第八話 マリエラ(1)
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緋色のローブの集団が最初にいた木の根元に一人の少女が倒れていた。白いネグリジェの下着姿で靴も履いておらず、両手足を麻縄で縛られている。その隣に、少女が入るほどの大きな麻袋が捨てられていた。
エルは短剣の血をローブで拭って背中にしまった。
「帰るぞ。」
そう言って帰り道に顔を向ける。でも私は目の前の少女を見ていた。
「ここに置いて行くの?」
そう言うと、エルは街道の地面に目を向けた。
私もそれには気づいていた。道には複数の馬の蹄の跡が刻まれていて、それはいままで私たちが通ってきた方から、この奥まで続いていた。蹄の跡には隠蔽の魔法が掛かっていたのだろう。魔術師が斃れてその効果が消えたというのなら、今までこんなに明らかな跡に気づかなかったことへの説明がつく。
今しがた倒したローブの集団には別動隊がいるのだろう。いずれ、彼らはここに戻って来る。
「こいつに関われば、別な敵を抱えることになる。」
「でも目が覚めて一人で逃げたとしても、無事に逃がしてもらえる?」
「じゃあどうする?今なら、苦しまないように殺してやることも出来る。」
「・・・わざわざ殺す必要ないよ。」
「じゃあ、街まで連れてくか?でも厄介ごとになるぞ。」
「・・・」
どうすべきか考えていると、突然少女がぱちりと目を開けてむくりと体を起こした。私はビックリして、エルと顔を見合わせた。すると少女は、私に向かって早口で話しかけてきた。
「お姉さん、あなたが助けてくれたのね、助けてくれてありがとう。もう少しで悪い人たちに殺されるところだった。ほんとうに、助けてくれてありがとう。」
何歳くらいなんだろう?腰まで届く奇麗な金髪で、栗色の瞳を持った大きな目がクリクリ動く。かわいらしい顔立ちで、上目使いで私を見る姿は幼く見えた。いままで気を失ったふりをしていたのだろうか。
「気を失ってたんじゃなかったの?」
「目が覚めたのはついさっきです。お兄さんとお姉さんの話し声が聞こえて目が覚めました。」
助けたつもりは無かったけれど、私が助けた、と何度も言われて、なんとなく本当に助けてあげた気になった。やっぱり、街まで連れていってあげるべきだろうか。
「あなた、どこから来たの?」
「ローグタウンの街です。寝てたら、悪い人たちが寝室に入って来て、いきなり誘拐されて、それから・・・」
少女は、縛られた両手を不安そうに胸に当てて、私を見上げながら必死に事情を説明する。今にも泣き出しそうな顔をしていて、手を縛る縄が痛々しい。
彼女の説明で具体的なことは何も分からなかったけれど、縄が目についたのでとりあえず手をほどいてやり、一緒に足の縄も解いてあげた。
「一人で帰れる?」
少女は涙目で頭を振った。
「できれば・・・家まで送ってください。」
今にも涙がこぼれそうだ。私は慌てて頷いた。
不満そうな気配をエルから感じたけれど、とりあえずこの子を助けることに決めた。街に入らなくても、ここから一番近い東の城門まで連れてゆけばいい。そうと決まれば、早くここを離れなければならない。
「とりあえずここから移動しましょう。歩けそう?」
少女は頷いて、私の手を取って立ち上がった。すると背丈が、私とほとんど変わらなくて少し驚いた。振り返ると、首無しや胴で二つになった死体が転がっている。少女に向き直って慌てて言葉をかけた。
「手を引いてあげるから目をつぶって。ちょっと怖いものがあるから・・・」
そう言うと、少女は私の肩越しにそれらの死体を一瞬凝視したように見えた。でもすぐに目を瞑ると手を差し出してにこりと笑った。
「お願いします。」
違和感を感じたけれど、少女の手を引いて死体の横を通り抜けた。
「もう大丈夫、目を開けていいよ。」
そうして私が先導して街道を歩き、その後に少女が続いた。エルは無言で私たちの後ろをついてきた。
少女はマリエラと名乗った。でも私たちは名前を告げなかった。どうせ城門までの付き合いだ。彼女を連れて行って城門で別れたら、もう二度と会うこともないだろう。彼女は裸足で早く歩けなかったけれど、それでも出来る限り急いで街へ向かった。
「あの、お姉さん・・・」
「なに?」
後ろを歩くマリエラを振り返った。
「あの・・・私、下着しか着てなくて・・・とても寒いの。」
マリエラの体がブルブル震えていた。周りは鬱蒼とした森で、街道も日蔭勝ちになって確かに肌寒い。
「そのローブ、ちょっとだけでいいから貸してもらえないかしら?」
そういって私のローブに目をやった。それを聞いて、私はびっくりして聞き返してしまった。
「え?このローブ?・・・これで良いの?これを着てるとあなたも貧民街の・・・」
その時、エルの鋭い視線を感じて言葉を飲み込んだ。
街の人が、貧民のローブを自ら着ると言うなんて思いもしなかった。寒くて仕方がないという今の状況は、緊急事態だと言えばそうかもしれないけれど・・・
でも、街の人々が私たちに向ける目を思い出したら、命にかかわるような事態でも汚らわしいローブを着ようとはしないと思えた。
”この子は、裕福な家の世間知らずなご令嬢様で、貧民街のことを知らないのかもしれない。それとも他の街の子?でもローグタウンから来たと言ってたし・・・”
とにかく、どこか良家の御令嬢であるマリエラが、私たちが遥かに弱い立場の者であることを知らないなら、短い旅路の間はそのままにしておいた方が良いと思った。
私が慌ててその後の言葉を飲み込む姿をマリエラはじっと見ていたけれど、その顔が少し大人びて見えた。
「大丈夫、城門の近くまででいいから。そこまで行ったら返すわ。」
そう言われ、私はローブを脱いで渡した。それを受け取りながら、マリエラはビックリしたような顔で私を見た。
「あなた、とっても奇麗ね。紫がかった銀色なんて、珍しい髪色。肌も透き通るように白いし、青い瞳も宝石みたい。」
私は、森に入る前に髪を纏めておくべきだったと後悔した。髪も瞳もあまり他人に見られたくなかったけれど、この子を助けると決めたからには仕方ない。
「・・・ありがとう。」
俯きながらお礼を言った。
「その黒いマスクは外さないの?」
「これは・・・いつもつけてるの。」
「そうなの。マスクを外したお顔もきっと奇麗なんでしょうね。」
そう言われても、マリエラが良家のお嬢様だと思うと自分が恥ずかしく思えて、それからなるべく彼女に顔を向けないようにした。
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