第九話 交渉(1)
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馬車が屋敷に着くと、玄関のポーチに集まっていた使用人たちが、馬車から降りたマリエラを取り囲んであわただしく屋敷の中に連れていった。私たちは、ポーチよりもずっと手前で下ろされたのだけれど、馬車も去って忘れられたように取り残された。
立派なお屋敷を前にして、場違いなところに来たと私はまた不安になった。それに今、フードもマスクも着けずに素顔を晒している頼りなさが、その不安な気持ちを一層強くした。
「ねぇ・・・このまま帰っちゃおうよ。」
エルの顔を見上げてそう言ったけれど、エルは答えず、ポーチの方を見ていた。
しばらくすると、黒いタキシードを着た年配の紳士と青年が近づいてきた。私たちの前に立つと、二人は恭しく礼をして、それから年配の紳士が口を開いた。
「私はこのローゼンハイム家で執事長をしております、セバスティアンと申します。」
ローゼンハイムといえば、この街の物流を一手に引き受ける大商人の家だ。貴族ではないけれど、この街では領主の家に次ぐ名家中の名家だ。
「当家のお嬢様を助けて頂きましたこと、心からお礼申し上げます。」
私たちに向けて執事長はもう一度深く礼をした。
ロマンスグレーの髪をオールバックに固めた中肉の紳士で、口髭を几帳面に整えている。清潔で品があり、執事然としているけれど、それには不似合いな雰囲気も感じて違和感を覚えた。
マリエラは身分ある家のお嬢様だとは思っていたけれど、まさかローゼンハイム家の御令嬢様だったなんて・・・同じ平民だけれど雲の上の存在だ。彼女に対する振る舞いに失礼が無かったか思い悩んだけれど、周回道でのエルの塩対応がそれに当たるんじゃないかと思うとドキドキした。
「お嬢様が、あなた達に改めてお礼を言いたいと仰られています。会見の場を設けさせて頂きますので、その準備が整うまで屋敷でしばらくお休みください。」
彼と一緒に来た青年はこの家の執事だと紹介され、執事長が目くばせすると
「どうぞ、こちらへ。」
青年執事は私たちを玄関の方へ導いた。でもポーチには入れてもらえず、その手前で曲がって、屋敷の奥に続く道を歩き出した。
彼に付いていくと、屋敷の周りをぐるりと歩かされて、裏手の扉から屋敷の中に招き入れられた。そして下働きらしい人々が行き交う廊下を通った。
その道すがら、すれ違う下働きの人たちは私たちの顔を見ると、皆一様に足を止め、ビックリしたような顔で目の前を通り過ぎる私たちを見送った。すると、同じように足を止めた年配の女性が
「まぁ、何て奇麗な子たち・・・」
そうボソリと呟いた。
周りの人たちの目にも、その女性の呟きにも、今は悪意は無いようだけれど、この人たちは私たちの身分を知っているんだろうか?私たちが貧民だと知ればきっと、その表情は蔑みの色に塗りつぶされるだろう。そう思うと居たたまれず、彼らと目を合わせるのが怖くて、終始俯きながら前を歩く執事の踵を見ながら通路を歩いた。
通路を進んだ突き当たりには扉があり、私たちはその部屋の中に入れられた。
壁はうす汚れていて、この屋敷の外観とは似つかわしくない粗末な部屋だった。使用人のための食堂だろうか?中央に設えられた長テーブルの椅子の一つに座った。
「ここで暫くお待ちください。なにかお飲み物をお持ちしましょうか?」
どう答えればいいだろう・・・そう思いながら執事を見ると、彼は私の顔をじっと見つめていた。その視線が強く感じられて、私は思わず顔を伏せた。
「私たちの身分のことはお嬢様からお聞きでしょう。下働きが飲むようなお茶でも頂ければ、それで結構です。」
隣のエルが話すのを見て、さっきのマリエラとの件があったから驚きはまだ少なかったけれど、今まで聞いたことのないような落ち着いて堂々とした話しぶりに、彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
そこで長い時間待たされた。
屋敷についたのは午後の早い時間だったのに、窓から見える外の様子は夕方に近かった。その間、二度ほどお茶を取り換えに若い女中が来ただけで、だれも部屋に入ってこなかった。
隣のエルは、椅子に座りながら腕を組んでずっと目を閉じている。
「ねぇ、エル、お腹すいたね。」
「・・・あぁ・・・」
心細くて、ことあるごとに話しかけるのだけれど、生返事を返すばかりでちゃんと会話をしてくれない。
そんな時間が長く続いて心細さが極まった頃、急に部屋の外があわただしくなったと思ったら、扉が開き奇麗な女性が入ってきた。その後ろには先ほどの執事長とメイド二人を伴っている。
「お待たせしてしまったわね、ごめんなさい。」
女性は私たちの向かいに座り、執事長はその横に控えた。どこかで聞き覚えのある声だと思ったら、マリエラだった。驚いて、ついつい彼女の姿に見入ってしまった。
金色の髪は奇麗に後ろでまとめられ、唇には鮮やかな紅が載せられている。赤サテンのワンピースの上に、黒のレースの上衣を羽織っていて、簡素なのに気品にあふれていた。栗色の瞳の大きな目は自信に満ちていて、木の根にうずくまっていた幼い面影は全くなかった。
「あなた達、夕食はお召し上がりになった?」
彼女は私を見て尋ねたのだけれど、こんな立派なご令嬢様に私なんかが答えていいものかと、怖くなって隣のエルの顔を覗いた。
「夕食はもちろん、昼食も頂いていません。」
エルが憮然として答えた。彼女はそれを聞いて少し驚いた顔をしたので、エルの言い方が無礼だったのではとビクビクしてしまった。
「あら、ごめんなさい・・・えぇと、あなた・・・」
彼女は隣に控える執事長の方を見た。
「セバスティアンにございます。」
「あぁ、セバスティアン。この方たちをきちんとおもてなしするように言ったはずですが?」
「申し訳ありません、不手際があったようです。只今、お食事をご用意いたします。」
そう言って執事長は、扉の脇に控えているメイドに目をやった。すると彼女達は礼をして、その内の一人がそそくさと部屋を出て行った。
「いろいろと失礼があって・・・本当にごめんなさいね。」
彼女は私たちに目礼した。
「失礼と言えば、まだあなた達のお名前を伺っていなかったわね。」
促されて、私は緊張しながら名乗った。
「私はリズです。そして、こちらが・・・”弟の”エル。」
東の城門の詰め所でのこともあり、弟、という語を少し強めにして答えた。
「リズとエルね。二人とも、今日は世話になったわ、本当にありがとう。私の名前は今朝名乗ったわね。マリエラ・ローゼンハイム、このローゼンハイム家の娘よ。」
彼女は胸に手を当てて、にこやかに言った。本当にこのお家の御令嬢様だったんだ・・・改めて驚いたけれど、でも彼女が執事長の名前を憶えていなかったのを不思議に思った。
「本当はもっと早くあなた達の所に来たかったのだけれど、色々あってね。この家は貴族でもないのに、最近はその真似事に熱心なのよ。変なところだけね。」
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