第一話 不毛の谷(2)
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輝きを増しつつある朝日を横目に、私たちは更に北へ歩を進める。振り返ると、ゴミの台地が遠くに見える。今あそこでは、同じローブを着て籠を背負った同業者たちが、ゴミを漁って売れそうな資材を探している筈だ。
歩を進めるうち、足元を覆う草の高さは、脛までだったのがくるぶしまで低くなり、やがてまばらになって、最後に一面の荒れ地に出た。
ここは赤土と岩に覆われた悪地で、草一つ生えていない。だから生態系が成り立たたず、獣はおろか魔物さえ住まない。もちろん人が訪れることもなく、邪魔者のいないこの場所で、私たちはいつも剣の鍛錬をしている。
岩陰に、背負ってきた鉄屑が満載の重たい籠を下ろした。
「ふぅー」
肩に食い込む背負い紐の痛みから解放されて深呼吸した。これを、また背負って街まで帰らなければいけないことを今は忘れておこう。
私はフードを外してローブを脱いだ。でも赤土の埃を吸い込まないよう、ここではいつもマスクはつけたままにしている。
ローブの下から、背中まで届く髪が露になった。淡く紫がかった銀色の髪。
エルもローブを脱いで籠の上に被せた。この子の髪も銀色。男の子にしては長いまつ毛も同じ銀色で、その下の瞳は、エメラルドのような鮮やかな緑色をしている。
私とは違う色。私の瞳は青色だ。
地に置いた籠を前に、エルが体を伸ばす姿を何の気なしに見ていたら目が合った。ちょっとびっくりして笑いかけたら、早く準備しろと睨まれてしまった。その生意気さにカチンときて睨み返してやったけれど、鎧の肩のバックルを弄るエルはもう私を見ていなかった。
私たちはローブの下に革鎧を装備している。でも鎧といっても私のものは、襟シャツと膝までのパンツの上から、男物の胸当てとグローブをつけただけ。
エルの装備も鎧と言えるのか分からないような粗末なもので、これらは皆、不毛の谷で拾ったものだ。
私たちは鉄屑を集める合間に着られそうな鎧を見つけては、それを拾って装備している。
私とエルは十三歳。成人までまだ二年ある。そんな子供が着られるサイズの鎧なんてなかなか見つからないから、私のグローブは左右で装飾も色目も違う。おまけに右のグローブは大きく破損していて、人差し指と中指の背が顕になっている。ミドルブーツも靴底に穴が空きそうだから、代わりのものを探さないといけない。あと最近、胸当ても窮屈になってきた。
でも武器だけは、拾い物では無いまともなものを装備している。私は胸で結んだ紐を解いて、背中に括りつけていた剣を外すとそれを腰に佩いた。
私の獲物はレイピア。装飾は一切ほどこされていない簡素な細身の諸刃剣で、切っ先は鋭く尖っている。何年も前にしつらえてもらったもので、だから今の私にとっては少し短い。だけど、それで父さんが自ら剣技を仕込んでくれた思い出の品。
でも、私が剣を持っていることを周りの人に知られたら、絡まれたり奪われたりするかもしれない。だから普段はこの大切な剣を、背中に括ってローブの下に隠している。
エルは双剣使い。緩い反りを持った2本の片刃の短剣を、後ろ腰で左右から差している。この子は私たちの家に来た時からこの剣を持っていた。
エルは短剣を両手に持ち、手元で回転させて順手、逆手と素早く持ち換える動作を繰り返す。まるで剣が手に張り付いているみたい。
私はレイピアを抜くと、手首を捻りながら八の字を描いてその抜き身を振った。
少し距離を取って二人で対峙する。そのとき、風が通り抜けて私の髪を巻き上げた。
「ごめん、ちょっと待って。」
エルに少し待ってもらい、髪を手早く三つ編みにする。
街を歩く同年代の少女たちは、色とりどりの奇麗な紐で髪を止めているけれど、私の手にあるのは汚い布切れ。編み終えた髪を捕まえながら、ほんの一時、そのぼろ布を見つめていたけれど、エルを待たせているのを思い出し、急いでそれで三つ編みの先を結んだ。
互いの準備が整うと鍛錬を始める。その内容は、真剣を使った実戦訓練だ。
剣を構えて目の前のエルを見据える。彼も腰を落としこちらを伺っている。
刹那、地を蹴って鋭く間合いを詰めると、エルの心臓に向けて剣を突き込んだ。彼は体をひねってその切っ先をやり過ごしざま、カウンターで私の首めがけ右手の順手の短剣を突き出すけれど、体を横に反らしてかろうじてそれを躱した。
でもエルの攻撃は終わらない。
彼は首を狙った短剣を手放した。一瞬その短剣が宙に静止する。
直後、それを逆手で捕まえ直し私の喉を目がけて鋭く払った。でも必死に戻したレイピアでその短剣をギリギリ弾く。
キンッと鋭く短い金属音が響き互いの剣が跳ね返される。
私はそのまま後ろに飛び退き、宙にいる間に剣に水の気力を練り込んだ。
刀身が、青く光る気力に一瞬で包まれる。まるで剣が水を纏ったかのよう。
その気力で水の魔法を発現すると、細身の刀身で串刺されたように青い魔法陣が現れる。着地と同時に前に出て、その剣でエルの心臓を再度突いた。水魔法によりその突きには、打ち寄せる波のような重みが乗せられている。
けれど、それがエルの心臓に届く寸前、交差させた双剣に防がれた。
双剣にも魔法陣が光っている。その前で、風の気力が付与魔法により硬化して、緑に輝く盾となって私の突きを受け止めた。
ドンッ!
水と風の気力がぶつかり、重い衝撃音が響く。今度は両者大きく後ろに下がって距離を確保した。
ここまでの時間は十数秒。
鍛錬とは言っても真剣での戦いだから、ケガをしたり命を失う危険もあるけれど、今の二人にはこれ以外にやりようがない。それに、ひたすら鍛錬を重ねてきた私には、エルの剣筋を全て見切る自信があるし、エルも同じだと思う。
そうは言っても、他の人からは本気で殺しあっているようにしか見えないだろう。
”でもその人が剣の訓練を受けて無ければ、私たちの動きを目で追うこともできないでしょうね。”
この殺し合いのような鍛錬で、私たちは確実に強くなった。
でもまだ足りない。
”強くなりたい。もっと強くなりたい。もっと・・・もっと強くならなければいけない”
今度は剣を下に構え、地面を蹴ってエルの懐を目指して飛び出した。