第十話 見習い登録(1)
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翌日、私たちは早速冒険者登録をするために、屋敷から一番近いローグタウン冒険者ギルドの、中央支部のギルドハウスへ行くことになった。
昨日はマリエラ様を相手に堂々と言葉を交わしていたエルだったけれど、今朝は会話の主導権を取るつもりも、それ以前に喋るつもりも無いようで、終始私の一歩後ろに無言で立っているだけだった。だから必然的に家中の人との会話は私の仕事になった。
「あなた達のローブとマスクですが・・・探してみましたが見つかりませんでした。家の者が勝手に処分してしまったようです。申し訳ありません。」
執事長のセバスさんがそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
確かに、この家の人たちにとって汚れたヨレヨレのローブや、泥だらけのマスク布はゴミ以外の何物でもないだろう。さっき下働きの人たちが床に雑巾掛けをしていたけれど、その雑巾の方がローブよりよほど奇麗だったし、布としても高級かもしれない。
そもそも、あのローブは汚らわしい貧民の象徴。そんな不浄なものを家の中に取っておくなんて、この家の人たちにしてみれば考えられないことだろう。
だからセバスさんに深々と頭を下げられて、むしろ私が恐縮してしまった。
でもそれでは、私たちは素顔を晒しながら街を歩いて行かなければならない。
私たちが素顔を晒すと色々なトラブルに巻き込まれやすいことを、これまでの経験で思い知らされていた。命が危険にさらされたことも数えきれない。だから街で素顔を晒すことは避けたかったし、それに顔を隠さずに街を歩くなど、きっと怖くて足が止まってしまうだろう。
「お詫びとして、代わりのローブとマスクをご準備いたします。少々お待ちください。」
そんな私の心中を察してか、セバスさんはそう言って奥へ下がると、しばらくして両手に黒い布を持って戻ってきた。
「お二人に合いそうなサイズのものはこれしかありませんでした。これでお顔を隠せますか?」
彼が持ってきてくれたのは、装飾の一切無い、真っ黒な袖なしのローブと、黒いベルベット布のマスクだった。
それらを身に着けてみると、いままでの物とは比較にならない程に着心地がよかった。特にベルベットのマスクは、毛足が適度にあって肌触りが柔らかく、生地には深い光沢があって見た目にも奇麗だった。しかも頭の後ろでボタンで止めるようになっていて、今まで使っていた布とは比較にならないほど上等だった。
お礼を言うと
「エルさんもそうですが、特にリズさんのように年若い女性は、美しい姿を見せると厄介ごとに巻き込まれやすいですからね・・・」
そう言って神妙な顔をした。
屋敷を出るとき、セバスさんから一通の封書を渡された。
「ギルドの受付で冒険者見習いの登録をしてください。その際、あなた達の身分について言われると思いますので、この封書を渡してください。その中に、あなた達の身元を保証する書類も入っています。」
***
ギルド中央支部のギルドハウス、通称”中央”は、広い道に面した木造の平屋建ての建物で、その外観は、ここに集う冒険者たちと同様に無骨で飾り気がなかった。
その両側には、同じ広さの敷地を与えられ、同じ幅を持った背の高い画一的な建物が並んでいるのだけれど、このギルドハウスにだけは数区画が与えられていて、他より背が低いけれど幅広な建物になっていた。
ギルド前の街路には、武装した冒険者らしき人々が其処此処に集まって、出発前の打ち合わせだろうか?真剣な顔で言葉をかわしていた。そのほとんどが厳つい男たちで、女性の姿は数人しか見当たらなかった。
そんな冒険者たちから隠れるように、私は目立たないように気配を消しながらギルドハウスの扉の前に立った。振り返るとエルは私の後ろに無言で立っていて、顔を向けても視線すら合わせてくれない。最も、新しいローブのフードで顔は一切見えないけれど。
冒険者登録の折衝はすべて私にまかせた、という事のようだ。
北部のギルドハウスには毎日のように通っていたけれど、入り口の前で鉄屑を買い取ってもらうだけで、建物の中に入ることは許されなかった。だからギルドハウスに足を踏み入れるのはこれが初めてだ。
呼吸を整えて、意を決して扉に手を掛けたとき、中から近づいてくる人たちの気配を感じて急いで脇によけた。
やがて重い足音がして扉が中から乱暴に押し開けられ、革鎧で重武装した大柄な男たちがどかどかと出て来た。
扉の脇で彼らの横顔を見上げていたら、その内の一人と目が合ってギロリと睨まれた。私は縮み上がって慌てて顔を伏せた。
今までなら必ず絡まれる状況だったけれど、でも彼らは何も言わずに通り過ぎて行った。
今はセバスさんにもらった黒いローブに身を包んでいるのだから、私たちが貧民だと彼らに知られる訳がない。考えてみれば当たり前のことだったけれど、今まで街では、常に俯いて、気配を消して人に出会わないよう裏路地を選んで速足で歩くのが常だった。
そんな時に、さっきのような厳つい男たちに見つかったら、命の危機に直結するような厄介ごとに巻き込まれるのが常だった。だからああいう男達は、私たちにとっていつも危険な存在だった。
この扉の向こうに、そんな恐ろしい男たちがまだたくさん屯しているのかと思うと、中に入ろうと決めた覚悟が折れて動けなくなってしまった。
振り向くとエルは相変わらず無言で私の後ろを占めている。
”冒険者登録をするって言ったのはあんたでしょ?だったらその交渉もあんたがしなさいよ!”
心の中でそう毒づいたけれど、声には出さなかった。
昨日はずっと交渉の主導権をエルに取られ、しかも私よりも遥かに立派にマリエラ様と渡り合っていた。その上ここでもエルに任せてしまったら、今後エルは私を姉として見てくれないような気がした。今だって姉だと思ってくれているのか怪しいのに・・・
エルをじっと睨んだ後、私は再度扉の前に立ち、意を決してその扉を押し開いた。
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