第二話 凶行(1)
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陽は西に大分傾いてきた。
私は赤土の上にへたり込んで、剣を支えにして座り込み、エルは腰に手を当ててそんな私を見下ろしている。
「姉貴、そろそろ終わりにして帰ろう。」
「そうね・・・ありがとう、付き合ってもらって。」
肩で息をしながらエルにお礼を言った。今日は私が無理を言って、いつもより長く鍛錬に付き合ってもらった。
「もう夕方になっちゃった。急いで街に帰ろう。」
「今日はいつもより気力を使い過ぎてる。すこし休まないと途中で倒れるぞ。」
「大丈夫、街に帰るまでは保つよ。それに急がないと、ギルドの買取に間に合わなくなっちゃう。」
集めた鉄屑は冒険者ギルドで買い取ってもらっているのだけれど、遅くなると受付が終わってしまう。私たちは重い籠を背負い、急いで街に引き返した。
***
戻り着いたとき、街はすでに夜のとばりに飲み込まれようとしていた。
魔光石の街灯が街路を斑に照らすなか、ひときわ明るく賑やかな建物があった。冒険者ギルドハウスだ。
この街の冒険者ギルドは、街の大きさにふさわしく王国きっての規模らしい。その冒険者たちが集まるのがギルドハウスで、依頼の管理や斡旋、報酬の支払いなどが行なわれている。
ただ抱える冒険者の数が多いので、この街のギルドはいくつかの支部に分かれている。そしてそれぞれがギルドハウスを持っていて、ここは北部支部のギルドハウス、通称“北部”だ。
その入り口の脇に、粗末なローブを着て座り込んでいる人たちがいる。北の城門を入ってすぐの一角を占める貧民街の人たちだ。
この街区は粗末なレンガの壁で囲まれていて、その中に一般街区との間をつなぐ門が一つだけある。そしてその門の脇には、ぼろ布のようなローブが山のように積まれている。
「ここを出るときはそこのローブを着て行けよ。何があっても脱ぐんじゃねぇぞ。」
「帰って来てもローブを着てなきゃ門は通さんぞ!」
貧民街の住民が近づくと、門番たちがそう声を掛け、住民はそのローブの山の中から、まともそうなものを選んで身に着けて街へ出てゆく。
ここは元々、重罪人と、それに連座させられた家族たちが収容される区画だったそうだ。でも今では罪人が収容されることは無くなって、代わりに身持ちが悪くて自滅したような人たちで占められるようになった。
でも、その始まりの記憶は消えなくて、街の人々からは今でも流刑地のように扱われていて、城壁内なのにまるで城の外のような扱いを受けている。そしてその街区に住む者たちは、街の住人とは見做されず、それどころか罪人のように扱われ、人ならざる人と見做される。
「ローブは罪人の証だ。それを脱いで真人間のふりをする不届き物は、見つけたその場で首を跳ねるぞ!」
街を守る衛士には、いつもそうやって脅かされるから、街中で住民は常にローブを着ている。そしてそれを着ている者たちは、ここの住人だとすぐに知れる。
土と同じ色に汚れた薄手の粗末なローブ、それは私たち姉弟が着ているのと同じもの。
私たちも貧民街の住民で、貧民の孤児の姉弟だ。
「間に合った。買取はまだみたいだね。」
エルに囁きかけながら、北部の入り口と道を挟んだ反対側に籠を降ろすと、道のわきに小さくなって座り込んだ。ここは街灯の光が届かない暗がりになっている。
ギルドハウスの前にいる貧民たちも皆、布や革のぼろを満載した籠を脇に抱えている。
私たちはいつも、ゴミの台地で回収した資材を、貧民街に一番近いギルドハウスである北部に持ち込む。そしてギルドの査定官が、通常の冒険者対応が終わった後に査定して買い叩く。こうして得られる僅かなお金が、私たちが生きてゆくための唯一の現金収入だ。
他の人たちは、集めた資材の量や質によって銅貨一枚か二枚を得るのだけれど、私たちが集める鉄屑は価値が高いのか、いつも一人当たり銅貨五枚、二人合わせれば銅貨十枚、つまり小銀貨一枚で買い取ってもらえる。
ただ以前、査定官がこの買取現場に通りがかった冒険者と愛想の良い笑顔で話していた時に、買取額は資材の重さで決まると言っていたのを聞いた。でも最近は、明らかにエルが集めた鉄屑の籠の方が重いのに、買取額が同じなのを不思議に思っていたのだけれど、私たちが話しかけると査定官は露骨に嫌な顔をするから、それを尋ねることはまだ出来ていない。
ギルドハウスの前の街路を行き交う人々は、ローブ姿の一団を見ると、目を背けたり、顔をしかめたり、不快そうな様子で通り過ぎてゆく。そして時には罵声を浴びせかけたり、場合によっては危害を加えたりする。だから誰かが近づいてくるたびに、皆身を縮め、息を潜めて目立たないようにする。
「きったねーなぁ、おまえら邪魔だぞ!」
一人の男が、私たちの前を通りながらエルの籠を蹴った。私は膝をぎゅっと抱え、俯いて顔を隠した。男は私の前に唾を吐きかけると、そのまま通り過ぎて行った。
その時、ギルドハウスの入り口から査定官が顔を出した。早くこの場を離れたくて急いで立ち上がろうとしたとき、彼の後ろから別の声がした。
「おまえら、今日も一日ごくろうだったなぁ。」
野太い男の声。査定官の後ろから、数人の冒険者たちが現れた。厄介ごとの予感。だから冒険者は嫌いだ。
「ほれ、みんな集まれ、こっちに集まれ。ほれほれ。」
黒いマントを羽織った小男が座り込む貧民街の人たちに手招きすると、皆拒むこともできず、戸惑いながらおずおずとその呼びかけに応じる。そこに大柄で剥げ頭の男が出てきた。
「おぅ、おまえら。よく集まった。聞け!」
酔っているようで少し呂律が回っていない。
「俺たちは今日から河岸を移してこの北部を根城にすることにした。」
下卑た笑い顔から黄ばんだ歯がはみ出す。
「そこでだ、喜べ。俺たちがお前らから、祝いを受け取ってやる!」
すると脇の男達が号令する。
「そういう訳だ。罪人ども、籠を置いて散れ。帰れ。」
「荷物は俺たちが酒に換えて楽しく飲んでやるから感謝しろ!」
「もしも嫌だというやつがいたらこの場に残れ。嫌な理由をよーく聞いてやるからよ。」
貧民街の人たちは暫く隣人同士で顔を見合わせていたけれど、すぐに諦め顔になって、籠を残してとぼとぼと立ち去り始めた。