第十九話 野営(2)
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私たちはアンナの言いつけ通り、葉を一枚だけ摘んではそれを収納袋にいれる作業を無心にこなしていった。
湿地の中にはとても摘み尽くせない程の草が密生していたけれど、手の届く範囲の葉を摘んでは移動して、また摘んでは移動してを延々と繰り返した。
どのくらい時間が経っただろう?
「リズ、あんた・・・何やってるんだい?」
無心で葉を採取していたから気が付かなかったけれど、顔を上げるといつの間にかアンナが戻って来ていた。辺りは真っ暗になっていて、彼女が手にした魔術杖の先には魔法で明るい光球が灯されていた。
「あれからずっと採取してたのかい?」
「うん。でも私たち夜目が効くから、まだできるよ。」
「その収納袋、ちょっと貸してみな。」
受け取った袋の中に手を入れると
「・・・ありがとう、頑張ってくれたね。もう十分だ。作業は終わりにしよう。ところでエルはどこ行った?」
呼びかけると、エルも大分離れた所で採取を続けていた。
そのまま、湿地から出たところで焚火を起こし、夕食をとって野営する事になった。質素な夕飯で悪いね、とアンナは言うのだけれど、干し肉もあるし、クラッカーはサクサクだし、とても贅沢な食事だと思った。その事を口にはしなかったけれど。
アンナが見張りをしてくれるというので、私たちは休ませてもらうことにした。
二人並んで木にもたれかかり、ローブの前を開いてエルの体に抱き付くと、その上をエルもローブで覆って私を抱きかかえてくれた。そしてエルの肩に顔を埋めながら暫くモゾモゾと顔を動かしてしっくり来る位置を探した。
「あんた達・・・何してるんだい?」
私たちの様子を見たアンナが、焚火の向こうで唖然とした顔を向けていた。
「・・・寝る準備。」
そのアンナに不思議そうな顔を返した。
「寝るって、いつもそんな風にして寝てるのかい?」
私は、うん、と頷いた。
今の季節でも、朝方になると気温はぐっと下がるから、一人で寝ていると寒くて風邪をひくし、冬場だったら最悪凍死してしまう。だから今まで、狩りで野営をする時はこうして二人で温め合って眠るのが常だった。そう説明すると
「それなら魔道具の懐炉でも使えばいいじゃないか。使い捨てなら銅貨五枚だろ?」
「そんな高価なもの買えない。」
「銅貨五枚が?」
アンナが驚いた顔をするので私も驚いてしまった。銅貨五枚といったら北部の頃の一日の稼ぎと同じ額だ。でもきっと、当たり前のように極貧の生活を受け入れて来たから、金銭感覚は大分ずれているのだろう。そう思ったら、なんだかとても恥ずかしく思えた。
「あんた達には、本当に色々教えてやらないといけないね・・・」
焚火の火を見つめながら、苦い顔をしてアンナがぼそりと呟いた。
***
次の日、野営地を未明に出立してギルドハウスには朝遅い時間に戻って来た。受付の前の行列は大方無くなっていて、そのままラシーさんの所へ三人で報告に行った。
「これは・・・すごいですね。」
エルが背嚢から特大の魔石を取り出すと、ラシーさんは言葉を失くしていた。
「ウォーグウルフですか・・・でも魔石がこの大きさという事は、この固体、もう少しで最上位のヘルウルフへ進化するところだったんじゃないでしょうか?」
確かに、今回のボスは今までで一番硬くて手ごわかった。
「ウォーグウルフ単体で危険度はDクラス、それにフォレストウルフ五匹ですと、群れの規模的にCクラスになるでしょうね。ちなみにヘルウルフなら単体で危険度はBクラスです。これ、三人で倒したんですか?」
「いや、私はただ見てただけだよ。これはこの子達だけで倒した。全く危なげ無かったね。」
そう言うと、ラシーさんは目を丸くして驚いていたけれど
「やっぱりあなた達、お強いですね。」
そう言って嬉しそうに笑った。でも私は複雑な気分だった。
恩寵の力を使っても、私たちは魔狼のボスの皮膚を破ることが出来なかった。例え今回のボスがBクラスに近い個体だったとしても、その皮膚はきっと竜の鱗ほど硬くないはずだ。
通常の竜が危険度A、厄災竜のような古竜に至っては危険度はS。つまり、私たちの刃は厄災竜まで全く届いていない。
”この人に色々教えてもらったら、もっと強くなれるだろうか。”
心の中でそう思いながら、隣のアンナの横顔を仰ぎ見た。
ギルドに魔石を買い取ってもらい、それから窪地で採取した葉の一部も一緒に買い取ってもらった。昨日私たちが摘んだ葉は、アンナが想定していた量を大幅に上回っていたそうで、私の収納袋の中身を丸々売りに出した。
ラシーさんがカウンターに揃えてくれたお金は金貨十五枚にもなった。こんな大金、今まで見たことも無かったけれど、ウォーグウルフの魔石が特に高額だったらしい。
「私の取り分はこれでいいよ。あとはあんた達の物だ。」
カウンターに並べられた金貨の山から一枚抜くと、そこから更に二枚取って私とエルに一枚づつ渡した。
「手持ちに必要な金を残して、あとはギルドに預けたらいい。この子達の口座は出来てるんだよね?」
「はい、ちゃんと用意しておきました。」
ギルドでは口座を開いてお金を預けることが出来る。だから高額な依頼報酬を手にしても、当面必要なお金以外はその口座に預けるのが普通なのだそうだ。確かに、荒事に慣れた冒険者とはいえ、大金を持ち歩くのは物騒だ。
その代わり、ギルドと提携しているお店なら、識別標の番号を見せるだけで買い物が出来て、代金は後でギルドの口座から引き落とされる。
「この金はケチらずに使いな。必要なものは躊躇わずに買う。まずは基本的な道具類を一式揃えるんだね。あとで道具屋を案内してやるよ。それから食事だ。昨日クラッカーを喜んで食べてたけど、あんた達、普段ろくなものを食べてないね?」
昨日の”豪華”な夕食の事もちゃんと見破られていた・・・
「冒険者は体が資本だし、それにあんた達は育ち盛りだ。ちゃんと食べな。道具屋の後、食堂に連れてくからね。」
そうしてまたラシーさんに見送られながら、私たちはアンナの後を追って、今度は街へと歩いて行った。




