三十三話 鉄塊
これまで書きなぐったものを垂れ流していましたが・・・いずれ機会があれば再編したいと思います。一旦、検索対象から外しました(汗
これまで読んでいただけた方が居られましたら、大変申し訳ありません。書いた分だけは投稿いたします。ありがとうございました。
エルが最後のシカリウスと対峙する後ろに、隠れるようにして気配を消す。二人の連携で手早くこの敵を倒さなければ。時間が掛かってしまうとエルが持たなくなる。団長がまだ回復ポーションを持っていたらエルに飲ませてあげないと。
後ろをチラリと覗くと、団長が剣を構えてマリエラたちのいる通路の前を守っている。彼の剣はこの敵と相性が悪いのを本人も知っているから、下手に私たちに加勢したら、かえって足手纏いになるのを分かっているようだ。
対峙するエルに敵が正面から剣を打ち込む。さっきの思念に見た直刀が、風を斬って真上から振り下ろされる。エルは右足を下げて半身になり、左手の短剣を当てて剣の軌道を反らすと、直刀はその体を掠めて床を砕いた。体力を温存して、エルも最小限の動きで敵の攻撃をいなしている。
でも、そのまま右手の短剣で斬りかかろうとするよりも早く、敵は腕力に物を言わせてその直刀を斜め上に切り上げた。
エルはその切り上げを双剣で受け、そのまま後ろに押し投げられる。そこで、敵の軽鎧の胸当てと腰当ての間の脇腹が無防備に晒されていた。
さっきは、足の痛みに思いがけず襲われて膝をついてしまったけれど、痛みがある事を知っている今ならば、それを我慢しながら動くことが可能だ。回り込んでいた私は敵の脇腹を横からレイピアで素早く突いた。でも敵は声も上げずに私を睨みながら、掲げ上げていた剣を上段から打ち下ろした。
私はそれを飛び退いて躱した。直後、敵はエルに背後から首筋を狙われているのを察し、振り返りざま直刀を水平に払う。エルは体を仰け反らして地を後ろに転がった。その敵の脇腹を、私は横から再度、さっきより深く刺す。敵はまた声も上げずに上段から直刀を振り下ろしたけれど、その刀は一度目より確実に力無かった。
私たち二人は体を落として左右から躙り寄る。脇腹から溢れた血が敵のブーツを赤く染め出した。あと少しで倒せる。
剣戟を重ねながら敵は出口付近まで後退した。そのまま逃げるつもりのようだけれど逃さない。緋色のマントが捲れ上がり、その敵の腰にポーチが見えた。回復ポーションでも入っているんだろう。ここで倒さなければ、それで回復されて待ち伏せでもされたら厄介だ。それに、あれを奪えばエルを回復させられる。
横からエルが斬り込み敵はそれを直刀でかろうじて弾いたけれど、これまでに血を多く失ったために、もうその動きは精彩を欠いている。私の前に敵の項が晒された。これを突けば終わりだ。
でも飛び上がってその延髄を貫こうとした瞬間、真横に凄まじい圧を感じた。
宙で咄嵯に剣を硬化して、左肘を刀身に添えて猛烈なその圧を受けた。
ガンッ!
硬化した剣がしなり青い魔法陣が霧散して、私は回廊中央まで撥ね飛ばされた。
意識を失うのは何とか取り留めたけれど、衝撃で全身が痛み、霞む目を凝らしたら、風の盾が粉砕されてエルの体が回廊の側壁に強かに叩きつけられるのが見えた。
エルは壁際に倒れている。でもその気配から、衝撃で気を失っているだけなのが分かった。大丈夫、生きている。すぐにでも助けに駆けつけたかったけれど、吹き飛ばされた衝撃で体が動かない。
何が起こったのかと混乱しながら回廊の出口を見たら、そこに男が立っていた。
鮮やかな緋色のプレートアーマーを身に着けた長身の男。その鎧の色がシカリウスたちのマントと同じだから、きっとあの組織で特別な地位を占める者なんだろう。
白金色の長髪が魔光石の光を艶やかに照り返していて、美丈夫と言うにふさわしい立ち姿だ。
「あぁ・・・なんて事だ。」
シカリウスたちの骸が転がる回廊を見回して、中央の床に横たわる私と、壁際で倒れるエルを順番に睨んだ。
