第十一話 カイエン(1)
不定期更新もありますが、基本毎週、月、水、金曜日の0時過ぎに更新予定です。
受付カウンターの左手は広いホールになっていて、屋根を支える柱の間を埋めるように、長机と長椅子が何列も並べられていた。
「座って待ってよう。」
彼女が指差したホール中央の長椅子の一つに腰かけると、後ろからついてきたエルは私の隣に座ってくれた。
先程までカウンターの前の板床のスペースに屯していた冒険者たちは、依頼を遂行するためか、ギルドハウスをぞろぞろと出ていっており、このホールにもまばらに男たちが座っているだけだった。
ギルドハウスが閑散としてくるのは嬉しかったけれど、普通の住人たちのための空間に自分がいる事自体が居心地悪く、誰かに言いがかりを付けられないかと警戒して体がガチガチに固くなっていた。これまで、少しでも普通の人みたいなことをしようとすると、誰かに怒られたり、殴られたりしてきた。
長椅子に座ってみたら、さっきまで気が付かなかったけれど、足が小刻みに震えているのが分かった。すると、エルがほんの少しだけ体を私の方に寄せてきて、彼の腕が私の肩にそっと触れた。
その腕の感覚がこの上なく温かいもののように感じられて、そのおかげで一つ深呼吸すると、体の中に溜まった瘴気が抜けてゆくみたいに緊張がほぐれて気持ちが軽くなった。
”この服装なら誰にも貧民だと知られないよね。大丈夫・・・”
多分私の緊張を察してくれたのであろうエルに、心の中でお礼を言って心を落ち着かせた。
とはいえ気配を消すことは続けていた。
魔法には隠蔽という認識阻害の効果を持つものがあって、それにより気配察知の能力を持たない人や魔物に対して、上級魔術師ならほぼ完全に気配を消し、隠密行動をとることが出来るようになる。
でも私の気配隠蔽の能力は、物陰に身を隠した上ではじめて効果を発揮するもので、このホールのように身を隠す場所が無いような状況では、単に影を薄くして少し目立たなくするという程度しか効果がない。
その上、真っ黒なローブで顔を隠す今の装いでは、却って目立って気配隠蔽は何の効果もないだろう。それは分かっているのだけれど、それでも必死に気配を消し続けていた。
すると受付カウンターの奥の扉から三人の少年たちが出てきて、カウンターの跳ね上げ扉を押し上げて板床の間まで出ると、何かを探してホールをキョロキョロと見回し始めた。
嫌な予感がして咄嗟に目を伏せようとしたけれど、その内の一番背の高い少年と目が合ってしまった。
”私達は今は貧民だと思われない。だからきっと大丈夫・・・”
そう念じながら、目を伏せて目の前の樫材のテーブルの木目をじっと見つめていると、その少年たちがこちらに近づいてくるのが気配で分かった。私は目をつぶって小さく溜息を漏らした。
「なぁ、俺たち、いま事務棟に行ってきたんだ。」
そう言うと、彼らはテーブルの横に立って私たちを見下ろした。
「そしたら中で、受付の女と支部長がお前らのことでエラく揉めてたぞ。」
男の子たちは皆、清潔な平服の上に鎧を装備していた。その内の二人は真新しい革鎧を着ていたけれど、一番背の高い子はチェーンメイルとピカピカの鉄の胴鎧という、周りの冒険者たちに比べても飛びぬけて高級そうな装備を身に付けていた。そして全員、首から真っ白な陶器のプレートをぶら下げている。
「お前ら、貧民だそうだな。」
一番背の高い少年は、エルを見下ろしながら、ホールに響くほどの大声で言った。その声を聞いて、まばらに居たホールの冒険者たちが一斉に私達の方を見るのを感じ、私は頭の中が真っ白になった。
「冒険者見習いになってギルドに入りたいって言ってるそうだけど、どういうつもりだ?」
「お前らみたいな貧民が入ったら、俺たち冒険者見習い全体の信用が落ちるだろ。迷惑だから、諦めて帰れ。」
その子の後ろに居た二人も、長身の子に負けじと大声で畳み掛ける。この子たちは冒険者見習いのようだ。
「お前ら、ギルドに入って何するんだ?盗みでもするつもりか?」
長身の子はテーブルに手を付き、凄むようにエルのフードの中を覗き込んだ。でもエルは、それには答えずじっと目の前の机を見ている。私は思わず、机の下でエルの膝に手を置いた。
「お前ら貧民はあの汚ないローブをいつも着てるはずなのに違うものを着てるな。そのローブも盗んだのか?」
その男の子はエルのフードの黒い生地を指で擦った。
「お前らには勿体無いくらい上等だな。おい、これをどこで盗んだんだ?」
でもエルは、やっぱりそれに何の反応も示さない。
「どこで盗んだかって聞いてるだろ?貧民のくせに無視してんじゃねえぞ!」
いきなり大声で怒鳴って胸倉を掴むと、無理やり通路に引き出してエルを立たせた。
街で住民に絡まれるとき、大人よりこんな年頃の子供たちの方がずっと怖かった。彼らは必ず集団で来て、その攻撃は稚拙だけれど、執拗で容赦がなかった。私は咄嗟に立ち上がってその長身の子の腕にすがった。
”やめて!“
そう言おうとしたけれど、男の子たちは皆私より背が高くて、怖くてその声が喉から出ていかなかった。
「なんだお前、貧民のくせに俺に歯向かうのか?」
長身の子はエルを突き飛ばし、今度は私の腕を捕まえた。
「お前、今おれを掴んだな!」
私は腕を乱暴に持ち上げられてつま先立ちになった。
「腕が痛いぞ。お前、俺に怪我をさせたな?人に怪我をさせた貧民は、犬の様に殺してもいいんだったよな!」
長身の子は腕を引き上げて私のフードの中を睨み、もう一方の手で腰の剣の柄に手を掛けた。
執筆の励みになりますので、ブックマーク登録や評価(広告下の★)で応援いただけると嬉しいです!
よろしくお願いします!




