第十八話 魔狼の群れ(3)
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でもその直前、背後で魔力が濃集するのを知ったエルは、体を捻り短剣で空を切って背後の地面に緑色の斬撃を飛ばした。それが魔法陣の一つを切って不発となり、炎の幕にわずかな隙間が出来た。
そして斬撃を飛ばすと同時に、エルは左手から鉄の礫を放り投げ、それを核として宙に緑の魔法陣を構築すると、その風の魔法陣を思い切り蹴って炎の緞帳の切れ目をすり抜けて行った。
追いかけても小賢しく逃げる目の前の敵に、ボスの怒りは爆炎のように燃え盛っていたけれど、さらに不思議な力でこの攻撃を避けたのを見て、警戒よりも一層の怒りを弾けさせて我を忘れた。
まだ宙にいる敵を噛み砕こうと、さらに前へ飛び出そうとしたその時、脳天に重い衝撃を受けてそのまま地面に頭を叩きつけられた。
完全に意識をエルに向けたボスの隣を、私は気配を消して追走していた。炎の幕が上がってエルがそれをすり抜けるのと同時に、私はボスの頭上へ跳躍し、青い魔法陣を纏うレイピアでその頭を突いた。
でもその皮膚は鋼のように固く、水魔法の突きでも破くことは出来なかった。
ボスは数歩後退し、並んで剣を構える私たちに向き直った。
魔物を怒らせて冷静さを失わせれば、直線的で単純な動きしかしなくなるから倒しやすい。でもこの巨大な上位種の魔物は、苛烈な戦闘の経験から己のその欠点を十分理解しているようで、我を失わせた激しい怒りは鳴りを潜め、一瞬で冷静さを取り戻していた。とても一筋縄ではいかない。
睨み合うエルは両手の短剣に緑の魔法陣を纏わせて、それを見せつけるようにしてボスの正面に走り出た。どんな魔法か分からないけれど、兎に角その発動を阻止しようと、ボスは牙を剥いてそれに応戦する。
でもその牙が届く間際でエルはさっと後退し、再度ボスの鼻頭に向けて踏み出す。それが繰り返され、侮るかのようなその動きにボスの怒りが沸々と湧き出でて、再度心を満たし出す。
そうして、ボスの意識がエルに囚われたのを見計らい、私は気配を殺して側面に回り込んだ。そのまま横から心臓を狙おうと踏み込んだ時、足元に魔法陣が仕込まれていて、それを踏み抜いた瞬間に地面が弾けだ。
土魔法の爆裂だ。
弾け飛ぶ土礫から咄嗟に顔を庇って後ろに飛びのいたけれど、小石が頬を切って血が滴り落ちた。
怒りで我を忘れかけながらも、エルが陽動である事を冷静に見抜いていたようだ。上位種だけあって魔法も多彩で戦い方も抜け目ない。
こちらは翻弄しつつ隙を作らせようとするけれど、老練な上位種の魔狼はそれに乗りきらない。そうして小競り合いのような状態が暫く続いた。
またしてもエルが陽動、私が本命の形を作り、でもそれを見切って魔狼が私に意識を向けた瞬間、その裏をかいてエルが側面に回り込むと、首に向かって緑の斬撃を飛ばした。
でもその風の斬撃は、弾かれて魔狼の鋼の皮膚を破くことが出来なかった。それを目の当たりにして私は思わず足を止めてしまった。
エルの戦闘力は、悔しいけれど私よりずっと上だと常々感じていた。俊敏性も、動きの精度も高く、私は少しでも彼に追いつこうと日々の鍛錬を続けて来た。気力の制御も、そしてそれを使った風魔法の錬度も高くて、特に風の斬撃は必殺だった。これまで、あの至近距離で飛ばした斬撃で切れないものを見たことが無かった。だからそれが簡単に弾かれてしまったのは衝撃だった。
そんな私の一瞬の隙を見逃すはずも無く、魔狼のボスは私の足を食いちぎりろうと、強襲して頭を低く突き出してきた。
それを辛うじて避けた私は、不用意にもボスの目の前の宙に飛びあがってしまった。
エルのような空を蹴る技を持たない私には、このまま放物線を描いて地が足に付くまで軌道を修正する術はない。それを察していたボスは、目の前の好機を見て心を歓喜に満たし、地にめり込むほどの力を前足に掛け、首を擡げて宙を飛ぶ私に喰いついた。
しかし直後響いたのは、私の肌が裂かれて血が撒き散らされる音でも、華奢な骨が噛み砕かれる音でもなく、ガコッ、という上歯と下歯が激しくぶつかる音だった。
宙で私は、レイピアを振るい青色の斬撃を空に向かって飛ばし、その反動で地面に叩きつけられていた。その衝撃を足のバネで凌いだ目の前には、宙にいた私を襲ったボスの喉が晒されていた。
空に斬撃を飛ばしたそのままに、上に掲げていた剣が青い魔法陣を纏う。
エルが、目の前の魔狼の喉の向こう、首の後ろから風の斬撃を飛ばそうとしているのが分かる。
二人気配を合わせ、各々の全力の一撃を、首の前後から同時に叩きつけた。
グギッ!!
魔狼の太い頚椎が、押しつぶされて砕ける鈍い音が響き、そしてその巨体が地面に崩れ落ちた。
その四肢をビクビクッと激しく痙攣させているからまだ命は辛うじて繋いでいるけれど、もう反撃の力は失っている。
やがて怒りに染まったその真っ赤な眼からゆっくりと光が失われると、魔狼のボスは動かなくなった。




