三十二話 シカリウス
これまで書きなぐったものを垂れ流していましたが・・・いずれ機会があれば再編したいと思います。一旦、検索対象から外しました(汗
これまで読んでいただけた方が居られましたら、大変申し訳ありません。書いた分だけは投稿いたします。ありがとうございました。
「お嬢様をお守りしろ、直ちに動け!」
回廊に飛び込んできた団長は、私たちに向って短く号令すると、すぐに後ろを振り返った。するとその前に真っ黒な影が飛び込んできて
キンッ!
閃光が走ってまた短い金属音が鳴った。
襲撃者だ。団長が敵と剣を交えている。
続けて団長がその長剣を横薙ぐと、影は後ろへサッと飛び退いた。
「シカリウスだ!シカリウスの襲撃!」
その一瞬を使って団長は敵の情報を伝えた。でもマリエラの前で剣を構え始めていた兵士たちは、それを聞いて固まってしまった。
シカリウス・・・本物の暗殺者・・・
「フリード!」
マリエラが団長の名を叫びその元へ駆け寄ろうとしたのを、私は飛びついて静止した。その後ろでエルが鋭く叫ぶ。
「お嬢様を奥の通路へ。急げ!」
我に返った兵士たちは慌てて動き出した。
「リズは通路の前を守れ。」
短く叫ぶと、ローブをその場で脱ぎ捨てて回廊の出口へと駆け出した。
ローブを着ていればそれで剣筋を秘匿することが出来るけれど、強敵相手にそんな小細工は意味がないし、それよりこちらの動きの邪魔になったら命取りになりかねない。今まで数回、敵の前でエルがローブを脱いだことがあったけれど、そのどれもが厳しい死闘になった。
地面に脱ぎ捨てられた黒いローブを見て、私もエルを追おうとした。でも・・・
「フリードが、フリードまで死んでしまう!」
取り乱すマリエラの悲鳴が耳元で響いて踏みとどまった。兵士たちが駆け寄り、マリエラを受け取ってそのまま奥の通路へ連れて行き、私はその入り口で剣を構えた。
闇の中、剣戟の火花が二か所で閃く。
「魔光石はある?あったら出して!」
後ろの兵士に叫ぶと、彼らは慌ててゴソゴソと動き出した。
「こ、これを、どうしたら良いですか?」
明るく光る魔光石を手にしている。
「暗闇では団長が不利だ。回廊に明かりを入れてお助けする!」
言いながら兵士の手から奪って思い切り下手投げると、魔光石は床を跳ね、回廊の出口近くの壁まで届いてその場を明るく照らした。兵士たちもそれに続いて魔光石を投げ入れたので、回廊の中は一気に明るくなった。
”賊の数は僅か四人、でも・・・”
敵はシカリウス。その名前はみんな知っている。真の暗殺者。
暗殺者は意外にありふれていて、暗殺者ギルトと呼ばれる闇の組織も普通に存在する。
でもその暗殺者と呼ばれる者たちは、所詮殺しに慣れたならず者に過ぎない。素行の悪さが極まった冒険者崩れだったり、その日の食べ物を得るために人殺しを請け負った元困窮者だったり。私たちの貧民街からもそう呼ばれる者たちが数多く輩出されている。
でもシカリウスは違う。
幼い頃から人殺しの技術を徹底的に叩きこまれ、人間の証である感情を全て捩じ潰された、ただ人を殺す為だけに存在する木偶。自他関わらず、命に一切の執着を持たない殺人兵器。それがシカリウスだ。
彼らは人を殺すために最適化された技を身に付けていて、並みの”暗殺者”とは次元が違う。
でも団長は、どうして彼らがシカリウスだと分かったんだろう?確かに彼らは独特の張りつめた気配を漂わせている。でもそれだけで彼らが何者か判ったのだろうか?
四人のシカリウスが羽織る緋色のマントが魔光石の光に照らされる。やはりあの組織に連なる者たち。でもそのマントには金糸の刺繍が施され、いくつかのパッシブ魔法が付与されていた。これまで対峙した敵たちが纏っていたものより数段手が込んだそのマントを見て理解した。
“そうか、この組織の本体こそがシカリウスの集団なんだ”
きっと団長も、それからマリエラもセバスさんも、それを知っていたに違いない。
でも本物のシカリウスなんて極めて希少な存在で、その殆どがどこかの国に飼われていると聞く。一体マリエラは何に関っているんだろう・・・
“いや、考えるのは後だ”
エルと団長は背を合わせて敵と睨み合っている。でも剣戟を交えるうちにジリジリと後退し、今は回廊の半ばまで押されていた。敵の狙いは私たちを逃げ場のない回廊の奥に追い詰める事。動きが早く鋭く、しかも連携が得意な彼らにとって、獲物を狭い場所に追い込んだ方が圧倒的に有利になる。
一人が団長に向かって走り出した。そのまま逆手のショートソードを振り上げて喉を狙うけれど、身体能力が高い団長は顎を上げ、のけ反ってそれを余裕で避けた。でも
”その斬り上げはフェイントだ。すぐ次が来る!”
