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鉄屑拾いの剣姫  作者: エビマヨ
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第十六話 命乞い(3)

毎週、月、水、金曜日の0時更新予定です。

 結局私達には、ここで戦うという選択肢は与えられていない。私は、彼らに隠れてエルのローブの背中をギュッと握った。


「悔しいけど、この人たちの言う通りにしよう・・・」


 そう囁くと、エルは私をそっと振り返った。そしてしばらく私のフードの中を見つめていたけれど、鉄屑の籠を降ろし、一歩前に出て地面に両膝を付けた。それを見て、私もその後ろで同じように跪いた。


 何の抵抗もなく素直に従った私たちを見て、剣士は一瞬驚いたような、拍子抜けしたような顔をしたけれど、直後に得意げな顔になり、そしてより深い悪意が滲み出た。


「無様だなぁ。貧民だけあってプライドもねぇのか。」


 剣士が言うと、取り囲む仲間もせせら笑いながら一層の侮蔑の目を私たちに向け、そして周りでこちらを見ている冒険者達からも白けた雰囲気が漂う。


「だらしねぇ。」


 冒険者の誰かが吐き捨てるように呟いた。それが聞こえて、緊張で激しく鼓動する私の胸に痛みが走った。


 周りの冒険者達からの視線も嘲りの色が濃くなっていて、その中にはラシーさんのように私たちを擁護してくれる人はいないようだ。


 剣士はそんな私たちを、意地悪そうに顔を歪ませて見下ろした。


「おいおい、横柄だな。ほら、随分と頭が高い位置にあるぞ。人様に許しを乞うときはどうするんだ?顔を地面に擦り付けるんだろ。お前らなら、普段からしてるから得意だろ?」


 街で絡まれた貧民街の人たちは皆、顔を地面に擦り付けながら許しを乞う。そんな姿をよく見かけるから、街の人々はその姿を当たり前のように思っているし、実際、私たちも今まで何度もそうやって許しを乞わされた。


”お願い。ここだけやり過ごせばいいんだし、あの男の言う事に従って・・・”


 私のその視線を背中に感じてか、エルは手の平を上にして両手を地に差し出し、剣士の言葉通りに頭を下げてくれた。


 これまで何度もさせられてきたことだから別に何てことはない・・・そのはずなんだけれど、そんなエルの姿を見たら、思いがけず涙が滲んだ。


 冒険者見習いになれたのだから、もうこんな姿を強要されることは無いと思い違いしてた?それとも、ここ数日普通に街を歩けたから、もう貧民として迫害されることは無いと勘違いしていた?


 でも本当は何も変わっていない。ここにいる人たちは、誰も私たちを受け入れてくれない。


 ぼうっとエルの姿を見ていたら剣士が私に一瞥をくれて、私は急いで地面に向かって頭を垂れた。


 剣士はエルの前にしゃがみ、首を傾けて耳元に顔を近づけた。


「おい、横着するな。まだ地面との間に隙間があるぞ。顔を地面にぴったりくっ付けろ。そして額を擦り付けながら言うんだ。汚い姿をお見せして申し訳ありません、どうか命だけはお助けください、ってな。ほら、早くしろ。」


 その言葉を聞いて、私たちは額を地面に押し付けた。


 小石が額に刺さり小さな痛みを感じたら、涙がぽたりと地面に零れ落ちた。窓ガラスの奥の人形が見られず残念がっていたさっきまでの自分が、バカみたいに思えた。


そのとき・・・


「あんた達、調子に乗るのもいい加減にしな。」


 後ろで低い女性の声が聞こえた。


 驚いて振り向くと、いつの間にか囲いの中に、ローブを着てとんがり帽子をかぶった女性が立っていた。朝日を背に受けたその女性のシルエットを見て、一瞬だけ、唐突に懐かしい思いを抱いたけれど、その理由は分からなかった。