「ガキども、お前ら、うちの配下を何人殺せば気が済むんだ?」
高く掠れ気味のその声には残忍な色が載っていた。足元に蹲る直刀のシカリウスは、その声を聞いて萎縮しながら身を縮めた。
「ご苦労。」
それを見下ろしながら短く言うと、シカリウスの頭が一瞬で砕かれて肉塊が飛び散った。首を失ったその骸は、血を噴水のように噴き上げながら前に倒れた。
緋鎧の男の手には、血が滴る細長い鉄棒が握られていた。それを振るってシカリウスの頭を打ち砕いたのだ。
私たちもあの鉄棒の攻撃を受けて叩き飛ばされたのが分かった。凄まじい攻撃力だ。
男は、首を失って倒れた骸をつまらなそうに一瞥して
「役立たずは要らん。」
そう冷酷な声で呟くと、回廊の奥に向かって歩き出した。横たわり身を縮める私の横に立つと
「一度でも負けた奴は、死の恐怖を知って使い物にならなくなる。だから今の男が死んだのもお前たちのせいだ。この報いは受けさせる。楽には死なせないから楽しみにしておけ。」
見下ろしたその灰色を含んだ碧眼の奥には、狂気と、声が纏う何倍もの残忍さが蔵されていた。
そして回廊の奥へと顔を向けた。
「まぁそれも、やるべき事をやった後だけどな。」
そしてそのまま奥へ真っ直ぐと歩いて行く。その男に、団長は剣を構えながら名乗りを上げた。
「我が名はフリード・アイゼンバーグ。お嬢様の護衛兵団長である。名乗るほどの名も持たぬ雑魚でもあるまい。貴様の名は?」
すると男は団長の手前で立ち止まり
ゴンッ
大きな音を立てて鉄棒を横に突き立てた。
「私兵の長ごときが偉そうに。俺は今や爵位持ちだぞ。街で会ったら平伏しなければならないのはお前の方だ。」
緋鎧の男は自分が貴族だと言ったけれど、その言が含む貴族らしからぬ顕わな威圧に、団長は左足を引き剣の柄を握りなおして正眼に構える。
「まぁでも、せめて殺す前に教えてやろう。俺の名前はアルバンだ。アルバン・アイアンロック。」
「では、やはりおまえが・・・」
「あぁ、そうだ。お前たちが鉄塊というのは俺の事だ。」
その言葉を聞いて、団長の顔が蒼白になって悲壮な色を帯びたのが分かった。
鉄塊という通り名は聞いたことが無かったけれど、団長のその表情から、この男が緋色のマントの集団の首魁なのかもしれないと思った。本当にそうだったとしても、この男の纏う圧倒的な強者の気配を視れば驚きはしない。
「囮を撒くなんて姑息な手を使いやがって。おかげでここにたどり着くまでにこんなに時間が掛かっちまっただろ。」
そこで緋鎧の男は酷薄な笑みを浮かべた。
「まぁ、腹いせに、囮の奴らは全員血祭りにあげてやったけどな。」
「他の馬車も襲ったのか?」
団長は眼光鋭く男を睨み付ける。
「あぁ、そうだ。馬車に乗っていた鎧の男とお嬢様に化けた女たちは全員殺してやった。」
そこで男の声は、まるで新しい玩具を見つけたかのように嬉しそうな色を帯びた。
「何だ?あいつらはお前の配下か何かか?それなら安心しろよ。たんまりと苦しみを与えながら殺しておいてやったぞ。」
その言葉を聞いて、蒼白だった団長は怒りで顔を真っ赤に上気させた。
「どうする?あいつらの仇でも討つのか?」
アルバンは鉄棒の半ばを握って持ち上げ、団長を間合いに納める距離まで一気に前に出た。
「出来るというのならやって見せろ。」
そう言って鉄棒の端まで手を滑らせると、ぐるりと一回転してからそのまま勢いをつけて振り下ろした。その瞬間、団長は後ろに飛び退き鉄棒はスレートの床板を叩いた。でもその床で爆発のような衝撃が生じ、団長は片膝をついて両腕で顔を守りながらその風圧に耐えた。
鉄棒を単に振り回しているだけじゃない。何かの力を纏わせて凄まじい威力を与えている。でもその力が何者かは、隠蔽されていてよく分からなかった。
団長はそのまま回廊の側壁へ走り出した。アルバンはそれを追う。
