第十八話 魔狼の群れ(1)
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ギルドハウスを出立するとき、ラシーさんに小ぶりの背嚢を渡された。アンナがギルドに預けていた荷物で、食料と簡単な野営道具が入っているらしい。エルがそれを受け取って背中に背負ってくれた。
「頑張ってね。」
ラシーさんがギルドハウスの外まで見送りに来てくれて、私の顔を嬉しそうに覗き込みながら背中を擦ってくれた。私は微笑みを返して、うん、と小さく頷いた。
「アナベルさんも、この子達の事をよろしくお願いしますね。」
既に歩き出したアンナにラシーさんが声を張って言うと、彼女は頭の横で片手をひらひらと揺らして答えた。
私たちはその後を急いで追った。振り返るとラシーさんがまだ立っていて、私たちに手を振ってくれていた。
***
西の城門を出て、そのまましばらく森の中の街道を進んだ。
ここまでの道中、アンナはほとんど無言で、だから私たちも黙って彼女の後を歩いた。私たちに関心が無いのかと思ったけれど、時々そっと気配を探っては、私たちがちゃんと歩けているかを見てくれていた。
やがて、小ぶりな石造りのアーチ橋が架かる川に差し掛かった。
その短い橋には馬車が余裕で通れる程の道幅があり、足元はしっかりとした石畳で舗装されていた。でも両側の木々に日が遮られるからか、馬車の轍以外は薄汚く苔むしていた。
「街道はここまで。ここからしばらく川に沿って南に進むよ。」
私たちは橋を渡ってから街道を外れ、川辺の草むらに分け入った。アンナを先頭にそのまま腰ほどまである草をかき分けながら、川を左手に見て進むとやがて細い獣道に出た。私たちはそこを一列になって進んでゆく。
その獣道は森の中を川に沿って続く一本道で、隊列は先頭が私、次がアンナ、そして殿がエルに変わった。私は周りの魔物の気配を探りながら、レイピアで獣道に突き出す枝や蔓を払いながら進んだ。
所々で左手の木が途切れて、川辺の草むらとその先の川面が見えた。その川の流れは穏やかで、晴れ渡った空を映して青くのどかに煌めいていた。
お陽様が天頂を過ぎ、西に傾き始めた頃、アンナが道程の半ばあたりまで来たと教えてくれた。それから尚しばらく進んだところで、川と反対側の、私たちの右手の森の中で何かが動く気配がした。私が足を止めると
「何を見つけた?」
アンナが後ろから囁いた。
「体の大きな狼の魔物の群れ。」
「そうか。多分フォレストウルフだね。数は?」
「五匹・・・いや、六匹。奥に一匹すごく大きいのが居る。」
するとアンナはその表情を翳らせた。
「それが群れのボスだ。珍しいね、こんな浅い森にフォレストウルフの群れか。しかもボス持ちとはね・・・あんた達、フォレストウルフと戦ったことは?」
「その名前なのかは分からないけど、同じような魔物とは何度も戦ってる。」
するとアンナは、ほぅ、と言って目を細めた。
「それじゃ、どうする?逃げるか、それとも戦うかい?」
私は後ろのエルを見た。
「俺たちに気づいてるか?」
エルが囁きを返した。
「おや、あんたの声を初めて聴いたね。」
私が答える前にアンナが割り込んできたけれど、エルの冷たい目を返されて彼女は両手を広げた。
「もう気づかれてる。今はこちらの様子を伺ってるみたい。」
「じゃあ戦うしかない。二百 m戻ったところで川辺の草むらに出られる所があった。そこまで戻ろう。」
この獣道は応戦するには狭すぎるから少しでも広い川辺に出たい。でも魔狼は、私たちが彼らに気づいたと確信したら襲ってくるから、いきなり走り出す事はできない。今度はエルを先頭にして、今までより気持ち速足で来た道を戻った。そんな私たちを魔狼は密やかに追跡し続ける。
少し先に、獣道が殊更明るくなっている場所が見えた。そこで東側の木が途切れていて、その間を走れば川辺に出られる。
「合図したら、あそこから川まで一気に走れ。」
エルが囁きで指示を出した。するとアンナの周りで僅かに魔力が揺らぎ、私の体が軽くなった。身体強化の魔法をかけてくれたようだ。
その場所まであと五十m。
でも魔狼は私たちの動きに違和感を抱いたのか、さっきより獣道に大分近づいてきている。私はローブの中で密かにレイピアを抜いて囁いた。
「少し急ぎ足で行って。」
あと三十m。
獣道の西側、木々のすぐ裏で、三匹の魔狼が私たちと音もなく並走しだした。もう襲撃は近い。エルとアンナもその気配を感じているはず。
あと二十m。
「走れ!」
エルが叫び、私たちは獣道を全速力で駆けだした。
ガルゥ!
直後、バキバキッと小枝を踏み折る音と共に魔狼の唸り声が響いた。私たちの首を噛み砕こうと、三匹が一斉に獣道に飛び出したのだ。
狼の魔物。アンナが言うところのフォレストウルフ。
下手な刃なら弾いてしまう針のような灰色の体毛、全身を覆う隆々とした筋肉に、獣狼の倍以上もある巨躯。それでいて驚くほど俊敏な上、獲物を追跡中は隠蔽の魔法を使うからその足音を捉える事は出来ない。これは彼らが魔物であるが故の能力だ。
でも私たちは、直前に駆け出してその攻撃の間合いからかろうじて逃げ果せた。エルの合図が一秒遅れていたら攻撃をまともに受けていた。
初撃に失敗した魔狼たちは、獣道を一列に並んで私たちを追う。体の大きい彼らにとってもこの道は狭すぎる。
獣道の先に別の二匹の気配が見えた。そこで待ち伏せしているようだけれど、私たちはその前で川辺へ曲がる。良かった。
後ろから追いかけて来る魔狼の息遣いが背後に迫る。あの木々の切れ目に着く前に追いつかれそう。
川辺への道まであと五m。
その時、後の魔狼が私の背中に向けて飛び掛かった。
同時に私も前へ跳躍し、逆手のレイピアの柄頭に左手を添え、前を向いたまま思い切り後ろを突いた。
ギャンッ
背後で悲鳴が上がり、声の主が獣道から逸れたのが分かった。後ろ突きで目を狙ったけれど、刺さったのは鼻頭か?それでも追撃の勢いが一瞬衰えた。