予想通り、敵は隠し持っていた左のナイフを素早く横払い、顎を上げて露になった団長の喉を掻き切ろうとした。
刃が喉を撫でる寸前、エルが鎧の後ろ首を引っ張ってそれを避けさせた。
しかし余計に動いたエルを見逃すはずがなく、敵が一斉に飛び出した。その攻撃をエルは辛うじて受けて押し返したけれど、それでまた数歩後退してしまった。
そのまま、エルが三人に囲まれて、団長はそこから離されて二人が分断されてしまった。団長はエルとの間に立つショートソード持ちと対峙する。
”まずい”
私はローブを止める首のボタンを外し、団長に向って駆け出した。
敵に挑発されたのか、いきなり団長がそのミスリルの長剣を袈裟懸けた。でもそれは簡単にいなされて、ガツンと床のスレートを叩いた。その時、敵はショートソードを構えてその長剣の真横に蹲っていた。
突き上げがくると床を蹴って即座に後ろへ下がろうとするけれど、敵は足払いでその足を払った。
手放された長剣が床を回転しながら滑る。そのまま敵は倒れた団長に馬乗りになって、両手で握ったショートソードを頭上に掲げ、その首に突き立てようとした。
そして敵は、団長の鎧の首を濡らす血を見て満足した。
“殺った、まずは一人!”
でも即座に違和感を覚える。これはこいつの血じゃない!
私は団長の隣に駆け寄りざま、振り下ろされた敵の腕を思い切りレイピアで払った。剣を握った両手が切断されて宙を舞い、そしてその切り口から吹き出した血が団長の鎧を濡らしていた。
獣のような雄たけびを上げて敵は地をのた打ち回る。
「リズ、戻れ!」
エルが叫ぶけれど構わない。この賊たちの相手は団長より私の方が適している。
一人無力化されて、残り三人は一旦下がって武器を構え直した。
「団長はお嬢様を守って!」
私が叫んでも、拾った剣を構えた団長はその場に留まろうとする。
「奥へ下がって!!」
再度呼びかけるけれどまだ逡巡している。
「フリード、言う事を聞いて!戻って!!」
マリエラが叫んでようやく後退してくれた。
敵と対峙するエルの横に並んだけれど、その気配がものすごく怒っていた。
私が出て来た事に怒っているようだけれど、でもその裏に、さっきの魔物使いの件があるのが分かった。あの時、私は短刀でお腹を刺された。そしてトロルに邪魔をされ、助けに行くのもままならない中、私がゆっくりと死にゆく気配を見せられた。それをどうする事もできなかったエルは、そんな無力な自分に怒っていた。
「もう不覚は取らない。絶対に心配させないから。」
それを聞いて短くため息を吐いた。
「・・・絶対にだぞ!」
絞り出すように言ったエルに、前の敵を見据える彼の視野の外とは知りながらも、大きく頷いて見せた。
「出るぞ!」
エルはそう言って前に出た。敵は飛び退いて散開しそのまま囲もうとするけれど、私はその一角に切り込んだ。
エルの背後を取ろうとする敵の脇腹にレイピアを突き出すと、後ろに飛び退いて離れた。エルが二人引き受けて、私はその敵と一対一で対峙する。悔しいけれど、実力的にこれが順当だろう。
相手は曲刀使い。三日月のように反ったシミターを右手に握っている。私の前でそれを八の字に数回振るうと、構えてから不適な笑みを向けた。
そうやって見せつけてシミターに意識を向けさせたいのだろうけれど、だからこそ怖いのは左手だ。今までの戦いの中、敵はその左の武器を詳にしていない。
その不安もあるからなるべく距離を保ちたいのだけれど、敵はシミターを縦横に振いながら間合いを詰め、回廊の奥へと下がるように圧力をかけてくる。それを避けて出口側に逃げても、回り込まれてまた戻されてを繰り返す。
敵の攻撃は見切ることが出来るけれど、あまりにも苛烈すぎ、こちらは防戦一方で斬り込む隙も与えられない。エルも私も彼らの前でまだ気術は使っていないからその使い所が肝心だ。隙を突いて気術魔法を打ち込み、一撃必殺を目指さなければならない。
私が出口側に逃げると敵はまた後ろに回り込み、奥へ後退させようとシミターを横薙いだ。でもその場で背を反らせ、脚を開いて体をストンと落とすと、シミターは頬をかすめ巻き上がった髪先を刈り取っただけで通りすぎた。
目の前に敵がその開いた体を晒している。
気力を練ってそのまま心臓に下からレイピアを突き刺そうとした刹那、敵の左手が振り上げられた。
咄嗟に気力を斬撃にして飛ばし、その反動で体を後ろにずらして、左手から放たれた鋭い何かを避けたけれど、そのうちの一本が左腿に刺さった。
