第五話 中央広場(1)
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街の中心にある中央広場。白い石畳が敷かれ、周りを取り囲む建物の外壁も石畳と同じ質感の白で統一されている。
私達はこの広場につながる狭い路地にいる。少し先の建物の隙間から広場の中心が見えるけれど、広場の中にいるのが見つかると巡回の衛士に追い出されてしまう。なので仕方なく、気配を消してこの場所に隠れるようにして座っている。
エルは、屋台で買ったリトルボアの肉と葉野菜をはさんだパンを頬張る。
リトルボアは猪型の魔物で、魔猪族では最弱の部類に当たる。体が一まわり大きくて鼻が利くというくらいで、獣の猪と力も能力も大して変わらない。けれどその肉は筋肉の繊維の中に適度な脂を含んでいて柔らかく、しかもその脂が独特の甘みを持っているので、煮たり焼いたりすればとてもおいしい料理になる。
最近では魔物ならでわの高い繁殖力を利用して、牧場で人工的に繁殖され、安定的にその肉が出回るようになっている。屋台で買ってきたこのパンの肉もきっと繫殖肉だろう。野生のリトルボアの肉は独特の臭みがあって癖が強いけれど、脂の甘みはより強く繁殖肉よりずっと高級品だから、街の屋台ではまず扱っていない。
頬の腫れが痛まないよう、慎重に口を開いて私もリトルボア肉のパンを小さく頬張る。
「うーん・・・」
パンを嚙みながら顔をしかめる。それでも何とか口の中のパンを飲み込んだ。
「まだ痛むか?」
「うん、脂が傷にさわるとしみて・・・いたい・・・」
するとエルは手元のパンをじっと睨んだ。私を殴ったあの禿頭のことを思い出しているようだ。
「大丈夫だよ。あいつらには十分仕返しできた。お金も奪ってやったし。」
「奪ったって言っても小銀貨ニ枚に、銅貨三枚だぞ。」
今食べているこのパンが小銀貨一枚だから、冒険者四人の所持金合計としては確かに少ない。
このパンは、普通の街の住民にとってはちょっと贅沢な程度なんだろうけれど、私たちにとっては豪華な食事だ。それに屋台で売ってもらうにも、他のお客がいない時を見計らわなければならないし、そもそも売ってもらえるとも限らない。でも今日は、ここにくる途中の路地で店を構える屋台の裏で、お金を見せたら店主が顔を顰めながらもパンを二人分手渡してくれた。
でもそれで奪ったお金は殆ど使い果たしてしまった。
「だって谷で回収した資材を奪おうとするやつらだよ。お金持ってる訳ないよ。それより、奴らの武器を奪えたでしょ。」
前衛二人からは剣を奪った。黒マントからはダガー三本。手に持つ大きめの一本と、投擲用の小ぶりな二本。魔術師は武器を持っていなかったので、とりあえず大きな宝石のついた指輪を奪った。
「禿げ頭からは防具一式も奪ってやったし、下着姿で捨ててきたから今頃風邪を引いてるかもしれないわ。」
他の冒険者達の装備は籠に入りきらないのでそのままにしてきたけれど、それだって気を失っているうちに、あそこの住民たちに全部奪われるだろう。
「装備を揃えなおすのにも時間がかかるから、あいつらもしばらくは動けないだろう。」
エルの言うとおり時間が過ぎるうち、私たちにもう一度報復しようという気も失くすだろう。
「武器を売ってお金も手に入ったし、このパンも買えたから、まぁ、言うこと無しじゃない?」
今朝は谷行きをやめて奪った武器を売りに来た。当然ながら冒険者ギルドには持ち込めないから、この広場にほど近い商店街にある、怪しげな武器屋に行ってきた。
商店街に並行する裏路地を進み、武器屋の裏口の前に立った。マスクを確認し、フードを目深に被り直して扉を叩く。暫くすると口髭を生やした目つきの悪い店主が顔を出し、背中の籠を見せると辺りを見回してから招き入れた。
促されてカウンターに戦利品を並べる。
「どれも中古品だな。銀貨二枚だ。」
カウンターの品を一瞥すると、店主は憮然とした顔で買取額を提示してきた。
