第十九話 野営(1)
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「驚いたね。本当にコイツを倒しちまうとは・・・」
すぐ後ろからアンナの声がした。隠蔽の魔法を自身に使っていたようで、そこにいることに全く気付かなかった。
「あんた達は姉と弟だったね。今みたいな神がかった連携が取れるのは、やっぱり血の繋がりのおかげなんだろうか・・・」
答えを求めるでもなく独りごちたのは、今朝からの私たちの対応を見て、聞いても答えが返ってこないと達観したのだろうか?実際、アンナのその言葉を聞いても、私とエルは黙ってお互い顔を見合わせただけだった。
アンナは私の頬から滴る血を見ると
「血が出てる。傷を見せてみな。」
そう言ってマスクを外させた。その私の素顔をじっと見てから小さなため息を吐くと
「アンタみたいな娘が顔に傷を作っちゃダメだろ。」
そして指で頬にそっと触れた。すると白い魔法陣が現れて、何か温かなものに優しく撫でられたような感触がしたら、小石につけられた傷が跡形もなく消えていた。アンナは治癒魔法を使って傷を治してくれたようだ。
朝からの短い時間に、彼女は、火、水、雷の魔法を使い、その上に神官しか使えないはずの光魔法まで使って見せた。一体この人はどれだけ凄い力量を持った魔術師なんだろう。
「さあ、それじゃ戦利品を取っておいで。」
そう言って傍らのボスの躯を顎で指した。でも私とエルは顔を見合わせた。
「大物を倒したら、あとは魔石の回収だろ?」
首を傾げながら言うのだけれど、それに私も首を傾けて答えた。
「なんだい?魔石の回収をしたことが無い訳じゃないだろ?」
「・・・」
「・・・まさか、無いのかい?何で?売ればいい金になるだろ。」
心底不思議そうな顔で問われた。
「私たちが売りに行っても買い取ってもらえない。何処かで盗んだと思われて、相手をしてもらえないの。だから、いつも魔石は回収しない。」
そう答えると、アンナは何か言おうと口を開いたけれど、それを飲み込んでから気を取り直したように改めて口を開いた。
「そうかい。でも今回は回収しな。売る時に私が立ち会ってあげるから。」
そう言って解体用のナイフを貸してくれた。
アンナが教えてくれた通り、前足の付け根の内側は皮膚が柔らかくなっていて、仰向けに倒して刀を入れると簡単に破くことが出来た。現れた白く太い肋骨を砕いて、そこからシャツをたくし上げた腕を入れると、心臓のすぐ隣に大きな石が埋まっているのが分かった。石に纏わる微細な血管を引きちぎりながら、両手を突っ込んで四苦八苦しながらそれを取り出した。
ウォーグウルフの魔石。
その半透明の石は、いっぱいに広げた私の手よりも大きくて、だいぶ西に陰った陽に透かすとルビーより鮮やかな赤い色をしていた。それはまさに、生々しい鮮血の色だった。
残りの魔狼全てからも魔石を取り出し、それを袋に入れてエルが胚嚢と一緒に背負ってくれた。
「そこに並びな。」
アンナの前に並ばされると白い魔法陣が二人の足元に現れた。私たちの両腕は魔狼の血糊に肘まで覆われていて、顔も返り血で真っ赤に汚れていた。それだけでなく、服も体も戦闘のときの汗や泥でドロドロに汚れていたけれど、その魔法陣の光に包まれるうちにそれらの汚れが嘘のように消えて無くなった。
浄化の魔法も光属性だっただろうか?
「余計な時間を取られちまった。さぁ、先を急ごう。」
多分高度な魔法を使ってくれたはずなのに、アンナは何でも無いことのように、そのまま獣道へと歩き出した。
***
やがて獣道は川から離れ森の中へと続き、更に進むとぽっかりと開けた場所に出た。ここが今回の目的地のようだ。
その場所は周りより少し低い窪地になっていて、木々が無く陽の光が直接差し込んでいた。土が水を多く含み湿地になっていて、その一面を鮮やかな緑の葉を持つ背の低い草が覆っていた。
一見、単なる湿生植物の群生地のように見えるけれど、そこに生える草の葉には強い魔力が蓄積されていて、枝分かれした細かな葉脈の先端にまで濃密な魔力が含まれていた。
「枯れてないか心配だったけど、寧ろ以前より育ってるね。」
ここには久しぶりに来たそうだけれど、以前より湿地の規模が大きくなり、生い茂る草の量も増えているそうだ。
「この湿地に流れ込む水には魔力が含まれてる。原因ははっきりしないけれどね。で、ここの草はその魔力を取り込んで葉に蓄積するんだ。だからこの葉を使えば高濃度の魔力水が出来る。そしてそれを元に高品質なポーションが作れるんだ。」
アンナは濡れないようにローブの裾を少し上げてその場に屈み、親指と人差し指で一枚の葉を摘まむと親指でその表面を撫でた。そしてそのまま指を滑らせて、葉の付け根を千切って摘み取った。私たちもアンナと同じ格好でその隣に屈み、葉を積む彼女の手元を見ていた。
「それぞれの株に葉が三枚ついているだろ?その内の一枚だけを摘んでおくれ。一枚だけだよ。二枚以上摘むとその株は枯れてしまうんだ。」
そう言って背嚢の中から間口の広い麻袋を取り出すと、それを私たちに一枚づつ渡した。
これは収納袋という、闇属性の空間魔法を応用した魔道具で、その中には袋の大きさよりも何倍もの量のアイテムが収納でき、しかも中では時間の経過が遅くなるので、草花や食料などの生ものを入れると劣化を大幅に遅らせることが出来るそうだ。
ギルドで借りて来たそうだけれど、見た目の粗末さに似合わぬ高性能でびっくりした。思わずそう口にすると
「これの値段を聞いたらもっとびっくりするよ。だから買う奴は居ない。みんなギルドで借りるんだ。」
摘んだ葉をその袋に入れておくれ、と私たちに仕事の内容を伝えると、アンナは立ち上がって空を仰ぎ、陽の位置を確かめた。
「途中で魔物に絡まれたりしたから大分遅くなった。今日はこの近くで野営だね。明日早く出て、朝のうちに街へ帰ろう。」
それから振り返り、窪地の更に南の森を指差した。
「私はここより奥に用がある。一人で行って来るけど、帰りは遅くなるかもしれない。疲れてるだろうから、あんた達は適当にここの草を摘んだら休んでもらっていい。背嚢に野営の道具が入ってるから火を起こしな。あと干し肉とクラッカーも入ってるから、それを夕食にしておくれ。」
そう言い残すと、彼女は一人森の中へ入って行った。




