あなたの事、嫌いです。
嫌い。
あなたさえいなければ、私は幼馴染の婚約者と結婚して幸せになれたのに。
この国も嫌い。
私は十分、領地を婚約者と共についでこの国を豊かにする算段をつけていたのに、身分の高い貴族令嬢に生まれついたからと、こんな不誠実な王子と婚約しなければならない状態に追いやって嫌い。
私の元の婚約者を戦闘能力が高いからと国境の最前線の戦争に追いやって、自分たちはのうのうと王宮で暮らしている。
彼は今どうしているのかしら。
便りを送っているのに、生きているのか死んでいるのかもわからない。
でも、私も自分のことが嫌い。
短剣ぐらいしか握れない貴族令嬢で、安全な王宮で生活しているのは私も同じ。
皆、嫌いだけれど、今世、令嬢に生まれついたのが悪かったと納得しかけていたのに、あなたは貴族学校で男爵令嬢を相手に自由な恋愛をしていて嫌い。
それなのに嫉妬して、そこの男爵令嬢を虐めたですって?
侮辱だわ。
この嫌いな人を奪ってくれるなら嬉しいです。
一生嫌いです。
ずっと嫌いです。
ずっとずっと嫌いです。
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この国イグニス王国の王太子に婚約破棄されたエレオノーラは、その光の妖精のようとうたわれる美貌をくしゃくしゃに歪めていた。
エレオノーラは、ひとしきり王太子への怨嗟をぶちまけた後、壊れた人形のように、
「嫌い嫌い嫌い…………………」
と呟き続けている。
王太子は頭の中身が著しく足りない状態でも、さすがにエレオノーラの異様な雰囲気は感じ取ったのか、男爵令嬢を腕にぶらさげたまま呆然としている。
王太子は、エレオノーラをいったん婚約破棄した後に「捨てないで」と泣きついてきた所を公務をやらせる側妃にしようと思っていた。
渋る両親や宰相にもそのように話を通していた。
エレオノーラは俺の事を好きだからうまくいく、と。
しかし、実際は王太子を恨んでいた。
夜会会場は、夜の湖面のようにシンと静まり返っていた。
そこに「嫌い、ずっと嫌い、一生嫌い」と鬼のような顔で、繰り返すエレオノーラが居る。
その声は夜会会場に静かに響いていた。
「嫌い、ずっと嫌い、一生嫌い……!」
その声はしだいに震えを帯びながらも、確かな意志を持って響いた。
夜会会場の誰もが息をのむ。口を挟める者などいない。
美しかったはずの令嬢は、感情の奔流の中にあって、それでもなお誰よりも強く美しかった。
──その時だった。
会場の大扉が、バン、と景気よく開かれた。
風が吹き込む。天馬のひづめの音が続き、煌びやかな場に、場違いなほど凛々しい影が現れる。
「迎えに来た! エレオノーラ!」
その声は、深く、まっすぐで、そして誰よりも彼女を知っている人の声だった。
場の空気が一変する。
呆然とする王太子。顔を青ざめさせる男爵令嬢。
誰もが目を奪われたその人物──かつてエレオノーラが婚約していた、彼女がすべてを託すはずだった相手だ。
「……え?」
最初、エレオノーラは信じられないというように目を見開いた。
けれど、その視線が確かに愛しい人の姿をとらえると、ぽたりと、涙がこぼれた。
「夢じゃ……ないのね……?」
彼女の瞳には、今や怒りも嫉妬もなかった。あるのはただ、愛しさだけだった。
「戦争は終わった。それを一番に伝えたくてあなたの元に空を駆けてきた。おいで!」
エレオノーラの愛しい騎士が腕を広げる。
一目散にエレオノーラは駆けていく。
彼の腕に抱きとめられ、光の中で再び息を吹き返した彼女は、まるで妖精のように輝きを取り戻した――。
愛しい婚約者の腕に抱かれて、エレオノーラの美貌はまた光の妖精のように光り輝いていた。
「今度こそ、この人と幸せに暮らします! 皆さまごきげんよう。先ほどは皆さまを嫌いなどと言って失礼いたしました。いまのこの幸せの中、もうなんとも思っておりません。お幸せに!」
そう言って、天馬に跨る婚約者の腕にしっかりと抱かれ、天馬に座らせられたエレオノーラは弾ける笑顔を見せた。
皆に語り掛けるような事を言いながら、その視線はとろけるようにただ一人、自分の愛しい人を見ている。
「敵の大将を落とした褒章に俺の婚約者を返してもらいます!」
「あら、あなた。私、ふふっ、おかしいのよ。たった今、皆の前で婚約破棄されたから私、自由の身なの」
「話が早いな。でも、俺の望みはあなたしかない」
「私の望みもあなただけよ」
二人は愛を語らいながら去っていった。
その後、領地を継いで女侯爵となったエレオノーラは幸せいっぱいであるため、特に王家に復讐などはしなかった。
……………………表立ってはしなかったが、事の一部始終を見ていた国中の貴族たちが、敵対していた貴族たちも一致団結して貴族たちの繋がりを強めて、王家を傀儡の政権とした。
貴族の当主となる令嬢を無理やり横入りして取り上げた挙句、その婚約者を戦争に飛ばし、別の女がよくなったと婚約破棄! は、さすがに貴族たちも見過ごすことはできなかった。
その後、その王家の無能な記憶を受け継いだイグニス王国は、王家の魔力の高さや身体能力の高さ、見目の良さだけを貴族たちに飼い殺される王家を戴く国となる。
王家に嫁ぐ者は貴族の間から、生活が保障されるのと引き換えに嫁いでもいいという子息や令嬢から、話し合いで選ばれ、王家に選択する余地は与えられなかった。
今回の事件の記憶が受け継がれている間は、貴族たちは王家を敵として団結していた。イグニス王国は有能な貴族に支配された平和な国であった。
しかし、年月が経つうちに事件の記憶も薄れ、作り上げた体制だけが残り、イグニス王国は自分で考える能力のない無能な王家と、王家よりも強い強大な権力を振りかざす横暴な大貴族たちの国になっていく。
そして、王家を上回るためにむやみに貴族を増やしたため、やがては下級貴族から反乱がおき、イグニス王国は崩壊へと向かっていく事となったのだった。
読んで下さって、本当にありがとうございました。感謝です。
形骸化したものの最初ってどういう事があったりして、そうなったんだろうな、とか考えるのが好きです。
一見、なんでこんな酷いことになっているんだろう? 的な事も最初は意味とか利点とかあったんだろうなとか考えたりするの好きです。
もし良かったら評価やいいねやブクマをよろしくお願いします。
また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。