第九話 交渉(3)
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「身分?」
「えぇ、身分です。私たちに、冒険者見習いの身分を与えてほしい。それが、私が報酬として要求するものです。」
「冒険者じゃなくて見習い?」
「はい。正規の冒険者になれるのは十六歳からです。ですから私たちの年齢では見習いにしかなれません。」
「あなた達、今いくつ?」
「二人とも十三です。」
「あら、それなら二人とも私の一つ下ね。」
ということはマリエラ様は十四歳?
エルが勝手に話を進めるのにも驚いたけれど、彼女がほぼ同じ齢と聞いてそれ以上に驚いた。その姿を改めて見つめたら、私との余りの違いに悲しくなった。
「でもそれって、冒険者ギルドに行けば良いんじゃないの?ねぇ、セバスティアン?」
「犯罪の前科持ちでもなければ、簡単な申請で誰でも冒険者になれます。ましてや見習いなら、とても簡単だと思います。」
でもエルは、マリエラ様にじっと視線を向けたまま答えた。
「いえ、私たちのように、特に身分の低い者は前科持ちと同じ扱いをされます。ですから見習いになるにも、ギルドに対し身元保証人を立てなければなりません。」
「なるほど・・・じゃあ、あなたの要求は、このローゼンハイム家にあなた達の身元を保証させろということ?」
エルは黙って頷いた。
「そう・・・」
そこでマリエラ様は、端正な眉の片方を僅かに上げて目をほんの少し細めた。
「でもそれは・・・護送の報酬としてはちょっと欲張りすぎではなくて?どんな形にしろ、この街で我が家と直接繋がりを持つことの意味を、安く見積もりすぎだと思うわ。」
そう言ってティーカップを手に取ってお茶を口にした。
「では、こういうのはどうかしら?ローゼンハイム家はさすがに無理筋だから、その代わり、このセバスティアンが個人的に保証人になるというのでは?」
急に名前が出て、執事長は彼女を横目で見た。
「ローゼンハイム家の執事筆頭は、この街ではとても重い肩書よ。冒険者ギルドだって、セバスティアンが保証人なら何も文句は言わないと思うわ。しかも彼は元冒険者でもあるしね。あなたはどう?セバスティアン。」
「何事も、お嬢様の意のままに・・・」
彼はそう言って恭しく頭を下げた。そんな執事長を見ながら、少し考えてからエルが言った。
「分かりました。執事長様に異存がなければ、それでお願いします。」
すると彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「私のことはセバスとお呼びください。あなた達のような才能ある若い方のお力になれるなら、私としても喜ばしい限りです。」
でもそこでマリエラ様が口を挟んだ。
「ただ、それでも報酬としては贅沢過ぎるわね。だから一つ条件を付けさせてもらうわ。我が家からの依頼は最優先で引き受けること。これでどう?」
「ギルドを通して頂けるなら。」
「えぇ、もちろんそうさせて頂くわ。」
彼女は満足そうに微笑みながら頷いた。
***
夜も遅くなったので、その晩は使用人用の一室に泊まらせてもらった。二人きりになると、ベッドの上に腰掛けながら、この目まぐるしい一日のことを思い出してどっと疲れが出た。
今日は東の森で狩りをするはずだった。実際、朝は確かに東の森にいたのに、城門の詰め所でお茶を出され、黒塗りの馬車に乗せられて、そしてこの立派なお屋敷に連れてこられた。そしてその後、私たちの今後にかかわる転身の機会を得た。
でもその大事な交渉が、姉である私を置いてきぼりにして進められたことを思うとだんだん腹が立ってきて、私は隣のベッドに横になるエルの顔を見下ろした。
「今日のことだけど、要求する報酬の内容を事前に言っておいてよね。時間は十分あったでしょ?私だって意見を言いたかったのに、あんただけで話をすすめるんだから。あんたの態度、時々マリエラ様に失礼だったわよ。」
でも、本当に交渉内容について意見を聞かれていたら、私に何が言えただろう?
