第二十話 重来(1)
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あれからアンナとはギルドホールで毎日顔を合わせるようになった。朝、ラシーさんの手が空くまで待ってから鉄屑を売って、それから地下へ行こうとするとアンナが長机に座っている。そこで挨拶を交わして、その前に座って世話話をする。
アンナのサポーターとして森に行ったときは、彼女に気を許せず終始緊張していたけれど、その後で道具屋や食堂に連れて行ってもらって少し打ち解けた。でも、普通に入り口から入って買い物なんてしたことが無かったから、結局道具屋ではただ見るだけで終わってしまったけれど。
でもそれ以来、彼女に対しては大分口が軽くなっていた。でもそうやってアンナと会話を交わしている間、私たちを盗み見る視線を感じて少し居心地が悪かった。
今日もいつものように扉の脇に鉄屑の籠を置いて、ラシーさんの前の列がなくなるのを待っていた。籠の横に座ると、見習いとわかるように識別標を胸の前にぶら下げて、それからアンナの言いつけを守ってフードを外すようにしていた。すると通り過ぎる冒険者がみな私たちに目を遣るようになったけれど、それでも誰も声を掛けてはこなかった。でも今日は若い冒険者三人が私たちの前に立った。
「なぁ、君たち試験でフレイムスライムを倒したっていう見習いだろ?」
私は籠の横に蹲りながらその三人の顔を見上げた。彼らは革鎧を身に着け、腰に長剣を佩いていた。話しかけて来た真ん中の冒険者の胸当ては、鉄鋲が打たれてはいたけれど、以前あの防具屋で可愛いと思った鎧と同じ若草色だった。羨ましくて思わず見つめていると、首から下がる紫色の識別標が目に入った。彼はEランクの冒険者のようだ。そして両隣の二人はFランクを表す緑のプレートを下げていた。
三人とも剣士だけれどパーティーなんだろうか?アンナ程の凄腕が希少なのは勿論としても、全体的に魔術師は数が少なく、さらに治癒や回復魔法が使える神官は更に少ない。だから駆け出しの頃は前衛だけでパーティーを組むことも多いとラシーさんに教えてもらった。FやEランクが受注できる討伐依頼で対象となる魔物なら、後衛の支援なしの構成でもなんとかなるらしい。
「何の用?」
素っ気なく答えると、話しかけて来た男は親し気な柔らかい笑みを浮かべた。若草の鎧を見つめていたのを、なんだか別な意味に捉えているみたいだ。
「いつも下の鍛練場で二人で模擬戦をしてるだろ?それを見て戦ってみたいと思ってたんだ。」
それから屈んで両手を膝につけて、私の顔を覗き込んできた。
「どうだ?俺たちとちょっと手合わせしてくれないか?」
サラサラの金髪に、澄んだ琥珀色の瞳、優しく微笑みかける口元からは白い八重歯が覗いていた。きっとこの人の顔は美しいと言われるんだろう。
「模擬戦をしたいの?」
男は相変わらず微笑みながら頷く。
「いいけど・・・」
それからラシーさんの前の冒険者たちの行列をチラリと見た。
「受付が空くまで待ってるの。この籠の資材も売らないといけないし。それが終わるまで待ってもらえる?」
すると男は困ったような顔をした。
「うーん・・・遅くなると鍛錬場が埋まってしまうな。それに俺たち、この後、依頼をこなしに行かないといけないんだ。できれば今からすぐに下に行って模擬戦をしてもらえると嬉しいんだけど。」
私が隣の籠に目を遣ると
「そうだ。そのゴミは隣の彼氏に見ていてもらって、その間に君と一戦交えるっていうのはどうだろう?」
でもついゴミと言ってしまった事に気づいたようで”しまった”という顔をしたけれど、それには気づかないふりをしてあげた。
「いいわ。じゃあエル、これ見ててくれる?」
そう言ってエルを見ると、じっと私を見つめて来たので短く頷いてから立ち上がった。
前を歩く三人の後ろを歩きながら
「どういう形式で模擬戦をするの?」
話しかけたけれど誰も答えてくれない。
「一対一?それとも三対一?」
「そりゃ一対一だ。いくら君でも三人を相手には出来ないだろ?」
金髪の男が振り向いておざなりに言ったけれど、それから口を開くことは無かった。
地下室にはまだ誰もおらず、私は彼らに促されて中鍛錬場の板壁の中に入った。ここは以前、認定試験でフレイムスライムたちと戦った場所だ。鍛錬場の中心で振り返ったけれど、三人は誰も中に入って来ず、入り口を塞ぐようにして立っているばかりだった。
「始めないの?」
「あぁ、ちょっと準備をするから待っててくれ。」
そうは言うけれど、剣を抜くでも装備を確認する訳でもなく、ただ立っているだけで何か準備しているようには見えない。
すると、地下室の入り口から若い冒険者たちがゾロゾロと入ってきた。その中にはこの間、ギルドハウスの前で私たちを遠巻きに囲んでいた冒険者の顔もあったし、相変わらず立派な鉄鎧を着たカイエンの姿も見えた。
「さすがヴェルテだ。上手くおびき寄せたようだな。」
鍛錬場の入り口まで来ると、カイエンが金髪の男に声をかけた。
「この色男が声をかければどんな女だって思い通りに付いて来るさ。」
ヴェルテと呼ばれた金髪男の仲間が得意げに答えると、彼自身も誇らしげに微笑んだ。すると周りの男たちはにやけた顔を私に向けた。
でも、それを見ても何も驚かなかった。
彼が声をかけてきたときから何か企んでいるのは分かっていたし、先日のプレートアーマーを着た剣士の仲間に何か仕掛けられるというのも分かっていた。それに彼らを率いるのがカイエンであることも何となく分かっていた。
彼は良家の出らしいから、この間の剣士の鎧も彼が用意したのだろう。実際、今も鍛錬場の前に屯っている冒険者の中には、同じプレートアーマーを着ている剣士が三人いた。彼らはバケツのような兜をかぶってちゃんと首も保護していた。
”・・・そういえば、この間の剣士はここに居ないけど、アンナにやられた傷がまだ癒えてないのかな?”
そのアンナと言えば、さっき彼らは資材の売却を待たずに急いで私を鍛錬場に誘ったけれど、きっと彼女が来る前に連れて行こうとしていたんだ。資材を売った後のタイミングでは、いつもアンナはギルドホールに来ていたから。
私はこうした事を諸々分かった上で、アンナがくれた言葉通り、悪意に対し精一杯手向かってやろうと敢えて誘いに乗ったのだ。
でも、私がヴェルテとかいう男に絆されて誘いに乗ったと思われているのは心外だった。色男とは言うけれど、顔はエルの方が遥かに奇麗だ。気配もひ弱そうで、これでどうやってFランクからEまで上がれたのか不思議だった。その強さをエルと比べること自体が烏滸がましい。
何か言い返してやろうと思ったのだけれど、こんなに沢山の前で啖呵を切った事など無くて、何を言ったらいいかわからず口ごもっているうち、十人程の冒険者たちが中に入ってきて剣を抜いた。その中にはプレートアーマーの三人もいて、その他の男たちも皆、革の重装鎧を装備していた。片手剣の軽い攻撃を無効化する対策を施しているつもりのようだ。




