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鉄屑拾いの剣姫  作者: エビマヨ
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第一話 不毛の谷(1)

これまで書きなぐったものを垂れ流していましたが・・・いずれ機会があれば再編したいと思います。一旦、検索対象から外しました(汗


これまで読んでいただけた方が居られましたら、大変申し訳ありません。書いた分だけは投稿いたします。ありがとうございました。

 東の空が白み始めてきた。


 前を歩く弟の姿は、さっきまで闇に潜む影のようだったけれど、今はローブを纏う輪郭が識別できるまでになってきた。


 私たちが歩いているのはゴミで埋め尽くされた広い平地。


 所々に潜むどす黒い水と油の溜まりから、あぶくが生まれては弾け、その度に鼻が曲がりそうなほどの悪臭を含んだガスが噴き出してくる。


 私たち姉弟は言葉を交わすこともなく、夜明け前の薄暗闇の中、不浄の野で黙々と步を進めていく。



 城郭都市ローグタウン。堅牢な城壁に護られた、ロスタニア王国で最も大きな規模を誇る街の一つ。


 私たちがいるのはその街の城壁外。北の城門を出て、さらに北に外れた不毛の谷と呼ばれる場所。ここには数十万の街の住民たちが日々排出するゴミが捨てられる。


 かつてはその地名の通り深い谷があったのだけれど、ゴミで完全に埋められて、更に今ではその上を広大なゴミの台地が覆っている。そして私たちは今、その台地の頂きであるゴミの平地を歩いている。


 風が吹き抜けると悪臭を纏った砂埃が霞み立ち、その都度、土で汚れたヨレヨレのローブの裾が巻きあがる。二人ともローブのフードを目深に被り、黒い布を巻いたマスクで顔の下半分を覆っている。


 私たちはゴミの平地の真ん中で足を止めた。


「この辺りにしましょ。」


 マスク越しに声を掛けると、弟のエルは背負っていた籠を置き、片膝をついて跪く。


「いいわ、はじめて。」


 エルは片手を地につけて意識を集中させる。すると、薄闇に覆われたゴミの地面に、その手から緑色に輝く光の道が次々と伸びてゆく。そしてそれが蜘蛛の巣の様に地を覆った後、その先で緑色に光る魔法陣が立ち上がった。


 風の恩寵の魔法陣だ。


 この世界は魔力という自然のエネルギーに満ちている。そしてそれを制御して魔法を発現するのが魔術と呼ばれる技術だ。魔術師は、体内に持つ魔力を練って魔法陣を構築する。そしてその術式を発動し、周りの魔力に働きかけて魔法を発現する。でも弟が行っているのは魔術ではい。

 

 これは気術と呼ばれるもの。


 気術とは気と呼ばれる力を制御する技。気の力、気力きりきとは精神の力、心の源となる力で、生命が心を維持して働かせるために使われる生体のエネルギーだ。そして気術では、体内魔力の代わりに気力で魔法陣を構築して魔法を発現する。


 地に蹲って気力を練るエルを少し離れた所から見ていた私は、頃合いになったのを見計らって薄闇の中をゆっくりと歩き出した。


 光の道の先では鉄屑が地面すれすれに浮いていた。その鉄屑には緑色に光る気力が風のように揺らぎながら纏わり、それを貫くように魔法陣が描かれている。そしてその術式が発動して風が起こり、小さな浮遊の風魔法が発現していた。


 気術で扱える魔法は規模が小さいものに限られる。でもその分、発動までの時間が短く、しかも気力は金属によく纏わるので、剣を媒体にすれば瞬時に魔法を発現できる。だから気術使いが剣技に習熟すると、剣で高速な魔法を操る強力な魔法剣士になる。


 剣のためにあるようなこの稀有な権能を、剣士たちは“恩寵”と呼ぶ。


 私は地から浮く鉄屑を拾い上げ、背負った籠に入れた。すると魔法陣がその中で光を失い消えていく。


 魔法には火、水、風、土、雷の主要五属性に、光と闇を加えた七つの属性がある。同じように、気力にも属性があって得意な魔法に偏りが出る。


 そしてエルの気力は風属性の魔法と親和性が高く”風の恩寵”と呼ばれる。


「これで最後。」


 最後の鉄屑を回収すると、鉄屑で満載になった籠の重さを支えるために、背負い紐を掴み少し前屈みになって、まだ蹲ったままのエルの所へと戻って行く。そんな私を認めてエルはゆっくりと立ち上がった。


