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いやらしくていやしいぐへへ面のタカり女

作者: 北見晶

下ネタあるのでご注意を。 


「しつこいんですよこの変態!」

 ハンマーで殴られたと錯覚する衝撃が、加藤(かとう)千世梨(ちより)の鼓膜どころか脳天を打擲(ちょうちゃく)した。

 社員食堂で、オムライスとツナサラダを食べていたときのことである。

 周りの社員たちも皆、声の方に両眼を固定していた。

 先ほど相手をののしった倉田(くらた)依津花(いつか)は座ったまま、カルボナーラと唐揚げを遠ざけている。

 目の前にいる女、原島(はらしま)めぐみから。


--めぐみがどんな奴か、千世梨も知っている。いや、手痛い経験を強いられた。

 三ヶ月くらい前のことだ。千世梨と部署は違うのだが、人懐っこい態度で近づいてきためぐみに、つい気を許したのが運のツキ。

「一口ちょうだい」

 言うや否や、スプーンを勝手に取り、シーフードカレーを豪快にかっさらい、頬張ったのだ。ルーだけでなく山のように具とライスも盛って。

 そのことで同僚に愚痴をこぼしたら、他の者も、何より聞き手も被害を受けたとのこと。注意したら、許さない相手の方が器が小さいとまで返されたそうだ。


 幸い、彼女が狩り場にしているのは社員食堂だけ。なので、所属部署にある自分の席で、手弁当を広げることで防いできた。

 だが、思わぬアクシデントが。今日、うっかり昼御飯を自宅に置き忘れてしまったのである。

 背に腹は代えられない。リスクを承知でタカり女の猟区に入り込み、下品にならない程度に手早く昼餉を胃に納めようとしたら、先の出来事が勃発したのだ。


「ヘ、ヘンタイ……?」

 罵倒を真っ向から食らっためぐみは、金魚さながらに口を開閉させている。アイドルを思わせる顔立ちの彼女でも、滑稽な表情。

 手入れとは無縁の太眉の下、目の上下を狭め、依津花はタカり女を凝視している。こんな顔つき、千世梨も拝むのは初めてだ。

「--世の中には窃盗や略奪で性的快楽を抱く人間がいるって話ですし、それにさっきの原島さん、顔がいやらしかったですし」

「い、いやらしい……?」

 口の中でめぐみは言葉をこね回している。まさか、そういう解釈にのっとった論を説かれるとは、思わなかった様子。

 それは千世梨どころか、社員のために料理人が腕を奮い、自慢の作品を振る舞う空間で思い思いの物を選び、舌と胃袋を満たす女性社員たちも同じであろう。その中に犠牲者も含まれているのは、明白だ。

--余談になるが、めぐみは男性社員は標的に選ばないし、上司がいれば強硬手段に及ばない。そういう知恵は回るのだ。

 観客と化した女は考える。もし自分がタカり女を攻撃ならぬ口撃するならば、「あんた腹の中に虫でも飼ってるの!?」とか、「“めぐみ”じゃなくって“タカり”に名前を変えたら!?」とかがせいぜいだし、そんなものあの食い物強奪モンスターへの強化薬になるに決まっている。

「そうですよ。だって“一口ぐらいいいじゃん”とか“ケチ”とか“ちょっとだけ”とか“冷たすぎ”とか、それ痴漢の思考回路ですよ」

 まさかそこまで突き抜けた主張を繰り出すとは予想できず、千世梨は下顎を力なく落としてしまう。あわてて筋肉を稼働させた。


「あ、あたしのどこが痴漢だっていうのよ!?」

 めぐみの反論はもっともだが、愚行に歯噛みした立場からすれば、鼻で笑いたくなる。

「だって痴漢って胸やお尻触っておいて、“ったく、たかがそれくらいで大袈裟なんだよ”とか“そんな服着ている方が悪いんだよ”とか“てめぇみたいな奴男にもてないんだから、感謝してほしいくらいだ”とか“ちょっとストレス解消しただけ”とか、自分のこと棚上げするじゃないですか。そんな感じなんですよ。あなたのやったことは」

