第四話 襲撃(1)
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それから二日間、私たちは家の中で過ごした。炎症止めの薬草を摘みにエルが夜中に外に出たとき以外、私たちは狭いベットの上で過ごした。
今まで時々、街の外の森に狩りに出ていたから家には備蓄の干し肉が少し残っていた。でも私は口の中を怪我していたから、硬い肉を噛むことが出来なくて、小さくちぎってずっと口の中でしゃぶっていた。
「これなら食べられるか?」
そんな私を見かねて、エルが干し肉を彼の短剣で薄くスライスしてくれた。でも本来エルを守るための武器を、そんな用途に使わせてしまっているのが申し訳なかった。
刃物など貧民には売ってもらえないし、そもそも買うお金も無い。日常使いのナイフや包丁なら谷でも見つけられるけれど、それらは刃こぼれしていたり鈍らになっていて、まともに使えないものばかりだ。
それに対し、真っ当な武器には大抵修復の術式が組み込まれていて、刃こぼれや軽微な損傷なら自然と回復するようになっている。私たちの武器にも柄に金の象嵌で魔法陣が埋め込まれてあり、それによるパッシブ魔法で刃が守られていた。
それでも、私のレイピアは長くて使いにくいので、調理や、それから森で狩った獲物を捌くのにもエルの短剣を使わせてもらっている。
だから今も干し肉をスライスしてくれていて、でもその脂でエルの大切な短剣が汚れるのを申し訳なく思うのだけれど、体の回復に栄養を取られるからか、食べても食べても満たされず、お腹がグゥーと鳴っては、その度にエルがまた干し肉をスライスしてくれた。
「自分で千切って食べるからいいよ。」
恥ずかしいのと申し訳ないのでそういうのだけれど
「姉貴は寝とけ。俺は他にやることも無いから。」
そう言って黙々と干し肉に向かってくれた。
三日目の朝、顔の腫れも大分引いたからと、私がお願いして不毛の谷へ行くことになった。
夜明けにはまだ随分早くて、外は闇に包まれているけれど、その中を歩く生活を続けてきた私たちは夜目が利くようになっている。黒い布を顔に巻いてマスクにして、ローブのフードを目深に被った。
「谷には行くけど、今日はそれで帰る。荒れ地は無しだぞ。」
家の扉のノブに手を掛けたエルが振り返って言う。それに頷くと、ローブに隠れた顔をじっとちらに向けていたけれど、諦めたように肩をすくめると扉を開けて外へ出て行った。その後を私も追う。
籠はギルドハウスに置いてきてしまったけれど、この街の住民の必需品なので、誰のものと言うこともなく辺りに無造作に落ちている。真っ暗な街路を往く道すがら、適当な籠を拾って背負った。
貧民街の中を進むうち、やがて前方の闇の中に明かりがいくつか揺れているのが見えた。こちらに向かって近づいてくる。
私たちは街路の真ん中で立ち止まった。誰かが角灯を持って歩いているようだけれど、ここの住民が、こんな時間に出歩くことなんてまず無い。
「多分この間の冒険者たちだな。」
「うん。鬱陶しいけど、でも今日来てくれてよかった。襲撃を警戒してゆっくり寝られなかったからね。」
「姉貴は見てろ。俺がやるから。」
「大丈夫、動ける。二人の方が、きっと早く片付くよ。」
ローブの上からエルの腕に触れて闇の中のその顔を見上げると、一つため息をついて頷いてくれた。
相手の陣容も見えてきた。前衛が2人、中衛に1人と後衛に1人。フォーメーションを組む程度には、まともな冒険者達のようだ。
前衛の一方があの禿げ頭、中衛は最初に私を捕まえた黒マント。後衛の一人はその気配から魔術師だと分かる。こちらがそこまで把握したところで、ようやく私たちの存在に気付いて立ち止まった。角灯を差し出し、何度も手をかざしてこちらを確認している。
”おい、あいつらか?”
”驚いたな、ホントにいやがった”
男たちの大きめのヒソヒソ声は筒抜けだ。間抜けな奴ら。
ひとしきりヒソヒソ話をした後、禿げ頭が偉そうな態度で口を開いた。
「お前らこの間のガキ共だろ?まさかここで俺らに捕まるとは、思ってもみなかっただろ?」
角灯を掲げ勝ち誇った様子が・・・雑魚っぽい。一度でもこいつを怖いと思ってしまった自分が許せない。
「この時間おまえらがここを通ることは調べがついてたんだ。冒険者が本気出せば、お前らなんかどこに逃げても捕まえられるってわけだ!」
きっと情報の出どころは、あの場所に残っていた貧民街の人たちだ。それが冒険者の本気だと言われたら笑える。
「この間は世話になったが、でもあのままで済むとは思ってねぇだろう。ここで見つかったからには、おまえら生きて帰れねぇと覚悟しろ!」
自信満々。私たちを見つけさえすれば勝ったも同然と思っているようだ。あまりにもバカらしくて、私はつい答えてしまった。
「あんたたち、私たちのテリトリーで勝てると思ってるの?」
”余計なこと言うな”
エルの気配が隣で怒っている。
「テリトリーだと?こんなとこ、ただの貧民街のきたねぇ道じゃねぇか。ハッタリかますな!」
男たちはゲラゲラ笑い声を上げた。
彼らが言うように、確かにここはただの街路で地の利なんて何も無い。でもここは貧民街。
”あんた達はその意味を分かっていない・・・”