「あんた達、ひよっ子とは言え、もう分別を弁えられる歳にはなってるだろ。それを・・・子供相手に調子に乗るんじゃないよ、情けない。」


 その予想外の闖入者に、剣士は明らかに狼狽えたけれど、相手が女性なのを見て気を大きくしたのか、すぐさま元の意地の悪い顔に戻った。


「なんだお前、横から余計な口を挟むな。分別も何も、強い者が弱い奴を屈服させるのは冒険者なら当然の事だろ。大人も子供も関係ねぇ。」


 女性は鼻でフンと小さく嗤うと、つまらなそうに剣士を指差した。


「じゃあ、地面に額を擦り付けなきゃならないのは、この子達じゃなくてお前の方だろ?」


 その言葉の意味を咄嗟に理解できなくて、剣士はポカンと女性の顔を見つめ返していたけれど


「・・・何をふざけた事を。Eランクの俺よりこいつらの方が強いとでも言うつもりか?」


 一瞬で目に怒りを湛えて女性を睨み付けた。


「あのね、そんな事すら分からない様だから、あんたの事をひよっ子って言ってるんだ。こっちの小さい方の子と戦ったとしても、あんたなんて気が付く前に倒されてるよ。」


 それから、心底不思議そうな顔を剣士に向けた。


「ねぇ、ほんとに分からないのかい?この子達との力量の差がさ。」


 彼女はじっと剣士の顔を見つめ


「分からないか・・・」


 そう言って手で額を押さえながら、殊更大きなため息をついた。


「だったら、あんたの為だ。はっきり言うよ。あんたは危機を察知する訓練が足りていない。相手の力量が測れなくてどうするんだい?訳も分からず格上に突っ込んで死ぬのがおちだよ。それに剣の腕前だって全く足りていない。全てが半人前だ。冒険者になってニ、三年ってとこかい?このままならあんた、早晩命を落とすよ。」


 そう言って憐れむような目を向けた。


「死なないためには、それこそ死ぬほど鍛えなきゃいけないけど、あんたには多分無理だ。心が弱すぎて付いて行けない。だから悪い事は言わない。足を洗って堅気の職を見つけな。この先も生き続けたいんなら、それ以外の選択は無いよ。」


 すると、それを聞いていた剣士はみるみる顔を上気させ、口から唾を飛ばしながら叫んだ。


「うるせぇ、勝手なことをほざくな。俺が弱いだと?冗談じゃねぇ、お前、俺に殺されたいのか?それなら今ここで望み通りぶっ殺してやるよ。この年増のアバズレが!」


 そう言って腰の剣を乱暴に抜き払った。


 その時


「・・・今何て言った?」


 女性が剣士を睨むと、その一瞬で辺りの空気がズンと重くなった。


「今、年増とか言う言葉が聞こえた気がするけど、それは誰の事を言ったんだい?」


 女性のその目を見返しながら、剣士は顔を引き攣らせた。やばい奴を怒らせた?・・・そう思ったに違いないけれど、もう後の祭りだ。剣士に向かい彼女は徐に右手を差し出した。その手には細い杖が握られている。


 魔術杖だ。


 直後、剣士の鎧の胸に真っ赤な魔法陣が現れ、そこからいきなり炎が噴き出し始めた。


「うぁあぁ・・・あつ・・・あつい、あついぃぃぃ!!」


 剣士は大声で悲鳴を上げながら胸当てを脱ごうとするも、慣れない装備のために儘ならない。


 そのうち炎で鎧が高温になって、身を焼くその熱さに悶えて地面を転げ回った。そして胸から上がる炎は、彼が転がりまわるのに合わせ、上に噴き出したり真横を舐めたり、そしてうつ伏せになった時には地を這い彼の顔をも覆って、眉毛や髪の毛をじりっと焼いて焦げ臭いにおいを放った。


 やっと炎が止まったとき、銀色だった胸当ては赤黒く灼熱していた。


「たすけ・・・たすけて・・・みず・・・水を持ってこい・・・」


 息絶え絶えに仲間に助けを求めるのだけれど、剣士が炎に苛まれる姿を呆然として眺めていた彼らは誰も動けない。


「水?欲しいのならくれてやるよ。」


 女性が言うと、剣士の上空に青い魔法陣が現れて、その上にみるみる巨大な水の塊が出来上がると、剣士めがけて一気に落下した。


バッシャン!!


 水塊が叩きつける重たい音が響いた後、そこにはびしょ濡れになって意識を失った剣士が転がっていて、その胸当てからはジュウジュウと激しい音を立てながら真っ白な水蒸気が立ち昇っていた。


 仲間に抱えられて逃げてゆく剣士の背中を見送った後、女性は周りの冒険者を睨みながら


「私に向かって滅多な事を言ったら、お前たちもこうなるよ。ここに居る奴らは覚えときな!」


 低いけれどよく通る声で凄んだ。でもそんな彼女に目を合わせようとする者は、そこには誰も居なかった。


「あんた達、ついてきな。」


 彼女の一睨みで周りの冒険者たちの視線が大方外れたのを見て、女性は私たちにそっと言った。そして私たちが立ち上がって籠を背負うのを横目で見届けると、彼女はギルドハウスの中へと入っていった。

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