斬撃の反動のまま地を後ろ向きに一回転して蹲ったけれど、そこにシミターが上から打ち込まれ再度横に転がって避けた。でもまだシミターの横薙ぎが来る。たまらずもう一度、水の斬撃を飛ばして敵を下げる。
気術使いであることをこの防戦で晒してしまった。もう不意打ちはできそうもない。
腿に刺さった武器を引き抜くとクナイだった。遥か東方の国々で使われ始めたとされる暗器、これが敵の左手の獲物のようだ。でもその左手の振り上げが半端だったので、それほど深くは刺さっていなかった。
”・・・まずい、体が痺れる・・・”
でもクナイには毒が塗ってあったようだ。その様子を見て敵は攻撃の手を止めて、酷薄な薄笑いを浮かべた。
「痺れてきたか?さっきは不思議な技でうまく防いだようだが、さて、今度はどうかな?」
左手を差し出すと、新たなクナイが三本、指の間に握られていた。ゆっくりとモーションをとってから、それらが私に向けて放たれた。
体が痺れてうまく動かない。もう逃げられない・・・
その時、目の前を緑の膜が覆いそのクナイが弾かれた。エルが飛び込んできて風の盾で防いでくれたのだ。
そのままエルは、私を守りながら三人の攻撃を弾く。その一瞬の間を使って、腰のポーチからセバスさんから貰った解毒薬を取り出して一気にあおった。
もう味なんて感じない。麻痺毒に効果があると言っていたから体の痺れにも効くかもしれない。そしてもう一本を腿の傷に振りかけた。その痛みに思わず、喉を絞るような呻き声が上がった。
でもそれから、何故か敵の攻撃が止まった。
セバスさんの薬が効くのかは分からなかったけれど、でも幸運にも体の痺れが急速に治まってゆく。不覚は取らないと大見得を切ったくせに、早速絶体絶命にまで追い込まれた。しかもエルにも気術使いであることを晒させてしまった。
「ごめんなさい。」
なんとか立ち上がり、三人の敵と対峙するエルに並んでそう囁いた。でも返事がない。そのエルを横目で見て悲鳴をあげそうになった。
エルは血だらけだった。
あちこちに切り傷が出来ていて、とりわけ脇腹の傷は深く、血がドクドクと流れ出していた。傷の痛みと血が失われゆく苦しみで、エルは脂汗を浮かべて苦悶の表情をしている。
早晩、エルは動けなくなる。だから敵は、それを待って私たちと少し距離を取っていたのだ。
でも思いがけず私が戦いに復帰したのを見て、敵はまたジリジリと躙り寄ってきた。今度は敵がエルを取り囲もうと散開し、それに私が切り込んで、エルが二人、私がシミター使い一人を相手にする構図に戻った。でも今度は、こちらは満身創痍だ。
シミター使いが左手でクナイを投げる。それを飛び退いて避けたけれど、着地で腿に痛みが走り、短い悲鳴が口から漏れてそのまま膝をついてしまった。クナイには麻痺毒だけでなく、傷口を腐食させるものも仕込んであったようで、その効果が遅れて現れてきたようだ。
その機を逃すはずもなく、敵はシミターを振り上げて私に迫る。
でもその一瞬、この目で見るその景色の他に、別の思念が魔像のように頭に飛び込んできた。
目の前の敵が払った直刀が、後ろに飛び退いた魔像の主の喉を掠めたところだった。けれどこれは誘導で本命は後ろの敵。宙にあるその背中をダガーで突こうとしている。
思念の主はエルだ。そしてその背を狙う敵が私の真後ろにいる。
痛みのない方の足で思い切り地を蹴って振り向き、私に迫るシミターに背を向けてレイピアを突いた。するとその刃は件のダガー持ちの延髄を貫いていた。
その直後、グェッという低いうなり声が私の背中で聞こえた。
戦いを放棄する様に突然向けられた無防備な背をシミターが切り裂く寸前に、その敵の頭がエルの放った鉄礫で貫かれた。エルも背後のダガー持ちを打ち捨てて、体を捻って鉄礫を打ち出していた。
何が起こったのか分からず、私は思わず後ろに飛び退いて残った敵と距離を取った。するとエルも隣に退避してきて私と並んだ。
ダガー持ちを倒したけれど、自分の目で見て敵を捉えた訳ではなかった。そこに剣を突き出せばエルの危機を救える。そう分かっていたからその通りに動いた。エルが魔物使いの時のことを話してくれたけれど、それと同じだと分かった。
混乱した顔をエルに向けると、エルも同じく混乱した顔を返した。エルが鉄礫を打ったのも、私が剣を突いたのと同じ理由なんだろう。
「今のは・・・?」
「分からない・・・」
でも残り一人が音も無く後ずさるのが見えた。
「話は後だ。まずあれを倒してマリエラを逃がそう。」




