三十話 治癒魔法
これまで書きなぐったものを垂れ流していましたが・・・いずれ機会があれば再編したいと思います。一旦、検索対象から外しました(汗
これまで読んでいただけた方が居られましたら、大変申し訳ありません。書いた分だけは投稿いたします。ありがとうございました。
後退を始めても追ってくる敵は居ない。
「散開!」
それを見て隊長が号令すると、盾の壁はバラバラになり、中から槍を構えた兵士たちが飛び出して、馬車を守る結界の周りのワーウルフを次々突き伏せた。
私たちもそれに加わり、あっという間に結界を取り囲んでいた魔物たちは制圧された。
***
魔物達は一斉に後退し、馬車の周りの敵は居なくなった。でも前方の街道は依然ゴブリンに塞がれている。今の戦闘で数を減らした筈なのに、新手が街道の奥から集まってきていた。
馬車に魔物が襲い掛かった時に馬をリリースしたけれど、彼らを呼ぶ魔道具の笛に答えて戻ってくる個体は一頭もいなかった。
そこへ後ろの街道を偵察に行ったレンジャーが帰ってきて、いつの間にか後方も魔物に塞がれた事を報告した。
「強行突破は出来んか?」
「街道を厚く塞がれています。お嬢様を護りながらでは難しいかと・・・」
「では森の中を駆けて出し抜くのは?」
「両側の森はワーウルフが囲んでいます。」
そう言ってレンジャーがこちらを見たので頷き返した。
「見通しの効かない森の中では奴らとはまともに戦えません。それにどこまでも追って来るでしょうから突破するのは難しいと思います。」
「では既に包囲されたという事だな。」
魔物たちは、種の違いにも関わらず連携して動いている。レンジャーが言うには、こんな動きをする混成群は見た事がない。極めて異常な事態だそうだ。
「魔物使いの仕業やもしれません。」
結界を解いて馬車から出てきた結界師が疲れ果てた顔で言った。闇属性の精神干渉の魔法に長けた魔術師の事で、魔物の意識を乗っ取り意のままに操る。
「ですがこの数を支配するとなると、相当の高位術師でしょうな。」
そう言って周りの魔物の屍を見やった。街道に横たわるゴブリンやワーウルフの死体は、裕に五十を超えている。私たちを包囲する敵の気配に至っては、数が多すぎて数えられない。
でもレンジャーは、森の奥の闇を見やりながら不思議そうに言った。
「ただ、敵に仕掛けてくる気配は見えません。まるで私たちをここに足止めするのが目的のような・・・」
「その目的も魔物使いの思惑次第ですな。とにかく、魔物使いさえ何とかなればこの危機を脱することが出来るのでしょうが・・・」
結界師が言うのを聞いて団長が私を見た。
「女、お前は気配を探れ。そして魔物使いの気配を・・・」
「その子の名前はリズよ。」
団長の後ろから声がした。眠り薬から目覚めさせられた様で、いつの間にかマリエラ様も馬車から降りてきていた。車中で履き替えたのか革のブーツを履いていたけれど、身に纏ったドレスは街の女性が着るような簡素なものだったので、それほど不釣り合いには見えなかった。
「戦闘中は一々名前など呼びません。」
不服そうに振り返り、マリエラ様を一瞥してから改めて私を見た。
「リズは魔物使いの気配を探れ。」
そして再度マリエラ様に顔を戻した。
「お嬢様は馬車の中にお戻りください。」
でも彼女はそれには応えない。
「危急を伝えに伝令は出したわね?」
「三騎遣りました。」
馬車がワーウルフに襲撃された時、団長は咄嗟に救援を要請する伝令を出立させていたようだ。
「では援護はいつ来そう?」
「予備隊六十を後続させていますが、急いでもここに着くのは日が改まる頃かと。」
別働隊が私たちの後を追ってきているようだ。でも近すぎるとこちらが本命と伝えるようなものなので、ある程度距離を離しているのだろう。
「救援が来るまでどうするの?」
「この場で陣を敷きましょう。お嬢様には馬車に乗っていただき、周りを兵が固めます。」
