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第13話 封印の地下、喰らわれた記憶

 風桜の根元にある隠された階段。

 悟とアカネは、女騎士ルティナの案内でその地下へと降りていった。


 空気は冷え、地面に漂う瘴気が足元から靄のように絡みついてくる。

 壁には風を象った紋章と、鳥の群れが描かれた古い壁画。

 そこはまさに、かつて“空守り”と呼ばれた者たちの神域だった。


「この奥にあるのが、かつて瘴気の根を封じた《空の記憶核》。

 だが今は、瘴気によって反転し、触れた者の記憶を喰らう」


 ルティナの説明と共に、半壊した大理石の祭壇が見えてくる。

 中央には、ひび割れた黒い球体、瘴気の核が静かに浮いていた。


 悟が無言で一歩、近づいたその瞬間。


 弾けるような音と共に、世界が反転した。


《幻想空間》


 彼の視界は、春の霞ヶ浦に染まった。


 風にそよぐ桜。整列する若き少年たち。

 訓練機を磨く手。同期の笑い声。

 そしてそこにいる……十四歳の、神崎悟。


「右斜め後方、敵機の影……見落とすなッ!」


 教官の声。汗と油の匂い。

 悟は操縦桿の模型を握り、必死に空戦訓練をこなしていた。

 その瞳には、ただ「敵を倒す」という一念しかない。


(俺は……あの頃、死ぬために“鍛えられていた”んじゃなかった……)


 場面が変わる。


 出撃前夜。軍指定の便箋に震える筆で綴った文字。


「本日、私は憎っくき米艦に特攻します。

 その際はどうか、良くやったと私を褒めてやってください。

 日本のため、天皇陛下のため……そして、お母さんのために……」


 手紙の文字がにじみ、黒く焦げる。


(やめろ……やめてくれ!)


 瘴気が、記憶を侵し始める。


 そして目の前に現れる“黒い自分”。

 虚ろな目をした、出撃直前の悟が、風鋼剣を手に近づいてくる。


「お前は……もう死んだんだよ。生き延びる意味なんかない」


 悟は後ずさる。

 脳裏に、特攻の瞬間の爆炎が焼き付く……


(……サトル!)


 アカネの声が届いた。


 そして……


 アカネの視界に、巨竜が現れる。

 その姿は、かつて己を託し、命の代償として悟を選んだ老竜の姿。


 燃えるような瞳と、空の色を宿した鱗。

 その記憶の波が、アカネの中に流れ込んでくる。


(……この竜……ぼくの“前の姿”……?)


 脈打つ記憶。空の痛み。人々の願い。

 老竜の想いが、アカネの小さな心に火を灯した。


(ぼくはもう“ただの竜”じゃない。……サトルを、生かすためにここにいる!)


 小さな竜の身体が、一瞬光を放ち、鱗がうっすらと変化を見せた。


 その光が悟の幻影空間を切り裂く。


「アカネ……!」


 アカネが叫ぶように鳴く。


(生きて、空を守ってよ!)


 悟は剣を握り直した。


「俺は……もう、あの特攻で死んだんじゃない。

あれは、始まりだったんだ。今度は、生きて戦う!」


 黒い幻影の自分が再び剣を構える。


 悟は真正面から、それを一刀で切り裂いた。


《現実空間・砦の地下》


 地鳴りと共に、瘴気の核が崩壊していた。

 ひび割れた球体は音もなく崩れ去り、静寂が砦を包む。


 悟は地面に倒れ込んでいたが、すぐに身を起こす。


「アカネ……ありがとう。お前がいなきゃ、俺はまた死んでた」


 アカネは小さく、頷くように鳴いた。

 瞳の奥に、かすかに“老竜”の面影が宿っていた。


「……記憶に触れたのか?」


(……ちょっとだけ、思い出した)


 ルティナが歩み寄り、剣を地に突き立てて深く頭を下げた。


「あなたが“過去”と向き合ってくれたことに、感謝します。

これで、この砦の空は……もうしばらく生き延びられる」


 悟は静かに頷き、再び風桜を見上げた。


「お前も、空を護ろうとしてたんだな。だったら……今度は俺の番だ」

 

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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