第十六話 命乞い(2)
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それが気のせいであることを願いながらエルのローブを引いてその場で立ち止まると、その願いとは裏腹に、後ろから数人、そしてギルドハウスの方からも数人、若い冒険者たちが近づいて来た。
つくづく、今日は物事が上手くいかない日なんだと思ったら深いため息が出た。
集まって来た若者たちは私たちの周りを無言で遠巻きに取り囲み、やがてその後ろからローブを纏った若い男が薄ら笑いを浮かべながら囲みの中に入ってきた。
「お前ら、貧民のガキ共だな。」
この男がリーダのようで、彼が口を開くと周りの仲間たちも口々に喋り出した。
「ほんとに鉄屑を背負ってやがる。」
「あれ、ゴミ捨て場から漁ってきたやつだろ?汚ねぇな。」
「ゴミの臭いがここまで漂って来るぜ。」
いつものようにギルドハウスの前には沢山の冒険者たちが屯ろしていたけれど、その声を聞いて彼らも私たちに目を向け始めた。
ローブの男は、私たちを見ながら詰るような口調で問いかけた。
「ここ数日、俺たちは卑しいお前らの姿を見せられて、ずっと嫌な気分にさせられてたんだ。おまえら貧民のゴミ漁りが、なんでわざわざこんな街中までやって来るんだ?ごみを売るなら他にも行き場があるだろ?」
それに答えず無言でいると
「おい、リーダーが聞いてるだろ?何とか言えよ。」
囲みの一人が声をあげた。でも、ローブの男は視線を送って黙らせようとした。
「でもよ、こいつら気に入らねぇんだ。見習いのガキのくせに、フードで顔を隠して格好つけやがって。」
「いいから黙ってろ。」
苦い顔で鋭く言われて、その仲間がしぶしぶ口をつぐむと、それを見届けて男は薄ら笑いに顔を戻して私たちを見た。
「あいつはああ言ったけど、恰好つけてるだけじゃ無さそうだな。お前らが多少は剣が使えるのは聞いてる。でもな、お前ら所詮軽戦士だろ?」
すると、周りの仲間たちはニヤニヤと何か腹蔵の有りそうな笑いを浮かべた。
「だから多少動きが早くても、この俺には勝てねぇ!」
そう言ってローブを脱ぎ去ると、その下から銀色に輝くプレートアーマーが現れた。男はそれを私たちに見せつけると、得意げな顔をして腰に佩いた長剣の柄に手を載せた。
「どうだ!この鎧なら、お前らの剣じゃ貫けないだろ!」
そう得意げに言われた・・・のだけれど・・・
どう見てもこの鎧を着慣れた感じがしない。きっと私たちのレイピアと短剣を無力化する為だけにこの鎧を準備して、今日初めて装備したのだろう。でもプレートアーマーなんて高価なはず。この剣士はお世辞にも上品には見えないけれど、実は良家の子息か何かなんだろうか?
この若い剣士の出で立ちと言えば、本来被るべき兜を付けていないからその首は半ば露になっていて、だから頸動脈を一撫でしただけで即死させられる。
重くなるのを嫌ってか、鎧の下には鎖帷子も着ていない。だから彼が剣を振りかぶったところで、横に入り込んで腕当てと胸当ての隙間からイピアを突き刺せば、そのまま心臓を抉ることも出来る。そこまでしなくても、鎧のパーツの隙間をレイピアで一刺しするだけで、即戦闘不能に出来そうだ。
「それにこれを見ろ。」
私がそんな観測をしている事に気づくことも無く、剣士は相変わらず得意げな顔をして、首から下げた識別標を指に掛けて見せびらかせた。
その指には真新しい紫色のプレート。彼は最近Eランクに上がったばかりのようだ。
「俺はEランクだ。それにこっちの方が人数も多い。分かるだろ?見習いのお前らじゃ俺たちには絶対に勝てねぇ。」
じっと剣士を見ているばかりの私たちが絶望したとでも思ったのか、剣士は満足そうな顔で畳み掛けた。
「ギルドハウスの外でお前達を殺ってもペナルティーは無い。それに貧民を殺したってお咎めは無い。だから俺たちは遠慮なくお前達を殺せる。」
そして目に力を込めて精一杯凄んで見せた。
「殺されるのが嫌だったら、お前らのせいで気分を害された俺らに・・・」
そこでゆっくりと地面を指差し
「ここに跪いて謝罪しろ。そして命乞いをして見せろ。」
私はフードで隠しながら剣士達を睨みつけた。殺すと口に出してはいるけれど、本当に人を殺したことは無いだろう。本気で戦ったら、命乞いをするのはあんた達の方だ。
でも・・・
ここで彼らとは戦えない。
彼らは首から識別標を下げているからギルド所属の冒険者たちだ。そして識別標の色は、目の前の剣士以外は殆どが緑色だからFランクの駆け出し冒険者達。でも正規の冒険者で、だから皆この街で住民登録をしているはず。そうで無ければギルドには登録してもらえない。
つまり彼らはこの街の住民だ。そして街の住民を傷つけた貧民は決して許されない。
これまで、街の人々の悪意に常に晒されてきた。普通の顔をして普通に街を歩く彼らは、私たち貧民に対しては何も取り繕わず、だからあからさま侮蔑や嘲笑をいつも浴びせかけて来た。貧民に身を窶してからその真の顔を知った私は、体の芯から彼らを恐れるようになった。でも、今はただ悪意を向けるのみだけれど、もし目の前の彼らを傷つけたら、住民たちは私たちに殺意を向けてくる。
彼らが怪我をしない程度に戦闘不能にすればこの場はそれで収まるだろう。でもその次は?
こんな衆人の前で恥をかかせたら、次はもっと人数を増やして襲って来る。それでもそれを退けたら、その次は?
報復が連鎖して敵を更に増やし、早晩誰かを傷つけるだろう。
ギルドは所属する冒険者を守る義務を負う。だからマリエラ様と交渉して見習いの身分を得たのだけれど、今となって分かるのは、その建前が本当に私たちにも及ぶのかは疑問だという事だ。
上層部の人たちは私たちの登録に反対して、前例に無いような難しい試験を課してまで私たちを拒絶しようとした。そんな彼らは、いざ事が起きれば私たちから見習い冒険者の身分を剥奪して、喜んで衛士に突き出すだろう。
無遠慮に殺意を剥きだしにする住民たちの顔はどんなものだろう。それを考えたら足が震え、胃をギュッと締め付けられるような感じがして気分が悪くなった。




