第二十三話 城代様(2)
これまで書きなぐったものを垂れ流していましたが・・・いずれ機会があれば再編したいと思います。一旦、検索対象から外しました(汗
これまで読んでいただけた方が居られましたら、大変申し訳ありません。書いた分だけは投稿いたします。ありがとうございました。
「城代様」
その時、後ろの闇から年配の男性の声がして、男は急いで私から体を離すと、その闇に向かって明るい声で話しかけた。
「ルーファス!もう見つけたか。早かったな!」
すると執事服を着た白髪の老人が明りの中に入って来た。
「ローゼンハイム嬢様がお一人でお待ちになっておられますぞ。今すぐお戻りください。」
ローゼンハイム嬢というのはマリエラ様の事か?
「あぁ、あの女か。あれはいい女だな。利発だし可愛げもある。俺の好みの女だ。だがルーファスよ、いい女が目の前にいるというのに、お預けを食らって悶々とする俺の身にもなってみよ。何せあの女は・・・」
「城代様」
ルーファスと呼ばれた老人は、そこで話を鋭く遮ると私を見た。
「警備の者か?」
私が頷くと
「下がれ。」
低い声で言った。私は礼をして急いでその場を去ったけれど、後ろでは城代と呼ばれたあの男が、よく通る声で続きを話している。
「・・・そんな俺を見かねたこちらの淑女がな、我が身を慰めてくれると仰るでは無いか!だから素直にそのご好意にあずかろうとしていたのだ・・・」
そのまま闇の中を歩くうち、男の声は大分遠くなった。そして手がブルブル震えているのに気がついた。
さっきの男の顔を思い出すと心底怖かった。あれほどあからさまに、無遠慮に欲望を見せつけた、あの男の人となりが恐ろしく、そしておそらく、それが許される身分を持っているであろうことが、何よりも怖かった。
下がれと言われたけれど、持ち場以外に居場所もなくて、真っ暗な庭園の中に立って暫く時間をつぶした。
手の震えがおさまった頃に通用口に戻ったけれど、もうさっきの人たちは居なくなっていて、そのまま持ち場で警備を続けた。
それからしばらくして、胸に紋章を抱えた鎧の兵士が呼びに来て、ローゼンハイム嬢がもうすぐ帰ると教えてくれた。
***
帰りの馬車は、団長が騎馬で側を守り、エルは御者台で護衛に当たった。馬車の中は私とマリエラ様の二人になった。
「屋敷の警備は問題なかった?」
私は、何も問題ありませんでしたと答えた。
城代と呼ばれたあの男のことは話せない。夜会の間にマリエラ様と接触もあったようだから、下手なことは絶対に言えないし、言える身分でもない。
「夕飯もまだよね。あなた達の分は屋敷で用意してあるから、申し訳ないけどそれまで待ってね。それからもう遅いから、今日も家に泊まって行ってちょうだい。」
私たちの素性を知りながら気遣ってくれる彼女の言葉が、素直に有難かった。
マリエラ様は今日のことを語り出した。
「夜会はね、おまけみたいなものなの。本命はその前に行われた昼間の会談。家業のことについて、城主の息子と話し合いの場を持ったのよ。」
城主の息子?・・・さっきの城代と呼ばれた男の執事は、マリエラ様を待たせていると言っていた。彼女と昼間に会談して、そのまま一緒に夜会にも参加した?
「その方は、城代様ですか?」
「えぇ、そうよ。城主代理、つまり次の城主ね。」
さっきの男は城主の息子で、次期城主の貴族だった。そうすると、マリエラ様との関係が心配になった。あの男と深く付き合ったりしたら必ず不幸になる。あれは、きっと悪人だ。
「まぁ・・・はっきり言ってクズね。どうしようもない女好き。」
それを聞いて、マリエラ様ほどの賢い女性なら、ちゃんと分かっているんだとホッとした。
でもあの男が言いかけた言葉が気になった。執事が止めなかったら、彼はマリエラ様を何だと言ったのだろう?
「でも家業のためには、あの男は味方につけておきたいのよね。つまらない話だけれど。」
そういって窓の外を見た。その表情は今日の昼過ぎ、夜会のお屋敷に向かうときに時折見せたものと同じだった。
馬車が夜の闇を駆けているからだろうか?重苦しい想いに占められた心が垣間見えた気がして、彼女のその一瞬の佇まいがとても危ういものに見えた。
「そうそう、城主の息子といえばね、ねぇ、あなた知ってる?」
マリエラ様は気を取り直したかのように明るい表情になって、今回の夜会で仕入れた珍しい話を、無邪気な笑顔で教えてくれた。
「あの男ね、前の竜の襲撃の時に、その竜を撃退したそうなの。」
“竜?・・・撃退?・・・何のこと?”
意味が分からず彼女の顔をじっと見返した。四年前に厄災の竜がこの街を襲ったけれど、その他の竜にも襲撃を受けていたんだっけ?
「四年前に、古竜が・・・あの男はスプーニルと言っていたけど、その竜がこの街を襲ったでしょ?街の南西部が壊滅的な被害を受けたあの襲撃。そのとき、あの男が竜と戦って街から追い出したんですって。」
私の顔から血の気が失せ、表情が凍りつくのが自分でも良く分かった。
「そのときの武勇伝も聞かせてくれたわ。竜が城壁を超えて街に侵入した後、戦いを挑む者は誰も居なくて、だからあの男が、この街を救うために死を覚悟しながら、たった一人で竜に切り込んだそうなの。まるで初代の城主様のようじゃない?」
楽し気に話す彼女に今の私の顔を見られたくない。咄嗟に、彼女が座る座席と反対の窓に顔を向けた。でもマリエラ様はそんな私には気づかない。
「竜を撃退した時の話もしてくれたわ。女好きのクズだけど、勇気だけはあるようね。英雄は女好き、という言葉を地で行く感じかしら?あの男、顔はまあ良いのよね。それに・・・」
彼女はまだ話を続けるけれど、その言葉は頭に入ってこなかった。さっきは、彼女があの男に好意を持っていたら大変だと心配していたけれど、今はもうどうでもよかった。
厄災の竜を撃退した・・・その言葉を何度も心の中で唱えて、ようやくその意味が理解できた。
”あの男が竜を撃退した。父さんと母さんの代わりに・・・”
動悸が激しくなって、息が苦しくなり、手先が痺れて感覚が無くなった。でもその意味を理解した途端、今度は別の感情が心を占めた。
”あの男が竜を撃退した?本当に?本当にあの男が?”
とても信じられなかった。
さっき通用口で出会った男、その気配からは、血の残り香も、鎧の鉄臭さも、それどころか剣の雰囲気すらも感じ取れなかった。その気配はただ、酒と、汗と、肉欲にまみれていた。
あの襲撃の後、剣を振るうのを全くやめてしまったのかもしれない。でも例えそうだとしても、竜を一人で撃退するほどの強者が、たとえこの四年、剣と無縁に過ごしたからといって、一切をあそこまで忘れられるだろうか?
真っ黒な窓を見ながら、私はその疑問に囚われていて、マリエラ様の手前、表情を仮面のように固めてはいたけれど、頭も心も酷く混乱していた。
「今の城主様はもうお歳だから城主の座を譲りたかったのでしょうけれど、そんな折にご子息がちょうど武勲を立てて、さぞ喜んだでしょうね。実際そのおかげで、城壁の守備隊長だったのが城代まで出世できたんだから。」
馬車の中であの男のことを考えていて心ここにあらずだったから、そのときマリエラ様が、私の反応を伺うような視線を向けていた気もするけれど、正確なことは今となってはもう分からない。