「どのくらい集まった?」


「籠一杯にはなったわ。ここは場所が良かったみたい。運がよかったのね。」


 重たい籠を下ろし、薄闇の中、私より頭一つ背の高いエルの顔を見上げて言った。その皮肉めいた口調に、暗くてよく見えないけれどきっと不満そうな顔をしている。


「じゃあ今度は私がやるから、回収よろしく。」


 さっきの場所から移動して、私も片膝をついて地に手を添える。


 私も恩寵を与えられた気術使いだ。私の気力は水属性の魔法と相性が良く”水の恩寵”と呼ばれる。


 魔術による魔法の威力が魔力制御、つまり魔力のコントロールの精度に依るように、気術による魔法も気の力を制御する精度がその威力を左右する。私たちはいつも、夜明け前のこのゴミ捨て場で気力制御の訓練をしている。そしてその過程で見つけた金属片を集めては、冒険者ギルドで売ってお金を得ている。まさに一石二鳥だ。


「リズ、始めていいぞ。」


 エルが私の名前を呼んだ。


 この子は時々、何故かこうやって私のことを名前で呼ぶ。いつもなら、お姉ちゃんと呼びなさいよ、と注意するのだけれど、今はそれどころではない。


 ちょっとムカつきながらも意識を集中し、地につけた手から気力を薄く地面に流し込むと、周りの地面がうっすらと青い光を帯びた。神経を研ぎ澄ませてその流れを捕捉すると、少し離れた場所に気力が強く引き付けられるのを感じる。


”折れた剣かな?”


 気力を注ぎ込み力の流路を確保すると、折れた剣と私を繋ぐ青い光の道が浮き上がった。


”また力が引き付けられる・・・”


 新しく見つかったその金属片にも同じように力を流し込む。


”もっと広く、もっと遠くまで・・・限界まで範囲を拡げて・・・“


 無意識に食いしばった奥歯がギリギリと軋む。そうして何本もの、青い光の道が私の手から拡がる。


“このあたりが限界・・・”


 冷たい水の中を温かい水塊が浮かび上がる様をイメージし、ありったけの気の力をふり絞って流路の先の鉄屑に意識を集中させると、地に付けた手から拡がる光の道の先で、青い魔法陣を纏った鉄屑が他のゴミを押しのけて地表に顔をのぞかせた。こめかみに青筋が浮き出し、額からは汗が吹き出す。


 私には水が持つ特性を付与するごく初歩の水魔法しか使えない。エルが歴とした風魔法を使って鉄屑を宙に浮かせていた事を考えると腹が立つから、今はそれを思い出さないようにして意識を集中する。


 光の道が一つ、また一つ消えてゆく。エルがその先の鉄屑を回収している。


 最後の光の道が消えたとき、限界まで力を使ったために私の息は大きく乱れていた。


”さっきの・・・エルは・・・息が切れてなかった”


 それを知られたくなくて、急いで呼吸を整えた。


 夜明け間近で明るくなってきた空を背に、エルがゆっくり歩いて戻って来る。


「どのくらい?」


 まだすこし息が苦しくて、短く尋ねた。


「そこそこ。俺より少ない。」


 私の前に籠をおろして中を見せる。確かにエルが気力で見つけた鉄屑の量よりちょっと少ない・・・


「鉄屑があんたのとこより少なかったのよ。」


 そう言って睨みながら、こっそり息を整え終えた。


「それより、昨日と比べてどうだった?」


「昨日とおんなじ。気が拡がった範囲も鉄屑の数も、なんにも変わらず。」


 一日でそんなに気力制御の腕が上がるはずが無いから当たり前なんだけど、その言い方にカチンとくる。


「そう。ちなみにあんたも昨日と同じだったからね。なんにも変わらずよ。」


 私はローブに隠した顔を思い切り不機嫌にして、籠を背負うとエルを残してさっさと歩き出した。


 その籠の重みは最近、日を追うごとに増している。エルが見つける鉄屑は、数は兎も角、一つ一つの重量が重くなってきていて、浮遊魔法で持ち上げられる能力が向上してきたのが分かる。気力制御の精度がメキメキと向上しているのだ。


 でも私の鉄屑は数も重さもずっと変わらず、能力の向上が全然見られない。だからエルが言うのは正しいのだけれど、悔しいから、籠が重くて背負って歩くのが辛くなってきたなどとは絶対に言わない。



 生まれたての太陽が彼方の山並みの上から無邪気に顔を覗かせて、地を覆う汚れたゴミたちを無遠慮に照らし出す。


「夜が明けたね。他とかち合う前に移動しよう。」


 もうしばらくしたら同業者たちが来る。エルに声をかけると、私は相変わらず不機嫌な顔をして、鉄屑の重みでキーキーと悲鳴のような音を上げる籠を背負い直し、次の場所へと移動を始めた。


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