するとマリエラ様は少し考えて
「では馬車は放棄しましょう。馬車ごと結界を張っていたら、結界師様のご負担が大きすぎます。」
その結界師をよく見ると手が小刻みに震えている。
“魔力不足だ・・・”
さっきの結界を展開した事で魔力が枯渇しかけているんだろう。
「結界師殿はポーションを飲んで敵の来襲に備えておいてください。」
団長が声をかけたけれど、魔力消費が著しいなら既に魔力回復のポーションを飲んでいるはず。結界はそれでも賄えないほど魔力を消費するのかもしれない。きっと今の状態では、そう長く結界を維持することは難しいだろう。団長も同じ事を考えているようで難しい顔をした。
兵士たちを集め、団長が今後の方針を説明した。
「円陣を組んでお嬢様をお守りしながら別動隊の到着を待つ。それまでに敵が攻めてきたら応戦する。我々ならゴブリンやオーガ程度なら防戦は容易い。もし包囲に隙が生まれたら、そこから突破を図る。」
そしてマリエラ様の言葉通り馬車は放棄して、中から長持ちを出してきてそれを街道の真ん中に据えると、その上にマリエラ様が座り、その隣に結界師が腰掛けた。団長と私たちがそれを囲むと、その外側に兵士たちが大盾で壁を作り、さらにその外を槍兵が囲む。
敵に攻め込まれたらマリエラ様だけを結界で守る。そうすれば結界は小さくて済むから魔力消費も抑えられ、負担はだいぶ減る。それに備え、結界師には休息をとって魔力回復に努めてもらう事にした。
陽はとっくに落ちて周りは闇に包まれている。空では細い下弦の月が頼りない光を投げかけているばかりだ。
魔物の接近を察知するため、兵士たちが魔光石を街道や森の中に投げ入れている。どれも私の家で使っているものより大きくて明るくて、その贅沢な使い方を見てさすがローゼンハイム様だと思った。
そんな様子を横目に、私は目を閉じて意識を飛ばし、遠くの気配を探った。結界師はそう遠くないところに魔物使いがいるはずだと言っていた。
でも少し疲労感を覚えた。ずっと気配察知を続けていたし、それに先程の戦闘もあったので気力を大分損耗したようだ。セバスさんが用意してくれた薬のことを思い出し、ポーチから一本取り出した。
今は闇で見えないけれど、苦そうな灰色をしていたはず。でもコルクの栓を抜いて恐る恐る匂いを嗅いでみたけれど、少なくとも苦そうな匂いはしない。
涙が滲むのを覚悟して、意を決して一息で煽ると意外にも苦くなかった。それどころかハーブの香りが口いっぱいに広がって爽やかだった。
「美味しい!」
思わず口に出た。これなら味わって飲めばよかった。それに体がぽかぽかしてきて疲労感が和らいだから、気力もきちんと回復しているようだ。帰ったらセバスさんに報告しよう。
「美味しそう!」
すると後ろのマリエラ様が同じようなセリフを言ったので驚いて振り向いた。
「こんな所で温かいスープが飲めるなんて思ってもいなかったわ!」
敵に動きがない今のうちに食事を手早く済ませる事になり、魔道具で温めた夕食を兵士がマリエラ様に渡した所だった。
「ありがとう。あなたもちゃんと食事をとってね。」
配膳した兵士は胸に手を当て深く礼をした。その明るく優しい言葉に、周りの兵士たちの緊張が和らいだのが分かった。
「美味しい!」
でも角灯を脇に、大袈裟に明るい声をあげてスープを口にするマリエラ様の気配からは、恐れがはっきりと見てとれた。
***
依然敵に動きは無く、私たちは円陣を組んで救援を待っていた。その時
グゥォォォォー
街道の先で低く響く何者かの鳴き声が響いた。
「あの鳴き声は・・・トロルだ!」
レンジャーが緊張した叫びを上げた。
亜人種最大の魔物。その体はオーガの倍以上もあり、膂力は強靭で素手で岩をも握り潰すという。その上、身体能力も高くその巨体では有り得ない程の俊敏性を持つ。
すると前方のゴブリンたちが一斉に気勢を上げ始めた。それは彼らが戦いを始めるときに上げる鬨の声で、その声は街道の後方からも聞こえた。敵の攻撃が始まるようだ。
