第十話 見習い登録(2)
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建物の中は思ったよりも広かった。入り口を入ってすぐには板床の空間があり、ここでも厳めしい男たちがあちこちに集まって言葉を交わしていた。
その光景を見て扉の前に立ち尽くしていると、その内の何人かが私たちに気づき、じっとこちらに目を向け始めた。どうしたら良いのか分からず狼狽えそうになった時、正面奥にカウンターがあり、その向こう側に女性たちが立っているのが目に入った。
セバスさんは受付で登録するよう言っていたけれど、きっとあそこがその受付なんだろう。
俯きながら冒険者の男たちの前を足早に通り抜け、そのカウンターの前に立った。
胸にフリルのついたクリーム色のブラウスの上に、丈が短めの紺のジャケット、頭には同じ紺色のベレー帽、それが受付の女性達の制服のようで、皆同じ服装をしていた。彼女たちは、カウンターに寄りかかる冒険者と話したり、書類を持ってカウンターの奥の扉を行き来したりと、とても忙しそうに立ち働いていた。
その中で、手にした書類に目を通している女性がいた。小柄で大人しそうな、若く美しい女性で、薄く施したお化粧は、ここが街の中心に近いだけあってとても洗練されて見えた。
今、彼女の前には誰もいない。
「あ・・・あの・・・」
その前に立って、声の震えを悟られないように少し声を張って呼びかけると、女性はこちらに目を向け不思議そうな表情を返したけれど、一瞬でにこやかな笑顔になった。
「今日はどういったご用件でしょうか?」
「あの・・・冒険者登録をしたいのですが・・・ここで出来ますか?」
私の声を聞いて彼女はまた不思議そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻して答えてくれた。
「はい、ここで出来ますよ。できますが・・・」
彼女は、顔を少し傾けて目深に被った私のフードの中を覗き込んだ。
「あなた達、いまおいくつ?」
「二人とも十三歳です。」
「そう、十三歳・・・では、残念ですけど・・・十三歳では冒険者登録はまだ無理ですね。」
「はい、正規の冒険者は十六歳からだと聞いています。ですから今日は、冒険者見習いの登録に来ました。」
すると女性は、カウンターにすこし身を乗り出し気味にして、また私のフードの中を覗き込んだ。
「そうですか・・・でも冒険者は危険も伴う仕事ですし、見習いであっても場合によっては危険な目にあうこともあります。登録することをご両親は同意されているんですか?」
答えられず困っている私の様子を見て、女性はさらに言葉をつづけた。
「保護者の方でもいいですけれど、登録することを了解してもらっていますか?」
そう言われ、セバスさんの助言より大分タイミングが早いと思いながらも、ローブの内ポケットに入れていた封書を差し出した。
その中には何通かの書付が入っていた。
「これは・・・ローゼンハイム家の執事長様からのものですね。ずいぶん立派な御身分の方ですけれど、この方があなた達の保護者様なんですか?」
保護者と言っては大分御幣がありそうだったけれど、とりあえずここは頷いておいた。そして、こんな序盤で躓いたらまずいと思って一気に捲し立てた。
「お渡しした書類の中に、執事長様がギルドに対して私たちの身元保証をしてくださっている書類があると思います。私たちが登録をする前提での身元保証ですから、冒険者登録することは既に了承して頂いています。」
すると女性は封書の中の一通の書類を手に取って、その内容を確認した。
「・・・分かりました。それなら問題ないですね。では冒険者見習いの登録手続きを始めましょうか。」
そう言って、カウンターの下の引き出しから書類とペンを二組取り出した。
「この書類の必要な箇所に記入してください。字は書けますか?書けなければ代筆しますよ?」
「大丈夫です。二人とも書けます。」
その書類はとても簡単なもので、名前と性別、年齢、そして職種適性を記入する欄があった。私もエルも、その欄に「剣士」と記入した。
でも最後で手が止まった。最後の欄は住んでいる家の住所を記入するものだった。
「そこは今お住いのお家の住所を記入してください。あとで役所で、あなた達の住民登録を確認します。」
女性は私たちの手が止まったのを見て、笑顔で説明してくれた。でも私はペンを持ったまま目をつぶり、ゆっくり一つ呼吸をした。ここからが正念場だ。
「じつは・・・私たちは住民登録をしていないんです。」
この街の住民は皆、居住地の住所を役所に登録することが義務付けられている。それはこの街で生まれ育った者に限らず、他の街から転入した者などについても同様だ。
「え?それは、この街の方では無いということですか?それでしたら、登録はご自身が住んでおられる街のギルドで行って頂くことになりますが・・・」
「いえ、私たちはこの街の住民です・・・いえ、住民ではなくて・・・でもこの街に住んでいます。」
そうして、私たちが貧民街の住民であることを説明した。貧民はこの街の住民とは見なされないから、当然住民登録も許されない。そもそも貧民街は城外の扱いなので、正式な町名も番地も割り当てられてすらいない。
すると、さっきまで終始にこやかな笑みを浮かべていた受付嬢の表情が硬くなり、それを見て私は思わず顔を俯けた。
私たちが貧民街の住人と知って、きっとこの人も汚いものを見るような目つきに変わるんだろう。そう思うと怖くて顔を上げられず、空白のままの住所欄をじっと見つめていた。
それでも、セバスさんからもらった書類を根拠に、登録を認めてもらうよう何とか交渉しなければならない。でもそんな事、本当に私に出来るんだろうかと思ったら心が重くなった。
「分かりました。ではとりあえず、そこは空白のままで良いですよ。」
思わず顔を上げると、そんな私の心配とは裏腹に、彼女は相変わらず柔らかな笑顔を向けてくれていた。
「それで身元保証書なんですね。」
そう言ってセバスさんの書付に目をやり、彼女は一人納得するように頷いた。
未成年の冒険者見習い希望者が書付を持ってくる場合、保護者が登録を認めることを記した簡素な物であるのが普通なのに、セバスさんからの書類は正式な書式の身元保証書で、ずいぶん大げさな書類を持ってきたものだと思っていたそうだ。
「普通、貧民街の方の冒険者登録は受け付けません。それはあなた達のような未成年者が見習い登録をする場合も同じです。でもこの身元保証書があるならその限りではありません。私だけでは決められませんので一応ギルド支部長に話を通してきますが・・・大丈夫、きっと登録を認めてもらえますよ。」
あちらで待っていてくださいと、ギルドホールのテーブルを指さして、彼女はセバスさんの書付を持ってカウンターの奥の扉に向かって行った。
こんな風にすんなり話が進むとは思ってもみなかったから、唖然として女性の後ろ姿を見送っていたけれど、思い立ってお礼を言おうと思った時には彼女はもう扉の中に消えていくところだった。
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