少銀貨十枚が銀貨一枚に、そして銀貨十枚が金貨一枚に当たる。この武器は最低でも金貨1枚で買い取ってもらえると思っていたから、その提示額の安さにびっくりして、店主の顔を見返し、それから隣のエルの顔を見上げた。でもエルは私の方を見ようともしてくれない。
エルは私たち二人きりの時には普通に話してくれるのに、私以外の人がいる所では途端に無口になる。だから交渉ごとにはまったく当てにならない。だけど戦いの状況判断は的確で絶対の信頼が置ける。
”戦いはエルの担当、交渉事は私が担当・・・”
だから交渉は任せたということみたい。
“私だってこんな人と話したくないのに・・・”
心細いのを見透かされないようフードの中の目を怒らせて睨み、精いっぱい声を張って店主に答える。
「これだけ色々あるのに、それはいくらなんでも安すぎでしょ。この魔法の指輪だけでも金貨一枚はするはず。」
魔術師から奪った指輪を店主の顔の前に掲げて、それがどんなものかは分からなかったけれどハッタリをかませてみた。
店主はその指輪を私の手から取りあげると、拡大鏡で品定めを始め、それから私の顔を見てつまらなそうに言った。
「銀貨三枚だ。」
「・・・それでも安いでしょ。商売人としての良心が痛まないの?」
店主はふんっ、と鼻で笑う。
「盗人相手に良心なんて痛まないよ。どうせ何処かから盗んだか、奪った物なんだろ?」
後半が正解。
「真当に手に入れた物よ。正当防衛で・・・」
討手を返り打つ権利は王国法で保障されている。
「あのな、正当防衛ってのは人間様に与えられた権利だ。お前ら貧民風情の、人もどきが振りかざして良い権利じゃないんだよ。」
人として扱われないのはいつものことだから、店主の言い草を当然の様に受け入れてしまいそうになるけれど、言い負かされてせっかく奪った武器を買い叩かれる訳には行かない。何とか食い下がろうとして私が口を開こうとしたとき、店主がすかさず言葉を滑り込ませる。
「銀貨三枚だ。それがいやなら他に持っていきな。お前らみたいなのを中に入れてくれる店があればの話だけどな。」
盗品や訳け有りの品を買い取ってくれる店は他にもあるのだろうけれど、そういう店を私たちはここしか知らない。だからいつも奪った武器はここで売っているので、店主はその事に感づいているのだろう。
”ほら、さっさと諦めて、金を受け取って帰れ”
店主はそういわんばかりの薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。
私は店主の顔を睨み付けたけれど、諦めて手の平を差し出した。すると店主が銀貨を一枚、私の手の平に載せた。
「買い取り額は銀貨一枚だ。そして・・・」
残りの銀貨を一枚づつ載せながら言った。
「後は口止め料。一人銀貨一枚づつ。分かってるな?」
この取引の事を他所で話すなよ、ということ。
それなら銀貨五枚寄こしなさいよ!
そう言いたかったけれど、店主の狡そうな顔を見たら声に出せなかった。
”あんたもなんか言いなさいよ”
怒りを込めた視線でエルを睨むけれど、やっぱり私を見てもくれない・・・
私は暫く手の平の上の三枚の銀貨を睨んでいたけれど、そのうちの一枚を取り上げると店主に突き返した。
「この一枚は、もっと細かいお金にして。」
こうして、私たちにしては大きなお金を得ることができたので、今朝は屋台で”高級”なリトルボアのパンを買ったのだった。その食事を終えてお腹がいっぱいになって、しばらく二人で建物の間から見える広場を眺めていた。
広場の中央に大きな像が見える。
背の高い台座が据えられていて、その上を一人の剣士が鎮守している。この城郭都市の初代城主の像だ。
金箔で飾られた鎧を纏い、掲げられた右手には幅広の剣、左手にはこの街の旗が握られている。台座に刺された黒塗りの柄を左手で傾け、その伸びた先で街旗がはためいていた。
その旗模様は、赤地に交差する2本の剣。そしてその剣で封じられるように、後ろに描かれた黒い竜。真っ赤な眼。大きく裂けた口から邪悪な炎の息を吐いている。
旗に描かれたこの黒い竜こそ、この街の悪夢、忌まわしき厄災の竜、スプーニルだ。