「あいつの到着を待っていたのか・・・」
団長が唇を噛んで街道の先の闇を睨んだ。
「配置につけ!総員戦闘準備!」
そして兵士たちが慌ただしく動き出した。
円陣の中心でマリエラ様は兵士たちの動きを毅然として見守っていたけれど、その顔には表情が無かった。
「ゴブリンやオーガまでならともかく、トロルに来られちゃひとたまりもない・・・」
後ろで盾を構えた兵士が囁く声が聞こえた。
私はエルの耳元で囁いた。
「トロルとはどう戦えばいい?」
「戦ったことは無いけれど、大型の魔物と戦う要領は変わらない。とにかく足を狙って動きを止める。それから一撃離脱を繰り返してダメージを与え続ければ良い。」
「私たち二人で出来る?」
エルは私の目をじっと見た。
「行くのか?」
私はコクリと頷いた。依頼の内容はマリエラ様の護衛だけれど、だから私たちの使命は彼女の命を守る事。そしてトロルをこの円陣に近づけなければ、マリエラ様が生き残れる確率はより高くなる。
「倒せなくても良いから、せめてトロルを足止めしよう。」
そして私は団長の前に歩み出た。
***
私たちは気配を消し、体を低くして街道脇の森を走る。団長の許可を得て、私たち二人でトロルを足止めする事になった。残った兵士たちは円陣で迎え撃ちながら、トロルとは反対の後方に離脱する事を目指す。
「ゴブリンだ。」
エルはその場で木の陰に隠れ、私もその後ろに身を隠した。覗き見ると、驚いたことに百を超えるゴブリンたちが隊列を組んで街道を進んでいる。その中にオーガの姿も見えて、彼らもゴブリンの歩みに足並みをそろえていた。
彼らがこんな統率の取れた動きをするのを始めてみた。これが魔物使いの能力なのだろうか。
その魔物使いは近くに潜んでいるはずだけれど、その姿も気配もまだ見つけられていない。でも今はトロルを止める事が先決だ。
「ゴブリンたちの数が思った以上に多い。トロルを動けなくしたら、俺たちも円陣の救援に向かおう。」
エルが耳元で囁いた。
彼らに気づかれないよう気配を消して最後尾のゴブリンをやり過ごし、さらに街道に沿って森の中を進んだところで足を止めた。
街道の先から、重いものを引きずる音が近づいて来る。そして、やがて巨大な影が街道に姿を見せた。
トロルだ。
周りの木々に並ぶ上背で、腕はその幹ほどに太い。手には巨大な棍棒が握られていて、さっきから聞こえたのはそれを引きずって歩く音だった。でもその巨体の割には足音はせず、身体能力の高さを伺わせた。
トロルが私たちの目の前に差し掛かった。
直後、私たち二人は街道に飛び出し、トロルの手前の足を狙った。エルは前に、私は後ろに走り込んで緑と青の斬撃を同時に前後から打ち込んだ。
エルの斬撃が皮膚を裂き膝皿の骨を砕き、私の斬撃が関節の骨を粉砕すると、トロルは悲鳴をあげながらがくりと体を落として片膝を突いた。
でも直後、頭上にものすごい風圧を感じて急いで後ろに飛び退くと、地響きと共に立っていた場所が穿たれて土煙が上がった。トロルは上半身を捻って、真後ろにいた私に向けて巨大な棍棒を振り下ろしたのだ。
続けて棍棒を地面スレスレに横薙いで目の前のエルを吹き飛ばそうとした。エルは飛び退いてそれを避け、ギリギリで躱した。
片足の膝を折られ跪いた状態でも、怪力に任せて怒涛の攻撃を繰り出して私たちの接近を許さない。でも私たちの目的は、トロルを動けなくしてマリエラ様を守る円陣の攻撃に加わらせない事だ。この状態なら目的は達せられた。ここを離脱して円陣の援護に回ろう。
でもエルが距離を取ろうと後退すると、トロルは彼をめがけて片足で飛び上がり、両手で持った棍棒を宙で振りかぶってそのまま地面に叩きつけた。
エルは横に飛び退いて直撃を避けたけれど、その風圧で吹き飛ばされて街道脇の木に叩きつけられた。
木の根元で蹲る彼をトロルの目が捉えている。
”エルが危ない!”
