第五話 中央広場(2)
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この街の東と西には深い森が広がっていて、このうち西の森の奥には、清らかな湧き水をたたえた湖がある。
エマン湖と呼ばれるこの湖の畔に、スプーニルという名持ちの凶暴な竜が数年ごとにやって来る。
何故この湖にやって来るのか、そのはっきりとした理由は分かっていないけれど、しばらく湖畔に留まった厄災の竜は、やがてまたどこかへと飛び去ってゆく。
けれど稀に、気まぐれにこの街を襲うことがある。
高く厚い城壁がこのローグタウンを囲んでいるのは、厄災の竜が街に侵入するのを防ぐのが目的だ。
かつてこの竜が街を襲ったとき、一人の男が剣を振るいたった一人で撃退した。その功績で、時の王からこの街を賜り初代城主となった。それがこの像の剣士だ。
「ねぇ、エル。あの台座の上の人、私たちの家の遠いご先祖様なんだよ。この話、知ってるよね。」
「・・・あのなぁ・・・知ってるに決まってるだろ。」
エルは吐き捨てるようにして答えると、あからさまに嫌そうな顔を私に向けた。
「またその話するつもりじゃないだろうな?・・・それ、ここに来たら姉貴に毎回聞かされてるだろ。」
そのエルの顔を見てムカついたけれど、でもその反応は十分予想していた。私は努めて朗らかな笑顔を作ってエルに返した。
「でもさ、ほら、ここ、たまにしか来ないんだから聞いてくれても良いじゃない。」
「良くない。もう話の内容は分かってる。あの金ピカ鎧がご先祖様で、姉貴の家はその子孫の家系。だから父さんと姉貴は、あの金ピカと同じ水の恩寵を受け継いだ・・・だろ?」
エルの言う通り、私の家系は初代城主様の子孫に当たる。
初代様は水の恩寵の授与者で、その力を使って一人で竜を退けたと父さんから教えてもらった。そして初代様の子孫の家からは、父さんや私のように、水の恩寵を受け継ぐ者が稀に現れる。
その通り・・・なんだけど、なんか色々ムカつく・・・
”金ピカって、初代様に失礼でしょ。私たちのご先祖様なのに。それにお前の家って、あんたは私の弟なんだから、うちの家の一員でしょ”
でもそう言いたいけど言えない。俺は本当の弟じゃないなんて言われたら困る・・・ムカつく。
”久しぶりにここまで来たんだし、私の話を聞いてくれても良いじゃない。弟のくせに言い方も生意気だし”
すごくムカつく・・・
「あんたさ、それだけペラペラ喋れるんなら、さっきの武器屋で文句の一つでも言いなさいよ。ほんと、私以外の人の前では貝のように黙るんだから。」
ムカついた勢いでつい、さっきの武器屋のことで嫌味を言ってしまった。そう言われてエルは当然、機嫌を悪くして黙り込み、言った私も自己嫌悪に陥った。
いつもここに来ると、何かしら喧嘩になって気まずい雰囲気になる。私が同じ話を聞かせようとするのが原因なのだけど。
でも私はこの広場が好きだ。
この広場に来ると、私が初代城主様の子孫であったことを改めて思い出す。
でもそうすると、それを口に出して確認せずにはいられなくなる。そうでないと、私の中のその記憶でさえ、今のみじめな生活の中で溶けて無くなってしまいそうで怖い。
私が初代様の子孫であることは、公的には無かったことにされているのだから・・・
初代様を祖とするローグ家は伯爵の爵位を戴いていた。ちなみにこの街のローグタウンという名は、ローグ家が治める街という意味だ。でも現在の城主様のローグ家は初代様と血縁を持たない。
かつての大規模な疫病の流行で、初代ローグ家はあっさりと断絶してしまった。けれど王国でも一、二を争う有力な街の名になっている名家を廃すわけにもいかなくて、そのため初代様と血縁は持たないけれど、実力を持っていた別の伯爵家が、ローグの家名を襲ってこの街を治めるようになった。それが現在の城主様の家だ。
それに対し、私たちの家は断絶前のローグ家から分かれた傍流の一つで、初代様の直接の子孫に当たる。でも分かれて程なくして家格は平民になっていて、だから父さんも一介の平民に過ぎなかった。
そんな父さんに、今の城主様は剣聖という位を与え、竜からこの街を守る役目を与えた。
剣聖位は公的な位階で、武勇に特に優れた者に与えられる。そしてこれを授けられた者は、家屋敷をあてがわれて貴族に準ずる身分となり、軍の指揮を執ることも許される。身分の低い実力者に軍を預けたいときなどに、この位が授けられるのだそうだ。
そして厄災の竜による襲撃にあたるため、ローグ家にはこれをその裁量で与える権利が、王家によって特例的に認められていた。
かつては度々実力者たちが叙位されて、それを戴いた者たちは、竜の襲撃の際には陣頭に立って指揮を執り、また自らも剣を取ってこれと戦った。
でも現在のローグ家が興ってからその位階の本来の役目は忘れられ、城主の連枝である貴族に与えられる形ばかりのものになっていた。争いの芽を摘むため、家督を継げず鬱憤を抱える部屋住みたちにその位が与えられ、その留飲を下げさせるというのが通例になっていた。
けれど現在の城主様は、水の恩寵を受け継いだ父さんに、平民であったのにもかかわらずこの位を与えた。悪しき通例を破り、真に実力を持った者を取り立てたその英断に、街の住民の城主様に対する人気はとても上がったらしい。それ以前は、金にうるさく姑息な策ばかり弄する卑怯者と、城主様に対する評判は散々だったそうだ。
そして父さんは、剣聖位を与えられた期待に応えるためにひたすら剣の腕を磨いた。
母さんは王都の王立学園を主席で卒業した優秀な魔術師で、そのまま宮廷魔術師に就くことを望まれたけれど、剣聖となった幼馴染の父さんを助けるためにこの街に戻った。
そして二人は、竜と戦うために剣と魔法の連携を模索し、やがてただ竜を撃退するだけでなく、竜を倒してこの街から厄災の種を永遠に除くことを目指すようになった。
やがて二人は結ばれて私が生まれたけれど、それでもその模索と研鑽は弛まず続けられた。そんな二人の姿を、私は幼い頃から間近でずっと見て育った。
でもその成果を発揮する機会が来ることを、二人は本当に望んでいたのだろうか?
今から四年前、私とエルが九歳の時、厄災の竜がこの街を襲った。




