まるで金平糖みたいな…
あの人の描く絵が好きだった。キャンバスに向かって絵筆を走らせる時の横顔が好きだった。絵筆を持つ、大きな手も好きだった。他の先輩と雑談している時の屈託の無い笑顔が好きだった。少し低いけど優しい声、少し癖のある黒髪、広い背中も好きだった。
大和先輩…。
今日は先輩の卒業式。
目の高さにある先輩の胸に桜の花のコサージュを付ける時、ほんの少し勇気を出した。
「先輩、ご卒業おめでとうございます。」
「凛、ありがと。」
震える指で安全ピンを真横に真っ直ぐ刺し止めた。無事に仕事を終え小さく息を吐くと、先輩の胸元を見つめたまま呟く。
「先輩、式が終わったら、美術室に来てくれませんか?」
「ん?うん、良いよ。ちょっと遅くなっても平気?」
「はい、大丈夫です。待ってます。」
「わかった。じゃあ、凛、また後でね。」
その言葉にホッとしてチラッと先輩の顔を見上げると、大和先輩はくしゃくしゃと前髪を撫でてから友達の方へ歩いて行ってしまった。
乱れた前髪を直しながら、約束してもらえた事が嬉しくて背中がふるりと震えた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
卒業式が終わって、良く晴れた校庭では別れを惜しむ生徒達の賑やかな声が続いている。
(先輩もあの中に居るのかな…?)
3階の美術室の窓際でそんな風に思いながら、その様子をほんやりと眺めていたら、ガラリと音を立て美術室の引き戸が開いた。
「凛、お待たせ。遅くなってごめんね?」
そう言いながら大和先輩が入ってきた。
呼び出したのは自分だが、こんなに早く来てくれると思わず、ドキンと心臓が跳ねた。
「や、大和先輩。お呼び出ししてすみません。来て下さってありがとうございます。」
思わず畏まった言い方になる。
先輩はクスクス笑いながら、近づいてきた。
「全然へいき。凛の用事の方が気になっちゃって、抜けてきた。」
春の柔らかな陽射しが差し込み、ポカポカと暖かな美術室にあって、先輩の存在は春そのものの様に穏やかで温かかった。
先輩は凛の目の前まで来ると机に腰掛け、凛の顔を覗き込み、おどけた様に言った。
「それで、凛ちゃん、何の用事だったかな?」
今日で最後。
だからこそ、伝えたいと思った。
「あの、大和先輩。えっと、大和先輩の描く絵が大好きでした。大和先輩は一番尊敬出来る憧れの先輩です。今まで色々ありがとうございました。大和先輩、……大好きです。」
先輩の目を真っ直ぐに見つめてそう言うと、先輩は目をパチパチさせて驚いた顔をした後に、優しく笑った。
「凛、ありがとう。凄く嬉しいよ。でもそれって、憧れの好きって事?それとも恋愛の好きって事?」
「……」
先輩の眼差しが、優しくこちらに向けられて、返答を待っている。
憧れの好きですって言えたらどんなに楽だろう。そしたらこれからも先輩後輩として繋がっていけるんだろうか。
「恋愛の…好き…です。ごめんなさい。」
「どうして謝るの?」
「だって、恋愛の好きだなんて、気持ち悪い…ですよね。だから、ごめんなさい。」
先輩はハーッと大きなため息をついた。
やっぱり気持ち悪かったんだ。同性からこんな気持ちを打ち明けられても、困惑しかないだろう。
じんわりと視界が滲む。今日が最後だったから。もう先輩に会えないから、自分の気持ちをスッキリさせたかっただけだ。何て独りよがりで自分勝手な行為だろう。
申し訳なさから俯くと、先輩の手がそっと僕の手を取った。
「何で、今言うのかなぁ…。」
「……」
その通りだ。言わなければ良かった。言わなければ、先輩に嫌な思いをさせずに済んだのに。
申し訳なさすぎて顔が上げられない。床にポタリと涙が落ちた。
次の瞬間、先輩にグイッと繋がれた手を引かれた。何の構えもしてなかった僕は、そのままポスッと先輩の胸に引き寄せられた。
「凛、もっと早く言ってよ。これじゃあ、直ぐに遠距離恋愛じゃん。」
先輩の大きな手が抱きしめる様に包み込み、僕の後頭部を撫でる。
「ううん、ごめん。違う。凛は悪く無い。情けないのは俺の方だった。ごめんな。」
「ち、違う、先輩は、悪くない、です。」
僕は抱きしめられてる理由もわからず、パニックになりかけた頭で否定した。
先輩は悪く無い。悪いのは先輩を困らせてる僕なんだ。
「凛、…好きだ。」
不思議な言葉が聞こえた気がした。
金平糖みたいにキラキラしていて、頭が痺れるみたいに甘い甘い言葉。
(好き…って何だろう?)
「ずっと前から、気になってた。凛の描く優しい色合いの絵も好きだし、真剣な表情も気を抜いてる顔も静かな笑顔も大好きだ。こんなこと言ったら困らせると思って、言えなかった。凛が勇気を出してくれなかったら、気持ちを伝えられずに終わってた。だから、凛、ありがとう。今日から俺の恋人になってくれるって事で良いんだよね?」
衝撃すぎる言葉に僕の涙は引っ込んでいた。
「……え?僕、男ですよ。」
「ん?知ってるけど?」
「…先輩の恋愛対象は…、その、女性です…よね?」
「……凛は、男が好きなの?」
「?……男性が好き…と言うか、大和先輩が好き…です。」
「俺も同じだよ。凛が好き。凛がたまたま男だっただけ。凛が女の子でも、きっと凛を好きになったよ。」
絶対叶うはずの無い恋だった。
ちゃんと想いを告げて、この恋心をきちんと終わりにしようと思っていたのに。
嬉しくて泣き出した僕の背中を撫でながら、大和先輩が優しく笑う。
「凛、泣くな。ちゃんと大事にするから。だから今日から、俺を凛の恋人にしてくれる?」
僕は泣きながらいっぱい縦に頷いた。
こうして先輩の卒業式の日に、僕の片想いも卒業することができた。
過保護な恋人が遠距離恋愛に不安になり毎週会いに帰って来たり、僕を同じ大学に進学させる為に毎日オンライン家庭教師をしてくれたり、無事に近距離恋愛になってからも僕をデロデロに甘やかすのは、また別のお話…。
Fin
大切なお時間を使って読んで下さりありがとうございました。