注意を逸らすために私はトロルめがけて走り出した。
その時・・・
何かにぶつかって行く手を阻まれた。何が起こったか混乱しながら顔を上げると、目の前に男が立っていて、その肩を緋色のマントが覆っていた。
そうだ。この男はさっきからずっと視野の中にいた。でも何故かそれが意識に上がって来ず、男の事を認識出来なかった。それが上級魔術師の隠蔽魔法の効果なんだ。そう理解したとき脇腹に違和感を覚えて、手で触れたら生暖かった。
”血だ”
私の脇腹に短刀が刺さっていた。男に刺されたのだ。
その時、冷酷な笑みを浮かべて私を見下ろしていた男の顔が更に残酷に歪み、脇腹に刺さる短刀を捻って勢いよく引き抜いた。
あぁっ・・・
引き抜かれた短刀の跡から血が飛び散り、身を貫くような激痛が走って思わず悲鳴をあげた。そして私はその場に倒れ込んだ。
「リズ!!」
エルの鋭い叫び声が聞こえた。でも直後にトロルの棍棒が打ち下ろされる音がした。
脇腹を押さえる指の間から暖かな血が漏れ続ける。呼吸をするたび鋭い痛みが走り、短く浅い呼吸しかできない。
痛い・・・痛すぎて体を動かせられない・・・
苦しい・・・深く呼吸できず息が足りない・・・水の中でずっと溺れているみたい・・・
それでもエルの無事を確かめたくて、激痛に体を震わせ、うめき声を上げながら顎を上げたけれど、街道には土煙が立って何も見えない。
でもその中に緑に光る魔法陣を見つけて安堵した。良かった、エルは生きている。
エルが放つ禍々しい殺気が辺りの空気を凍り付かせる。私に注意を向けさせないようトロルの意識を一身に集めているのだ。そして夜闇の中を緑の斬撃が舞うように走る。既に片足を砕かれたトロルを無力化して私の救援に向かうつもりの様だ。
”でもだめだよ・・・”
エルに伝えなければ。
”罠だから・・・来たらだめ・・・”
あの男は私を即死させず囮に使った。身動きが取れない程の痛みを与え、苦しませ、エルが助けに来るように仕向けたんだ。
”魔物使いが・・・気配を消して・・・待ち構えてる”
あの男の姿はもう見えない。また隠蔽の魔法を使ったようだ。そしてエルが助けに来たところに忍び寄って、あの短刀で刺し殺すつもりだ。体を貫くような激痛の中、それを伝えたくて口を開くけれど、ハァハァという短い呼吸の音しか出て来ない。
そのまま、地に横たわり身を縮めながら、エルとトロルが戦う音を聞いていた。
でも暫くすると、つい今しがたまでの激痛が嘘のように無くなっている事に気が付いた。戦いの音もどこか遠くの出来事のように感じて、眠たくなり、やがて目を開けていられず瞼がゆっくり閉じて闇に包まれた。
”死ぬのかな・・・”
闇の中でそう思った。
こういう場面を今まで何通りも想像してきたけれど、でもそのどれとも違って、今は思いがけず静かで穏やかで、すこしも怖く無かった。
このまま静かに眠るように死ねるなら、それも良いかもしれない、そう思えた。
そう思った途端、エルの悲しそうな顔が思い浮かんだ。
”エルはどうしよう・・・一人残されて、上手に生きていけるだろうか・・・”
穏やかだった心に不安が湧き上がった。
”・・・もうエルと会えなくなるのか”
でもそれは嫌だと強く思った。すると目の前の闇の中で小さな灯が点り、その光に照らされてアンナの顔が浮かび上がった。
”怪我で命を落とすのは血が廻らなくなるからだ”
闇に浮かぶアンナはそう教えてくれる。そう。血は脇腹からこぼれ続け、やがて体を廻らなくなって私は死ぬ。
”でも怪我は治癒魔法で直すことができるんだよ”
そうだった。魔法で怪我を直せるんだったね。それならこれも直せるのかな?