 すでに手元のお宝は冷めているだろうが、依津花は意に介さぬ長口上だ。

 タカり女は唇をわななかせている。瞬時に柳眉が逆立ち、両の瞳も吊り上がった。

「ふざけないで! なんであんたみたいなブスにそこまで言われないといけないのよ! おいしそうだから一口だけもらおうとしただけなのに!!」

「うわー、こいつ反省してないわ-……」

 つい、傍観者は本音を漏らしてしまった。


 めぐみの視線が千世梨を射抜く。が、目の鋭さが軟化した。

 かたむけた(おもて)、瞳の先にはまだ半分残ったオムライスが。

--見たくなかった。でも見えた。

 アイドル顔の鼻から下が、使い込んだゴムみたいにだらしなく緩むのを。

「--おや、私のが奪えないから、ターゲットを変えるつもりですか? まったく、今の自分の顔鏡で見たらどうです? “ぐへへへヘ~”って顔してますから」

 太眉の追撃に納得したのは、矛先を向けられた千世梨だけではない。ギャラリーの大半も、眉をひそめてアイドル顔をチラチラ目を走らせていた。

「もういい!」

 めぐみは依津花に背を向け、立ち去ろうとするが--

「……それっ!」

 こともあろうに、太眉はアイドル顔に何やら投げつけた。当たりはしなかったが、床に固い音がなる。

 タカり女は足を止め、ぎこちなく半身をひねって投擲者を双眸に映していた。幽霊が至近距離に現れた風情で。

「ちょっとそれやりすぎでしょ!」

 もつれた舌で音声を尖らせる千世梨に、同僚は揺るぎなき空気を纏い、

「だってここで止めてどうにかしないと」

「確かに原島さんはいやらしくていやしいぐへへ面のタカリ女だけど! だがらってやっていいことと悪いことがあるでしょう! それに変態って言っても犯罪者とは限らないんだから! 自制が効く場合だってあるでしょうし、風俗やソロプレイて発散できる人だっているんだから!!」

 頭に思い浮かんだ要素を、片っ端から連ねて意見を述べた千世梨は、我に返る。

 とんでもないことを言ってしまった。

 あわててめぐみを見る。

「違う違う! わたし原島さんを股ユルビッチとか変な風に思ってないから! ただ食べ物に対して自制が効かなくて餓鬼みたいだって思っただけで……あ、餓鬼って子供の意味じゃないからね。痩せてるのにお腹はふくれている地獄の亡者のことだから!」

 弁解のつもりが面罵よりタチ悪くなってしまった。

 タカリ女の目から一筋の涙が落ちる。歯を食い縛って耐えているに、演技ではなさそうだ。

 転瞬、アスリートを連想させる走りで、部屋を飛び出す。

 致命傷になったようだが、追いかける気力もそれ以前に友愛もない。どうこう言われても。

 千世梨は食事を再開する。周りを見渡すと、すでに依津花も他の者も何事もなかった感じで箸をスプーンを、はたまたフォークを動かしている。

 メインディッシュはとうに熱を失っていた。


 数日後--

 千世梨は自分の席で弁当を広げていた。

 噂によると、めぐみは自主退職してしまったとのこと。なんでも千世梨と依津花の発言をあちこちに喋り回ったが、味方はいなかったそうだ。

 二人は上司のお叱りを受けたが、タカリ女の悪行を踏まえた結果、始末書を書いて提出するにとどまった。

 めぐみが次の就職先でおとなしくしているか、はたまた懲りずにやらかすか気になるが、そこは千世梨の管轄ではない。

 いやしいタカリ女がいなくなり、社員食堂でも心置きなくご飯は食べられる。だが、自家製だと金がかからなくてすむのだ。

 手をかけられるなら弁当持参、かけられなければ憩いの場で好みのものを。これからは自由に選べる。

「いただきます」

 手を合わせて言ったのち、千世梨はおひたしに箸を伸ばした。   



流石に「変態」呼ばわりはキツいかと思いまして、かましてみました。

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