そして側壁の手前で、ステップを踏んでから一回転し、勢いを載せた鉄棒を水平に振り抜いた。団長が身をかがめて避けると、鉄棒は側壁に立つ兵士の石像の脇腹を砕き、石礫を飛び散らせながら砂煙を上げた。そのまま横に転がり跪いた団長を見下ろしながら、鉄棒を一回転させてそのまま振り下ろす。
でも団長が蹲る後ろには、先の魔物との戦いで負傷した兵士たちが横たわっている。彼はミスリルの剣を両手で掲げてそれを受け止めようとした。でも鉄棒は、その剣を砕いて団長の肩を叩き伏せた。
その同じ時、マリエラを抱えた兵士たちが回廊の出口へ向かって走っていた。
団長が側壁へ走りアルバンがそれを追った直後、通路の奥から一人の兵士がマリエラを横抱きにして全力で走り出した。その周りを他の兵士たちが守る。団長は彼らを逃すために自らが囮になったのだ。言い含められていたのか、マリエラは目を閉じ耳を塞いでいた。
ダメージが残り震える足で私が立ち上がると、その後ろをマリエラたちが駆けて行く。
アルバンがゆっくりとこちらを振り返る。私はレイピアの柄を両手で握りなおした。
「うあっ・・・」
悲鳴のような声がして振り返ると、マリエラを守り先頭を走っていた兵士が、出口の手前で頸動脈を押さえながら跪いていた。そしてそのまま後ろに倒れ、首を押さえる手が外れると、そこから勢いよく血が真横に噴き出した。
その前に立つ緋色のマントを羽織った男。手には短剣が握られていた。更に出口に数人のマントの男たちが現れてそこを塞ぐ。
新手のシカリウスたち。五人・・・いや六人。
マリエラを抱える兵士が後ずさり、その前に残りの兵士たちが並ぶ。
出口の真ん中に立つシカリウスがゆっくり腕を上げると、一歩踏み出して勢いよく振り下ろした。ナイフが投げられたのだ。
その直前、マリエラを抱く鎧の兵士は咄嗟に振り向いて回廊奥へ走り出していた。でも魔法の力が載せられたナイフはその鎧を簡単に貫いて、背中から心臓を貫いた。
兵士が倒れ、そしてマリエラはその前の床に投げ出された。
残った兵士たちは、自らの命を投げ出してこの機を作った団長に報いるため、足を震わせながらも踏みとどまり、シカリウスたちに剣を向けて対峙した。私もマリエラの側に駆け込んでレイピアを構える。
そんな私たちに向かい、シカリウスたちが動き出そうとした。
「お前らは動くな。」
後方から声がした。アルバンがこちらにゆっくりと歩いて来る。私はすかさずそちらに向き直って剣を構えなおす。
「そこの御令嬢は俺の手で始末する。勲一等は俺ががもらう。」
そう言って、歩きながら鉄棒を構えなおした。
絶望的な状況だ。でも考えたら動けなくなる。私はこちらに近づくアルバンを見据え、剣を構えて走り出した。
正面から走り込む私に鉄棒が振り下ろされる。それを体を半身にして避けたけれど、床を叩いたその風圧で吹き飛ばされた。
立ちあがろうと四つ這いになったところに再度鉄棒が打ち下ろされ、それを横に転がって避けたけれど、また風圧で吹き飛ばされて床を転がった。口から小さな悲鳴が漏れる。
地に横たわる私に、アルバンが散歩でもするかのようにゆっくりと近づいてくるのを見て、恐怖で心が押しつぶされそうになった。
でも何とか立ち上がった時、口を押さえてブルブルと震えるマリエラの姿が視界の端に見えた。
次で仕掛ける。私はレイピアを握りしめた。
アルバンが私の前に立ち、鉄棒をゆっくり振りかぶって振り降ろそうとした時、それが叩きつけられるであろう床の一歩後ろに下がり、更に右足を引いて体を横に向けると気力を帯びたレイピアを後に掲げた。そして鉄棒が床を砕く瞬間、腰を落としてレイピアを振り下ろし水の斬撃を後ろに飛ばした。
飛び散ったスレート板の欠片が額に当たって血が噴き出した。でも斬撃の反動で床を叩く風圧を相殺できた。目の前に、斜めに差し渡された鉄棒がある。
額から噴き出す血で右目が塞がれたけれど、構わずその上を走り、そして飛び上がってアルバンの顔の前に出ると、ありったけの気力を込めた突きをその眉間に叩き込んだ。
貫いた!
