第十六話 命乞い(1)
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見習い登録から一週間が過ぎた。
装備の新調についてのメッセージの後、セバスさんからは何も連絡がなく、ローゼンハイム様からの指名依頼も無かった。
「すみません、今日も連絡は来ていないですね・・・」
朝、ラシーさんから申し訳無さそうな顔で言われ、その言葉を聞いたあと背中の籠の鉄屑を事務棟に持ち込んで査定してもらい、その足で地下へ行って鍛錬を行う。これが今の生活パターンになっていた。
「お二人とも、収入の方は大丈夫ですか?資材を売ったお金だけじゃ生活に困るでしょ?」
今朝はラシーさんが心配顔でそう声をかけてくれた。
彼女に査定員を紹介してもらったおかげで、回収した鉄屑の内容によってまちまちだけれど、それでも北部の頃に比べて何倍ものお金が貰えるようになった。
だから見習いになってからの収入を、フードに隠しながらも得意顔で答えたらびっくりされた。そんなに驚くような高額なのかと思ったらその逆で、他の冒険者見習いの子たちに比べても格段に低い額だそうだ。
「前にも言ったように、見習いの方はパーティーのサポーターをするのが普通なんですけど、誰かに誘われたりしましたか?」
深刻そうな顔をして聞いてくれたけれど、私はそれに頭を振った。
私たちは、見習い冒険者になってからまだ誰とも話したことが無かったし、誰にも話しかけられたこともなかった。
地下で鍛錬をしている時、それを見学に来る冒険者たちもいるけれど、終わると皆、蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまう。そして彼らが遠巻きに見守る中、私達はフードで顔を隠したまま地下室を後にする。
「きっとあなた達の実力を見て、声を掛けたくても掛けられないんだと思いますよ。あなた達の実力はCランクにも届くと思いますから、Dランクだと自分の実力より上の人をサポーターに呼ぶ事になるので躊躇ってしまいます。でもそうなると、声をかけてくれる可能性があるのはCランク以上のパーティーになりますが、中央支部でもそんな実力の有るパーティーは数が多くありませんからね。」
パーティーのランクはリーダーを含めた過半数のメンバーのランクで決まり、例えば六人構成のパーティーなら、リーダーとあと三人がCランクなら、そのパーティーはCランクとなる。但し二ランク以上離れた冒険者とはパーティーを組めないので、残り二人はDランクでなければならない。
ギルドハウスの冒険者たちの殆どは、Eランクの紫かDランクの青色のプレートを首から下げている。Cランクの黒いプレートを下げている人は僅かしか見当たらないし、Bランクの銀プレートや、ましてやAランクの金プレートなど、ここに来てから一度も見たことがない。
でも、ラシーさんはそう言うけれど、きっと彼女は遠慮して本当のところを言わないんだろう。
見習い登録の日に、カイエン達に私たちが貧民である事がバレてしまった。彼らは、このホールでそのことを大声で話していたし、それに鍛錬場で一緒にいた冒険者達にその事を話さない訳がない。だからここの冒険者達は皆、私たちの素性を知っていて、それで誰も私たちに関わろうとしないんだ。
とは言え、もし彼らに何か話しかけられてもきっと困るだろう。エルは喋らないし、私だって大男の冒険者なんかと話すのは怖い。
それに、仮に誘われたとしても受けたいとは少しも思わない。サポーターになったとしても、貧民は盗人だと思われているから、私達が何か盗むんじゃないかと始終警戒されるだろう。そんな人たちと一緒に過ごすなんて息が詰まりそうだし、それに本当に盗難や紛失があったら真っ先に疑われる。
余計なトラブルの元だし、だから誰からも気に掛けられず無視されている今の状況は寧ろ有難かった。でもそれでは今までと何も変わらない。結局、ギルドに所属したところで、やっぱり誰にも受け入れてもらえず、エルと二人きりで生きて行かざるを得ない。そう思ったら、少しだけ胸が痛んだ。
「まぁ、でも・・・今の状況は安心だと言えなくも無いですね。冒険者の方達にも色々な人が居ますから。もしサポーターに誘われたとしても迂闊に話しには乗らないで下さいね。リズさんは特に危ないと思うので・・・必ず私の所に相談に来て、私を通して話をするようにしてください。」
最後にラシーさんは、あなた達の収入については心当たりを当たってみますと言ってくれた。
***
次の朝も、重い籠を背負って街路を歩き、中央のギルドハウスへ向かった。
その手前で、沢山のお店が軒を連ねる商店街の前を通る。ここは早朝でも人通りが多くて、本当は一つ手前の十字路を曲がって裏通りを迂回すれば、殆ど人が通らないから誰ともすれ違わずにギルドハウスまで来られるのだけれど、私は敢えてこの道を選んでいる。
商店街の中に一軒の服飾品店がある。その店先には、高価な大きなガラスが嵌められていて、その中に美しい女性の人形が飾ってあった。そしてその店の商品を宣伝する為に、その人形は毎日違う服を着せられていた。
初めてその人形を見たとき、目を奪われて思わず立ち止まってしまった。
その装いは華やかで、上品で、艶やかで、朝日を浴びでキラキラと輝いて見えた。でも遠目に見た貴族の女性たちが着ていたものとは違い、街の普通の女性たちが身に纏うそれに近くて、だから物語の中でしか見られないような高貴過ぎるものではなく、ちょっと背伸びをすれば手に入るような、そんな身近さ、親近感を感じさせてくれるものだった。
とは言え、私などとは無縁の、一生手にすることも無いものだと分かっているから、何故そんなに惹かれるのかは分からなかったけれど、でもそれ以来、そこを通り過ぎながら人形の装いを横目に見るのが楽しみになっていた。
エルは最初、敢えてこの道を選ぶことを不思議に思っていたようだけれど、それを無視して歩く私に何も言わなかった。
”今日はどんな服を着てるんだろう”
今朝も楽しみにしながら商店街に差し掛かると、先の方で衛士が数名、顔を突き合わせて何か話しているのが見えた。その場所を見て、まさかと思いながら近づくと、やっぱり彼らはちょうどその服飾品店の前に陣取っていた。
無用なリスクを避けるため、彼らと目を合わせないようフードで隠した顔を俯けながら通り過ぎたので、今日の人形の装いを見る事が出来なかった。
残念な気持ちを抱えながらギルドハウスの手前まで来ると、周りに悪意の気配を感じた。今日の人形の装いに思いを馳せてなんかいたから、気がつくのが遅れてしまった。




