第十一話 カイエン(2)
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そのとき後ろの二人の子が、何かの気配を感じて徐に後ろを振り向くと
「ヒエッ!」
声にならない悲鳴を上げながら後ずさり、長身の子にぶつかった。その拍子に腕を掴む手が離されて、私は突き飛ばされてそのまま床に倒れ込んだ。
「おまえら、一体何のつもり・・・」
長身の子は怒気を放ちながら二人を振り向いたけれど、彼らの先を見てそのまま固まった。
彼らの後ろでエルが顔をこちらに向けていた。
目深のフードとマスクに隠されてその表情は伺えないけれど、フードの中の真っ暗な虚からは、強烈な殺気が放たれていた。
たとえ殺気を向けられても、普通、武技に長じている者でもなければそれを捉えることは出来ない。でもエルの殺気は鋭すぎ、禍々しすぎて、遍く生き物に本能的な畏怖を抱かせる程のものだった。
いきなり発せられた殺気に、周りの冒険者たちも驚くような顔をしてエルを見ていた。
ある者は向かいにいる相棒に話をしていた手振りのまま、ある者は手にしたコップを口に運ぶ途中で、人形のように固まって、ただ唖然とした顔をエルに向けていた。
「お・・・おまえ、この方がどなたか分かってるのか?」
「こちらは・・・かのフェルディナント家ご令息のカイエン様だぞ!」
二人の子が長身の子を庇いながら言うのだけれど、交互にフードの虚を向けられると慌てて後ずさり、今は庇うはずのカイエンという子が矢面に立つ格好になってしまった。
フェル・・・なんとか家・・・そう言われても私にはピンと来なかったし、きっとエルも同じだと思う。
二人の言葉から彼が良家のお坊ちゃんであることが想像できたけれど、それでもエルは、じっと佇んで相変わらず殺気を放ち続けている。きっとローブの下では、腰の短剣に手を掛けているんだろう。
「あなた達」
そこへ、エルの後ろで聞き覚えの有る声が響き、彼の放つ殺気が一瞬で霧散した。声の主は、先ほど私達の受付をしてくれた女性だった。
「ギルドホール内で騒ぎを起こしたら、ペナルティーが課される事を覚えてますよね?」
そう言って、彼女はエルの横を通り過ぎ、三人の男の子たちの前に割って入った。
「ギルドハウスで暴力沙汰を起こしたら、冒険者の身分は剥奪されてギルドから即追放されます。冒険者見習いも同じですよ。それに見習いの期間中にそんなことになったら、成人しても一生冒険者にはなれません。それでもいいんですが?」
「お・・・俺達は何も・・・悪いのは後ろのそいつだぞ。」
「そうだ。こいつ、俺達を殺そうとしてたんだぞ!」
「本当にペナルティーを受けるべきなのはその後ろの貧民野郎だ!」
心を縮み上がらせるような殺気が消えて、三人は口々に、でもエルには直接目を向けないようにして受付の女性に抗議する。
「この方はギルドにまだ属していませんからペナルティーはありません。あなた達も、一方的に攻撃されたというのなら話は別ですが・・・」
そこで彼女は、三人の後ろの床にへたり込んだままの私に目をやった。
「こうなる原因を作ったのはあなた達なんじゃありませんか?」
「そんなことは・・・」
「なにも、殺される程のことは・・・」
三人は歯切れ悪くゴニョゴニョと口ごもっていたけれど
「もういい。行くぞ。」
カイエンという長身の子はそういうと女性を鋭く睨み、そのまま踵を返してギルドホールの奥へ歩いていった。残された二人も、彼女をちらちらと振り返りながらカイエンの後をついていった。
「お怪我はありませんか?」
彼女は倒れたままの私に手を差し伸べてくれた。
「だ・・・大丈夫です。」
でも私はその手を取らず自分で立ち上がると、女性に礼をしてエルの所に向かい、彼のローブをギュッと掴んだ。
いきなりの展開で、立ち上がるのも忘れて床から眺めてしまっていたけれど、今のがとても際どかったことにようやく思い至った。
もしあの子達に怪我でも負わせたら・・・特にカイエンという身分の高そうな子を傷つけでもしたら・・・
貧民であるエルは衛士に突き出され、きっと酷い目に合わされる。場合によってはそのまま殺されてしまうかもしれない。
私は彼のローブを握りながら騒ぎを起こしかけたエルを睨んだ。私の顔もフードで隠されているけれど、彼の行動を非難していることは分かっているはず。
でも心では、また厄介事に引きずり込みそうになった事を謝り、そして何より、エルが無事なことに心底ホッとしていた。