”そのために、気力の正しい経路を捉えなければいけない”
そう。アンナにそう言われて、瞑想しながら訓練したね。でも時間が足りなくて、今はまだそれが上手く出来ない。
けれど・・・
ここでエルと別れるなんて嫌だ。ずっと二人きりで生きてきたのに、エルを一人ぼっちにしたくない。エルと一緒にいたい。もっと一緒の時間を過ごしたい。
だから絶対に気の流れを見なければいけない。
その強い想いに突き動かされ、暗く深い海の底から藻掻くようにして意識を取り戻し、ゆっくりと目を開けた。
すると目の前に投げ出された私の腕が青く光っているのが見えた。そしてそれが気の流れなのだと分かった。
意識を巡らしたら、体をめぐる気の流れが視えた。
驚きはしなかった。だってエルと一緒に居たいから、それを見ると決めたんだ。だから視えて当たり前だ、何の疑いも無くそう思えた。
体を巡る気の経路は、太いものから微細なものまで様々だったけれど、体の隅々まで通っていて、しかもどんなに細いものでも必ず他と繋がっていた。
でもそれが途切れている場所があった。
私のお腹の中に、気の流れが集まっている場所があって、そこを貫く線に沿って流れが途切れていた。それは美しく無くて、正しく無かった。
治癒魔法で直せるという、闇に浮かんだアンナの夢幻が教えてくれたことを思い出し、そこで母さんに習った治癒魔法の魔法陣を思い浮かべた。それは複雑だけれど美しく、だから正確に覚えているし、その構築だって簡単に出来る。
ローブの下に隠れて傷口を押さえる手が、密やかに白く光った。
***
名前を呼ぶ声で目が覚めた。エルの声だ。
私は仰向けに横たわっていて、細い月と、いくつかの星が申し訳程度に光を放つ暗い夜空を眺めていた。
意識が混濁していて、今がどういう状況なのか良くわからない。
ささやかに夜風が立ったらお腹が冷たかった。シャツのボタンが外されてお腹をはだけているようで、その肌をエルの暖かな手が擦るからくすぐったかった。
エルが今にも泣き出しそうな顔をして私の顔を覗き込んだ。
”無事で良かった・・・”
その顔を見たら、何故かホッとして涙が滲んできた。
でもその直後、水の中を泡がせり上がるようにして全てを思い出した。ここに来てはいけない。
エルの後ろに魔物使いが居るのが分かった。男のマントは返り血を浴びていたから、それに含まれていた青い気力が僅かに光って視えて、それで男の事を認識することが出来た。
でもエルはその存在を知らない。
体に力が入らない。声が出せない。男は音も無くエルの背後に忍び寄ると、密かにその背後に立って両手でつかんだ短刀をゆっくりと振り上げ、そしてそれをエルの背中をめがけて思い切り振り下ろした。
でもその短刀は空しく地面を穿った。
男が短刀を振り下ろしたとき、エルは咄嗟に横に転がり退いたのだ。
男が短刀を振り下ろそうとしたとき、エルを包み込む緑の気力が視えた。
”避けて!!”
動かない体のまま、それに向かって夜のしじまを切り裂く悲鳴のように鋭く強く念じると、その思いを理解したのか、エルは辛うじてその凶刃を避けてくれた。
それから、エルはそのまま飛びつくようにして短剣を突き出した。
「ぐふっ・・・」
するとくぐもった声がして、エルは彼の短剣が魔物使いの首を横から刺し貫いているのを知った。隠蔽魔法が解除されたのだ。
エルは魔物使いの首を貫く短剣を呆然と見つめていたけれど、男がその短剣を引き抜かせまいと、横目で睨み付けながら両手でエルの腕を掴んた。それで我に返ったエルが、男の力ない抵抗を振り切って思い切り短剣を引き抜くと、魔物使いの男は首から勢いよく血を噴き出してその場で絶命した。




