第六話 断罪(1)
次話は明日更新予定です。
遠くで、街の危急を知らせる早鐘が打ち鳴らされている。
その朝、この街で何が起こっているのか父さんは教えてくれなかった。でも今、何が起きていて、そして父さんと母さんが何をしに行くのか、私もエルも知っていた。
敷地のなかに乗り入れる手間も惜しんだようで、家の門の前に馬車が止まっている。御者台に座る青い顔をした御者は手綱をピンと張っていて、今すぐにでも出発できる体勢を取っていた。
その門の手前で、父さんが私の耳元で囁く。
「お前たちは家から決して出てはいけないよ。大丈夫、いつものように父さんも母さんもすぐ帰ってくるから。」
頬を私の髪に押し付けて抱きしめている。
二人は度々、城主様の依頼で魔物の討伐に出かけていった。そしていつも、何もなかったかのような顔をして家に帰ってきた。でも今日は、父さんが私を抱きしめる力がとても強くて硬かった。
「エル、リズをお願い。何があってもお姉ちゃんを守ってあげて。」
隣で、母さんがエルを抱きしめている。そしてエルは無表情のまま、母さんの背中に手をまわしている。母さんはそこに私も引き寄せて抱きしめた。
「リズ、エルと一緒に家で待っていて。必ず・・・必ず帰ってくるからね。だから二人で待ってて・・・」
二人の頬に何度もキスをして、それからまた強く抱きしめた。
父さんが肩に手を置いて、母さんが頷いて私たちを離す直前に、私の耳元でかすれた声で言った。
「ごめんね・・・」
その言葉を聞いて、母さんにもっと抱きついていたいと強く思った。帰ってくるという二人の言葉が、本当は気休めであるように思えたからだ。
けれど二人は、私たちを残して馬車に乗り込んだ。
馬車がすごい勢いで走り出したとき、涙が出てしまうからと二人に何も言葉を掛けていなかったことに気が付いた。走り去る馬車を追いかけて、声の限りに叫んだ。
「父さん、母さん・・・待ってる、エルと二人で待ってるから・・・」
声を発したとたんに溢れ出した涙は、いつまで経っても止まらなかった。
遠くで地鳴りが何度もして、その度に家がカタカタ揺れた。その合間に、今までに聞いたこともない恐ろしげな咆哮が響いた。
それが厄災の竜のものであることを、私もエルも知っていた。
竜そのものよりも、その近くに父さんと母さんが居るだろうことが恐ろしくて、私はエルを抱きしめながら家の中で震えていた。
やがて夜になり、全ての音が聞こえなくなった。
それから三日間、私とエルは、父さんと母さんの言いつけを守って、家で二人の帰りを待った。
「約束したから、きっと二人は帰って来るよ。」
同じ言葉で何度も励まし続け、その度にエルは無表情のまま頷いた。この家にやって来たばかりの頃の様に、その顔から表情が消えているのがとても心配だったけれど、どうにかしてあげられる余裕は無かった。
四日目の朝、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「帰ってきた!エル、二人が帰って来たよ!!」
私はエルの手を引っ張って急いで玄関へ走り、扉の閂を外した。するとそこには、剣を腰に差した衛士たちが立っていた。
私たちは、衛士たちに家の外に引き出され、庭に跪かされた。その前に立派な服を着た役人が出て来ると、手に持った羊皮紙の巻物を広げて読み上げ始めた。
始めに、父さんと母さんの名前が読み上げられた。
「上記両名の者、竜を退ける任を与えられしも、この度の襲撃にあたってはその責を全うしなかった。あまつさえ、竜と戦わず逃げるという卑劣な行動を取り、城主様のみならず街の住民をも裏切った・・・」
その言葉を聞いて頭が真っ白になった。
「お待ちください。何かの間違いです!父と母は逃げてなど居りません。あの朝、確かに竜に立ち向かうためこの家を出立致しました!」
すると後ろにいた衛士が私の髪を掴み、頭を地面に乱暴に押し付けた。
「断罪官様のお言葉を最後まで神妙にお聞きしろ。」
それから、前から先ほどの役人の声が聞こえた。
「ええと・・・なんだったかな・・・つまりだ。お前たちの両親が役立たずの裏切り者だったという所までだったな。それで・・・」
「それで父と母は・・・父と母はいまどこにいるのですか?」
地面に頭を押し付けられながら叫ぶと、衛士は押さえつける力を更に強くした。そんな私に、役人は呆れたような声で言った。
「なんだ、知らんのか?おまえらの両親は死んだわ。街から逃げ出す途中で事故にあって死んだそうだ。」
その後、役人が何を喋ったのか覚えていない。
頭を押さえ付けられながら、目の前の狩り込まれた芝の先に見慣れた庭の風景が見えて、その中に、衛士たちの見慣れない足具が並んでいるのが見えた。
最後に、役人は声に威厳を込めて宣言した。
「彼ら不誠実な不届き者たちの罪を断じ、家名を廃し封じられたこの土地及びその他全てを、城主様の管理の元に差し戻す。」
すると待機していた衛士たちが家の中に踏み込んでいき、家の中の見慣れた家財たちを持ち去り始めた。




