第六話 断罪(2)
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私は庭の隅でうずくまっていた。そんな私をエルは後ろから抱きしめてくれていた。
役人の言葉が信じられなかった。父さんと母さんが竜と戦わずに逃げた?
正義感の強い父さんが、そしていつも優しく正しい人であった母さんが、街の人々を裏切るなんて考えられなかった。だから零れそうな涙を必死で我慢していた。泣き出してしまったら、それを認めてしまうような気がしたから。
二人とも、いつも街の人々のことを考えていた。いつも、竜が来たらどうやって街の人々を避難させるかを真剣に話し合っていた。そしていつも、街の人々の暮らしに安寧をもたらすため、竜を倒す為の戦略を話し合い、剣と魔法の連携を研究していた。
そんな二人が竜との戦いから逃げた?
家を出立する二人の姿を思い出したら、裏切り者と断ずるさっきの役人の言葉が頭の中で響いた。
「ねえ、エル。あの朝、門の前で抱き合った後、二人は街道をあんなに大急ぎで走っていったけど、父さんと母さんは竜と戦いに行ったんだよね・・・」
私を抱きしめるエルの手が目の前にあった。
「でもさっきのお役人様は、どうして二人が逃げ出したなんて言ったんだろう・・・」
目の前の、そのエルの手を握った。
”ごめんね。・・・”
その時、母さんの最後の囁きを思い出した。もしかしたらあれは、竜から逃げ出すことを謝っていたんだろうか?そして私たちを置いて逃げることへの謝罪だったのだろうか?そうだとしたら・・・
「もしかして私たち、捨てられたのかな?逃げるのに邪魔で・・・まさかね、でも・・・そうとしか・・・」
私は、エルのその手をきつく握りしめた。
「父さんと母さんに聞いて確かめないと。今二人はどこに・・・」
探しに行こうとエルの手を離したそのとき
「あぁ、二人はもう・・・」
死んでしまったんだ、と思い出して涙がこぼれそうになった。
私が悲しんでいると、いつも優しく髪を撫でてくれた父さんの大きな手が、そしていつも強く抱きしめてくれた母さんの温もりが、たまらなく恋しくなった。でも父さんも母さんも、もうこの世にいない・・・もう二度と、二人に会うことはできない・・・
喉から漏れる嗚咽を必死に飲み込もうとしていると、今度はエルが手を強く握りしめてくれた。
そこへ、私たちを見つけた衛士たちが近づいてきた。
「おい、お前たち、ここはもうお前たちの家ではない。速やかにここから立ち去れ。」
そして私とエルは、父さんと母さんと共に過ごした家から、身一つで追い出された。
ただ、家から運び出されて庭に無造作に並べられた家財の中に、エルがレイピアと短剣を見つけ咄嗟に取り返してくれたけれど、それ以外は何も持ち出すことが出来なかった。
こうして家名は廃されて、死んだ父さんも母さんも、そして遺された私たちも、初代様の子孫ではなくなった。そして私たちは罪人の遺児になった。
街の人はだれも助けてくれなかった。私たちの素性を知るとみんな、腰抜けの娘、裏切り者の子と罵り蔑んだ。罪人の子だからと乱暴されそうになったこともあった。そんな私たちに向けられる悪意が悲しくて恐ろしくて、それ以来街の人たちが心底怖くなった。
それから、行く当てもなく街を彷徨い、最後に貧民街へと流れ着いた。私たちは身を守るために、そこで本当の名前を捨てた。そして家族に呼ばれていた愛称が名前になった。
父さんと母さんが逃げ出したとは思えない。竜と戦ったんだと信じている。断罪されてしまったのは、きっと何かの間違いだ。
だけど街の人たちは父さんと母さんを裏切り者だと思っている。だから二人に向けられる怒りと侮蔑を払ってあげたい。奪われた名誉を取り返してあげたい。
そのためには・・・
私たちが竜を殺せば良い。
貧民に堕ちた私たちの言葉なんて街の人は誰も聞かない。どんなに父さんと母さんが街のために努力してきたか、どんなに街の人々の事を想ってきたか、声を張り上げて説明しても、誰も聞いてくれないし信じてくれない。
だから二人の遺志を継いで、私たちが代わりに厄災の竜を倒せば良い。そんな偉業を成したなら、みんなが私たちの言葉を聞いてくれるだろう。そして二人の罪が誤解だったと分かってくれる。
それに、もし・・・
もしも、父さんと母さんが、本当に使命を投げ出して逃げたのだとしたら・・・
私たちが竜を殺せば、大好きな父さんと母さんの罪を、代わりに贖ってあげられる。
こうして、行き場をなくし貧民街に流れ着いた私は、二人で竜を殺そうとエルと約束した。貧民にまで貶められてしまった幼い私には、そんな方法しか思いつかなかった・・・
「ねえ、エル。」
広場の像を見つめながらエルに話しかけた。
「私たちが家を追い出されたときのこと、覚えてる?」
返事はない。
「父さんが大切にしていた書斎の壁のタペストリーも、母さんのお気に入りだった真珠の髪飾りも、みんな持ってかれちゃったね。」
風が止み、城主像の掲げる旗が力なく萎れている。
「家から追い出されるときに、庭の花壇の横を通ったでしょ。あのときね、母さんがやっと咲いたって喜んでた百合の花が踏みつけにされてたのを見たの。それが許せなかった。」
それを見て我慢できなくなって、声を上げて泣いた。それでも衛士が追い立てて、エルに抱きかかえられるようにして歩いたのを覚えている。
「ねえ、エル。私たち、強くなろうね。鍛錬を沢山重ねて。」
「・・・あぁ・・・」
エルが短く答えてくれた。
「初代様は水の恩寵の力を使って竜を一人で退けたでしょ。それなら私たちの水と風の恩寵の力を使えば、竜を殺すことだってできると思う。だから竜、殺そうね、私たち二人で。」
そこで私はエルのフードの中を覗き込んだ。
「・・・この話も、ここに来たらいつもするけれど、これは怒らないの?」
そっぽを向かれるかと思ったけれど、フードの中の瞳はじっと前を向いたままだった。
「・・・あぁ、怒らない・・・」
そして私たちは、狭い路地に並んで膝を抱えながら、広場の初代城主の像をそのまましばらく見つめていた。




