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鉄屑拾いの剣姫  作者: エビマヨ
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第二話 凶行(2)

毎週、月、水、金曜日の0時更新予定です。

 エルも籠を置いて立ち上がった。でも私は諦めきれない。


「エル、逃げるよ。ここは暗いから見えてない。大丈夫、逃げられるよ。」


「姉貴、やめとけ。」


「大丈夫だって。これ渡しちゃったらパン買えないよ。エル、お腹すいたでしょ?」


 私は急いで鉄屑が満載の籠を背負った。ここで買い取ってもらえなければお金は手に入らないのだけれど、後で戻ってきたら、ひょっとしたら別な査定官にでも買い取りをしてもらえるかもしれない。


 私たちはいつもここで得たお金で、近くの食堂の裏口で野菜と肉の切れ端を挟んだパンを売ってもらい、それで命を繋いでいる。


 でも私たちに売ってもらえるパンは普通の客には出せない屑の食材で、だからお金はまるまる店員たちのお小遣いになるらしい。そして私たちに供される以外のそのパンは、閉店後に店外のゴミ箱に捨てられる。


 だから店の外のゴミ箱を漁れば同じ食事に無料でありつけるのだけれど、それは公共のゴミ箱なので食材以外のゴミも捨てられるから、裏口で買えるものより不衛生になる。それに当然そこには競争が生じて、貧民同士、或いはそこに堕ちる手前の困窮者たちとの奪い合いになる。


 ここで資材を奪われてお金が手に入らなければ、空腹を我慢しながらお店が閉まる深夜まで待ってから食べ物を漁らなければならない。


 ゴミ箱はカビまみれの木板で作られた囲いの上に、金属の蓋が被せられただけの粗末なものだ。エルがライバルたちを牽制する中、その蓋を退けて囲いの中に入り、そして強烈な腐臭や汚物のような臭いを我慢しながらゴミをかき分けて残飯を探す。


 その惨めで淺ましい光景を想像しただけで、心が鉛のように重くなる。私は街灯の明かりが届かない暗闇を縫って、籠を背負ってここから逃げ出そうとした。その時


「おーい、おまえ、どこ行くんだぁ?」


 耳のすぐ横で声がして体が竦みあがった。黒マントの小男が、いつの間にか私の籠を捕まえている。普段なら気配を感じることができた筈なのに、今日は鍛錬で無理をして疲れていたのか、男の気配に全く気づかなかった。


「ほれ、お前もその荷物を置いて行け。」


 急いで籠を降ろすと、頭を下げてその場から立ち去ろうとした。


「・・・って、おまえ、そのまま行けるわけねぇだろ?」


 ローブの首根っこを掴まれ、ギルドハウスの入口に曳きたてられると、その場に乱暴に投げ転がされた。


「このガキ、荷物持って逃げようとしてたぜ。」


 顔を上げるとあの禿げ頭が目の前に仁王立ちしている。


「おいチビ。おまえ俺たちに対する感謝の気持ちが足りねぇようだなぁ。このギルドハウスがあるのは俺たちのおかげ。だからゴミを買い取ってもらえるのも俺たちのおかげ。だろ?」


 禿げ頭はローブの首を掴むと、体を持ち上げ無理やり私を立たせた。


「せっかくだからそこらへんの話をよ、ちょっとお前と話し合いたいなぁ~って思うんだ・・・この拳でなっ!」


 直後、私は頬に強い衝撃を受けた。殴られて体が吹き飛ばされたのが分かった。


”失敗した・・・”


 本当は拳が当たる直前、自分で体を後ろに飛ばしてその衝撃を殺そうと思っていた。でも足がもつれて上手くいかず、男の拳をまともに受けてしまった。


 意識が遠のく。視界が暗くなる。


”エルはどうしてる?”


 弟のことが頭に浮かんだ。


”あんたはそのまま帰って。やめろって言うのを聞かなかった私が悪いんだから・・・ここは自分で・・・何とかするから・・・”


 闇に沈みつつあったところを無理やり這い上がり、意識を取り戻した。頬が焼けるように痛み、頭がふらつき体が思うように動かない。でも何とか体は起こせた。早くここから逃げなければ・・・


「おっ?おい、あれ!」


「おぅ、おぉ!」


「ゲハハ・・・これは拾いもんか?」


 男たちの騒ぎ声が聞こえる。何の話?・・・


 ハッとして、顔を覆い隠していたフードを探す。


 無い・・・無い・・・殴られたはずみでフードがはだけたんだ。ギルドハウスの入り口から漏れる煌々とした明かりの元で、私の顔が男たちに晒されている。


 マスクで顔半分は隠せているけれど、銀色の髪、青い瞳、これを奴らに見られてはいけない。フードを被り直そうとしたけれど、私の前に屈んだ禿げ頭にローブの首を掴まれた。


「おまえ、女だったのか。貧民にしちゃ美人だな。」


 禿げ頭は私の顔を引き寄せて舐めるように見回す。酒臭い。


「おい、そいつ剣持ってるぞ。」


 背中に括りローブで隠していたレイピアが露わになっている。


「なんだ、あのチャチな剣は?オモチャか?」


「こえーなぁ、気をつけろ、刺されるぞ!」


 後ろの男たちが笑いながら囃し立てる。ゲスな奴ら。


「それにしても・・・おまえ随分と美人だな。いや、これは・・・ビックリするくらいの上玉じゃねえか!」


 すぐ目の前の汚い顔が卑猥な笑みで歪み、黄色い歯がむき出しになった。


 吐く息が酒臭い。後ろの男たちの意地悪い笑い声が頭に響く。足が震える・・・意識が飛びそう・・・なにこれ・・・怖い・・・


「なぁお嬢ちゃん。おまえの顔、マスク外してきちんと俺に見せてみっ・・・」


私の顔からひき剝がそうと、マスクにかけた禿げ頭の指が止まった。


 全く気配に気づかなかった。しゃがんだ禿げ頭の横にエルが立っていた。


 逆手の短剣で頸動脈を捕らえている。刃から血が細く静かに滴る。剣を少しでも引けばこの男は即死する。フードで覆った顔は男の仲間たちに向けられて、その動きを牽制している。


「お、おぃ・・・なんだ?あんたの仲間か?あんまり奇麗なんでほめてただけじゃねぇか・・・なに、軽い冗談だ・・・」


 禿げ頭は掴んでいたローブの首を離すと、両手をゆっくり開いた。


「立てるか?」


 黙りこくった禿げ頭の仲間たちに相変わらず視線を向けながら、エルが口を開いた。


 私は急いでフードを被りなおすと、何とか立ち上がった。殴られた時、肩を打った様ですごく痛い。


「行くよ。」


 声を掛けると、私はその場を足早に立ち去った。エルは首から剣を離すと、そのまま私の後を追った。


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