと汚れが酷くないシャツを彼女へ投げつける。それを躊躇いなくバシリアは身に着けた。洗濯にも多大なコストがかかる状況なのだ。ウダウダと贅沢を言っている暇はない。


「パンはいらない。すぐに出発する」


 そう言ってからバシリアは意を決して立ち上がり、カップの底に残っているコーヒーを一気に喉へ流し込んだ。火傷が怖くないのだろうか…彼女の事をそれなりに見てきたムラタにとっては、とっくに解決済みの懐かしい疑問であった。


「せっかく奮発して焼いたのに…まあいっか。水を入れた水筒はそこに置いてるのと…昨日言ったようにこの機体全体の点検を一通りしておきたいから、目標地点に行くのは一人で頼む。パンドラも一応護衛として付けるが、君にとってはいてもいなくても変わらないかもな…車はどうする ? それともバイク ?」

「まずは下見からするし、バイクでいい。私が座標に行くまでにランクルの整備は終わる ? 念のために車載量の大きいものが使えるようになってた方が良いし」

「とっくに昨日終わってるよ。必要なら通信機で連絡してくれ。そっちに向かい次第すぐに動かせる様に整えとく」

「やっぱりアンタって最高」

「知ってる」


 褒め言葉と共にバシリアに肩を叩かれ、ムラタも僅かに顔をほころばせる。軽口と共に仕事に取り掛かる。これが二人の日課とも言えた。バシリアは水筒を携え、食堂を出た後に下の階へと階段を使って降りる。車庫になっているその空間では、金属製の床に響く自分の足音以外は何も聞こえない。ただ素っ気なく出迎えてくれる愛車達の姿だけがあった。数台のクロスカントリー車を通り過ぎ、奥に鎮座しているオフロード用のバイクへとバシリアは近づく。スキッドに固定されているバイクからベルトを外し、少し動かしてから背後に備えられているハッチの方へと車体の前方を向けさせ、ようやくそこで初めて跨った。


『気を付けて行けよ』


 スピーカーからノイズ交じりでムラタの声が響いた直後、ハッチが音を立てて開き始める。外から熱気と、きめ細かい砂の混じった風が入り込む。バシリアはゆっくりとバイクを発車させ、ゴーグルを事前に身に着けておいて正解だったと、顔に当たる砂の感触から確信した。


 雲一つ無かった。日差し辺りを白く照らし、かつての文明の残骸たちと灰みのかかったベージュ色の砂が、見渡す限りの大地を支配している。幾度となく見てきたこの景色は、その度に彼女へ重い感情を叩きこんで来る。敗北と罪にまみれ、その事実から目を背けた人間達は、自らが作り上げた支配の時代を終わらせた。これこそが、我々が行き着いた世界の末路である。

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