「俺も冒険者見習いのことまでは考えてなかった。」
そう!なんで冒険者見習いなの?あの厄介な冒険者の仲間になるなんて!理由を聞きたかったけれど、今日の話について行けない姉を晒すのは嫌だ。でもエルが、その後を続けてくれた。
「今回のことで身に染みた。俺たちは何の後ろ盾も持たないから、だれにも助けてもらえない。」
確かに今回、殴られて負った怪我は命には関わらなかったけれど、あの時本当に助けが必要な、もっと重篤な怪我を負わされていたら、誰に助けを求めることも出来ず、そのまま何も出来ず死んでしまっていたかもしれない。
「冒険者ギルドはギルド員を守る義務を負ってる。だからギルドに加われば貧民でも守ってもらえるはずだ。少なくとも頼れるところを持つ事が出来れば、状況は今までよりもマシになる。そうすれば、ギルドに姉貴を守ってもらえるし、今回みたいに傷つけられることも無くなる。」
”冒険者見習いになるっていうのはそういう訳だったんだ・・・”
私を想ってのことだと知って、嬉しくて顔が優しくなってしまった。でもやっぱり許してはいけない。私は急いで滲み出しそうになった喜色を引っ込めた。
「ちょうど向こうの思惑とも一致するし、切り出すには良い提案だと思った。」
思惑と言えば、冒険者見習いのことが決まった後、マリエラ様が専属護衛の話をしなくなった。その話こそ、馬車でエルが言っていた彼女の思惑のはず。でもエルは目を瞑って黙ってしまった。
「今日みたいに立派におしゃべりできるなら、これからも他の人と、ちゃんと話しをしなさいよね。」
話を続けさせようと嫌味をチクリと言ったけれど、エルはもう寝てしまう・・・
「ねぇ、なんで途中でマリエラ様は専属護衛の話をしなくなったの?」
しょうがなくエルに聞くと、眠そうな目を開いて説明してくれた。
「あのお嬢様が言ってたように、彼女が俺たちのような貧民を、専属の護衛としてこの家に雇わせようとしたらものすごく反発される。でもギルドを通して雇えば、この家にしてみたらギルドから派遣された冒険者だ。それ以上の身分は問わない。例えその素性が貧民であっても。」
冒険者も高い身分とは言えないけれど、貧民よりは遥かにマシだ。それに冒険者を護衛に雇うなど当たり前に行われていることだから、身分云々は問題にならないだろう。
「そういう意味では、ギルドを通して俺たちを自由に使えるなら、マリエラにとってはそれが一番都合がいいんだ。護衛もさせられて、家の反発もない。だから冒険者見習いになる提案を受け入れてくれた。」
なるほど、そういうことだったんだと納得した。
「でもマリエラ様の依頼を受けたら、今日のあのマントの男たちの仲間と戦うことになるかもね・・・」
私たちを護衛にする話は、良家のお嬢様の気まぐれな我儘などではない。彼女は本気で力のある護衛に身近を護らせたいと望んでいた。つまり彼女は敵を抱えていて、その敵が手練れの集団だと認識しているのだろう。
「そうだな・・・でも、危なくなったら逃げる。命は懸けない。冒険者は依頼主にそこまで忠誠を誓う必要はない。」
つい今しがたまで眠りにつきそうだったエルが、しっかりとした目で私を見た。
「マリエラの護衛がどういうものになるか分からないし、冒険者見習いになることが良い事かも分からない。でも・・・俺たちの状況を変える折角のチャンスだから、試してみても良いと思う。ダメだったらまた貧民街に閉じこもろう。」
今日一日、姉としては全く、まったく面白くなかったけれど、今日のエルは頼もしかった。
でもそれを認めるのが無性に悔しくて、私はエル彼の顔を見返して、ただ素っ気なく頷いた。
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