そう思って疑わなかったけれど、開いている左目は、鋭利なレイピアの先端が眉間で止められているのを見た。
そのまま後ろに弾かれて後ずさったけれど、彼の眉間からは傷どころか、血の一滴も流れてはいなかった。
それが理解できず一瞬立ち尽くして反応が遅れた。鉄棒が左から来る。咄嗟にレイピアを硬化して、左肘を当ててその横払いを受けた。
でもバキッという鈍い音がして、そのまま吹き飛ばされて床に叩きつけられた。左肩の骨が砕かれたようだ。
痛みに気を失いかけた目の前にマリエラがいて、私を助けようと手を伸ばしてくれた。でもその手が届く前に、彼女は私の後ろを仰いで固まった。
足音が近づいてきて、それが私の頭の上で止まった。
「黒装束の女、お前、気術使いか。でも俺の身体強化の前では、お前の突きなど虫に刺されたようなものだ。」
アルバンが私の頭上で嘲笑った。
「まだ死ぬなよ。お前には後でお仕置きをしなければいけないからな。そうだな・・・まず手足の指を一本ずつ引きちぎる。それから腕、足を一本ずつ、順番に引き抜いてやる。その痛みに悶えて悲鳴をあげながら、俺の配下に手を出したことを後悔しながら死ね。」
そう言って足音は通り過ぎ、今度はマリエラの前で止まった。彼女の後ろでシカリウスと対峙していた生き残りの兵士たちは、振り向いたままその場に凍り付いてしまった。
「お嬢様、あんたは色々と悪戯が過ぎたようだな。あの御仁は命まで取るつもりは無かったようだが、おとなしく引っ込んでいればいいものを、ネズミのように這いまわって隠れて悪さをするから、もう生かしてはおけないと決められたようだ。」
恐怖に震えるマリエラの顔が男の加虐性をそそったのか、手に持つ鉄棒を彼女に向かって掲げて見せつけた。
「この鉄棒が頭に叩き込まれるとどうなると思う?頭蓋が砕かれてな、出来た隙間から脳髄が飛び散るんだ。お前の脳髄はどんな色をしているのかな?」
己の勝利を確信したのか、マリエラを言葉で虐めて、彼女が怖がる姿を見て楽しみだした。
その裏で、私は目を瞑ってエルの気配を探した。
回廊の先にエルの緑色の気力が視えた。まだ意識が戻っていないようだ。
”エル・・・起きて・・・マリエラが殺されちゃう・・・”
エルの気力に反応は無い。
”あの男を倒そう。そうすれば、混乱してマリエラが助かる隙が生まれるかもしれない”
でも自分の命を賭して彼女を救おうとする私を、エルはきっと怒るだろう。
”それでも、どうしても助けてあげたいの。きっとマリエラは、一人で何かを抱えて孤独に戦っている。きっと私たちと同じ。でも私たちは二人だけれど、あの娘はたった一人なの。本当の彼女はきっとそんなに強くない。それでも、命を賭けて一人で戦っているの”
その時、父さんと母さんのことが脳裏を過った。
”ここで死んだら竜を殺せなくなっちゃうね。逃げる機会はいっぱいあったのに・・・でもあの娘を見捨てて逃げたら、決して竜には立ち向かえなくなる。だから今、命をかけてあいつに立ち向かおう。そしてあいつを倒して、それからシカリウスたちを出し抜いてマリエラを助けてあげよう”
そこでエルの気力が微かに揺れたのが分かった。
アルバンはマリエラが怖がる反応を見て十分満足したようで、手に持つ鉄棒を構えなおした。
「・・・さて、潮時だ。お前に恨みは無いが命令だ。悪く思うなよ。」
そしてマリエラの前でそれを振り上げた。
その時、私は右手だけで起き上がってその前に走り込んだ。蹲る私の右手のレイピアに、残る気力を全て練り込んで魔法陣を構築する。片眼で見上げる私を、彼は驚いたような顔で見下ろした。
その場で飛び上がり、宙でアルバンの喉を突こうとした瞬間、エルの気力がその後ろに現れた。縮地を繰り返して真後ろまで瞬間移動したのだ。
二人気配を合わせ全力でアルバンの首を、前と後ろから同時に襲った。森でウォーグウルフを倒したのと同じ技、私たちが繰り出せる最強の攻撃。
グエッ!
絞り出すような悲鳴が口から漏れて、アルバンは片膝を折って跪いた。取り落とされた鉄棒が転がりカランカランという乾いた金属音が響いた。
私は、着地してかろうじてアルバンの前に立ち、エルもよろけながら後ろに立った。
でも直後、私は脇腹に衝撃を受けて横に吹き飛ばされた。
跪いたアルバンが腕で私の脇腹を薙ぎ払ったのだ。そして振り向くと、そこに立つエルの腹を拳で殴り飛ばした。エルは口から血反吐を飛び散らせながら床を転がった。
私たちの最後の力を振り絞った攻撃でも倒すことは出来なかった。
「お前ら、おとなしく待ってろ!この女を殺した後でぶち殺してやるから!」
忌々しそうに乱暴な口調で叫ぶと、地面に転がった鉄棒を拾い上げて再度振りかぶった。
マリエラは悲鳴をあげて頭を抱え蹲る。私は吹き飛ばされた先で、地面に横たわりながらその光景を見ていた。
“ごめん、助けてあげられなかった・・・”
鉄棒が振り下ろされようとした瞬間、私は絶望して目を閉じた。




