遅れてきた卒業式
桜の花をあんなにも無感情で見たことは、これまでの人生で一度もなかった。
受験した大学にすべて落ちた俺は、ベッドの上で木偶の坊になっていた。
周りの仲間は第一志望や滑り止めに受かり、気付けば皆、おさまるところへおさまっていた。
一浪が確定して思ったことは、世間から孤立したような錯覚と不安と恐ろしいまでの孤独。そして、どこかふわふわと、自分が学生でも社会人でもない、何者にもなりきれていない心許なさだった。それはまるで、空を不安げに彷徨っている、糸の切れた凧だった。
思えば、達成感を味わったことのない人生だった。
理由としては、熱くなれない自分の性格。
「お前って冷めてるよな」
と、よく言われた。
モチベーションは生きていくために必要不可欠な感情だ。
それが俺にはないーー
喉が渇いたので、力なく階段を下りる。
すると、リビングから両親の声が聞こえてきた。
「裕幸の様子はどうだ?」
「心配だけど……もう五月になるんだし、そろそろ気持ちも切り替えてるんじゃないかしら」
「そうか」
その後、二人は塾代の捻出について話していた。
そして、
「明日、回転寿司でも行くか。裕幸、お寿司が好きだしな」
「ダメよ。節約したいのに」
「たまにはいいじゃないか」
「そうねぇ。裕幸の気分転換にいいかもね」
二人の声を背に、俺は二階へ戻っていた。
呆然とした。
いっそのこと、一校も受からなかった俺のことを嘆いてほしかった。怒鳴ってほしかった。
その方がーーよっぽど気が楽だった。
気付いたら、俺はベッドで声を殺して泣いていた。浪人が決まってから初めて泣いた。
浪人が悲しいからじゃない。親に対する申し訳なさでもない。
なぜ、彼らはこんな俺に、こんなにも尽くしてくれるのか。
だが、分かる。聞かなくても分かる。二人は当たり前のように言うだろう。
だって、家族なんだから、と。
俺はやらなければならない。
熱くなれないなんて言い訳だった。
適当に生きてきた。
諦めてばかりだった。
二人はこんなにも俺のことを支えてくれていたのに。
俺はそれに応える義務がある。
大学受験は俺だけのものではなかった。
分かっていなかった。
こんなにも家族で闘っていたなんて。
やってやる。
勝ってやる。
全ての力を出し尽くせ。
俺が俺を信じなくて、誰が俺を信じられるというのか。
一頻り泣いた後、俺は勉強机に向かった。
自分の人生なのに、熱くならないなんて、おかしいだろ。
すべてを諦めていた自分から、俺は今日、卒業する。
読んでくださって、ありがとうございました。
「小説家になろうラジオ大賞」の応募作品です。
皆がどこかに受かっていく中、どこにも受かっていない恐怖は計り知れないものがあります。そこで、一人くらい、滑り止めにも受からなかった浪人生の卒業式を書く人がいても良いのではないかと思い、ちょっとでも救いたくて書いてみました。